第87話 星暦553年 紺の月27日 幽霊屋敷?(3)(学院長視点)

>>>サイド アイシャルヌ・ハートネット


ノックの音と主に、久しぶりに見る顔が現れた。

「学院長、ちょっとご相談したいことが有るのですが、お時間をいただけますか?」


魔術学院に盗賊シーフとして現れたこの少し変わり種な魔術師は、卒業後に魔具の開発すると友人2人と一緒に独立開業したが、開発だけでなく他にも色々楽しんでいるらしい。

先日も魔具を積んだ沈没船を見つけたと一緒に開業したアレク・シェフィートが魔術学院の教師に連絡して引き込んでいたし。


「久しぶりだな。

ちょうどお茶を飲もうと思っていたところだ、座りなさい」


ウィルが部屋の中に入ってきた。

「学院長はメルタル師をご存知でしたか?

先日、彼の屋敷に幽霊が出るから何とかしてくれと魔術院経由で依頼を受けたんです」


ほう。

師が去年暮れに亡くなったという話は聞いていたが、幽霊騒動は知らなかったな。

「メルタル師は勿論知っていた。お前が世話になった奨学金にもかなりの金額を寄付してくれた方だぞ」


お茶を受け取りながらウィルが座る。

「へぇ、そうなんですか。

ちなみに、魔力がある子供というのはどうやって見つけているのですか?

俺みたいに魔術院に忍び込んで学院長に見つかる子供なんて例外中の例外でしょうし」


「ウィルみたいなケースは流石にお前以外ないよ。

いくら奨学金を出すとは言っても、魔力を認識できない子供までは面倒見れない。

なので全国の神殿のクラスに年に一度程度声をかけている。

もしも魔力を感じることが出来るならば魔術師になれる可能性が高い。魔術学院に来れば奨学金で教育を受けることが出来るから、魔力が感じられるものは一度顔を出すことを勧める、とな。

地方の支局に顔を出して実際に魔力があった子供には、王都までの移動にかかる費用も援助している。

ついでに神殿で、ちゃんと教育を受けずに魔力を暴走させるとどのくらい自分と周りにとって危険かも話している。後、魔術師になれば平均としてどのくらい収入があるかもな。

それでかなり集まるぞ」


ウィルが首を傾げた。

「自分もちょくちょく神殿のクラスには顔を出していましたが、そんな話は聞いていませんよ?」


「年に一度程度だからな。

たまたま偶然、お前さんが参加しているときに話が無かったのではないか?

魔術院があまり知られていない地方では教師役の人間に休んでいた子供にも話が行くように気をつけてくれと頼むが、王都ではそれなりに周知されているからな。

休んでいた子供に態々その話を聞いたか念押しをしなかったのだろう」


周知したと思っていたが、孤児だとそういった話は伝わっていないのか。

盗賊シーフギルドでも話を聞いてもよさそうなものだが。

そこまで横の繋がりがないのか?

それとも有望な人間を手放したくなくって意図的に教えなかったのか。


お茶を飲みながらウィルが眉をひそめた。

「俺みたいに魔力がはっきりと見えて、それを仕事に利用していた人間はまだしも、そうでなければ自分が認識しているものが魔力だと分かっていない子供も多いのでは?

裏社会に属する羽目になった子供以外だったら魔力と関係するような働き方はしていないだろうし」


「まあな。

ただ、魔力を暴走させるほどの魔力がある子供ならば大抵自分が何か他の人間と違うものを感知できていると分かっていることが多い。

魔具を使ったり魔術師を派遣したりして国中の子供をチェックするのには費用も手間もかかりすぎるから、現在は取り敢えず暴走の危険性が高い子供を見つけるだけでも良しとしているというところだ」

実際に魔術師が増やすことが出来れば、そのことから増える収益を使って魔力を持つ子供を見つけ、教育することが出来るだろうが、そのための予算がない。

魔術師が増えれば予算が増えるが、予算を増やすには魔術師を増やす必要がある。


初期投資さえすれば・・・という話だが、どの国にも初期投資さえすれば更に利益が出るという話は数多くある。

それを実現できるだけの資金がないから動きが取れないのだ。

魔術学院の奨学金とて、自分やメルタル師や彼に育てられた魔術師等の有志からの寄付で起動して、やっと近年になって順調に回るようになってきたところだ。

「もっとも、奨学金によって魔術師の総数が徐々に増えてきているからな。お前さんが儂の年になる頃にはもっと組織的に才能のある子供を探すだけの資金が集まっているかも知れないな」


ウィルは飲み終わったティーカップをサイドテーブルに戻して、背筋を伸ばした。

「メルタル師の屋敷の幽霊騒動は、面白い魔道具と魔術の結果でした。

他にも、映像を記録する魔道具も色々開発していたようです。

ですが調べてみたところ、どれも魔術院に特許申請されていないのですよ。

師の相続人は魔術師ではないようですし、どうせあれだけの屋敷を相続するのですから魔術回路の特許にそれ程執着するとは思えないんですよね。

というか、魔術回路の登録なんて制度そのものを知らない可能性も高いですし。

だから魔術回路の特許登録をメルタル師の名前で行い、その収益で魔力のある子供を見つけるために使う基金を設置するというのはどうでしょうかね?」


なるほど。

自分が助けられたからこそ、他にも手を広げたいか。

「で?その相続人を説得するのか?それとも素知らぬ顔をして勝手にやるつもりなのか?」


ウィルが肩をすくめた。

「それは、要相談ですね。

それもあって今日来たんです」


◆◆◆


「魔具は、魔術院の査定価額で買い取って好きに登録すれば良い。

売りに出した魔具に特許権を登録できる回路があるかどうかを調べるのは売る側の責任で、それを買う側が事前に相手に知らせる必要はない。

屋敷の魔術回路そのものは、持ち主以外は登録できん。

しかも、魔道具と魔術を組み合わせて初めて効果を生じさせている物の場合、登録自体ができんぞ」


魔術回路の特許登録は、魔術師が開発した回路を一般の職人がその設計図に基づいて再現して魔具を作成して売り、それに対して発明者の魔術師へ手数料を払うという魔術師の権利を守る制度だ。


だから魔術院はその登録及び保護にとても熱心だ。


だが、魔術というのはどうせ魔術師しか使えない。

だから登録して権利を守るとしても、守られる側も侵害する側も魔術師であるため、最初から魔術院は関与しないのだ。


魔術は見て盗むか、自分で開発するか、報酬を払って教えて貰う。

だからこそ、利便性の高い魔術はそれなりに偽装されて真似しにくいように設計されているし、魔術学院で教える以上のレベルの高い術を習おうとする場合は師にそれなりの費用を払う。


昔は魔術とは師が弟子に教える、師弟制度で伝える学問だった。だが、必ずしも優れた魔術師が優れた教師であるとは限らない。現実では優れた魔術師というのは性格的に人に教えるのに向かぬ者も多く、魔術を使うことに対する需要も多いために、教えを請う人間が多いものの上手くおお知識の伝達が出来ないという結果になることが多々あったと聞く。


しかも、師であった魔術師も利便性が高く報酬を得やすい術は中々教えようとしなかったために、不測の事態が起きた場合などに術が失伝することもあった。


年月と共に先細りする魔術師の人口と技術に憂えて魔術学院が設立されたのだが、その際には魔術院内部からかなりの反対があったらしい。


師弟制度であれば、弟子を取った際に纏まった礼金が貰える上に、幾らでも酷使できる便利な雑用係が食費だけで使えたのだ。当時の魔術師が反対したのも理解は出来る。しかも当時の魔術師は自分達が魔術師になるために多額の礼金を払い、雑用を散々こなしてきたのだ。若い世代が『楽をして』魔術師になることに憤慨を感じた人間も多かったのだろう。


流石にその部分は声に出す魔術師は少なかったようだったので、取り敢えず魔術院が割安で雑用女中を派遣した。すると、それなりに有能な魔術師であれば弟子を教えるよりもその時間を魔術を掛けるなり魔具を作るなりして働く方が総収入が増えることに魔術師達が気付き、苦情が減ったらしい。


その名残なのか、今でも魔術院では雑用女中を斡旋してくれる。今では特に割引は無いが、派遣された女中の信用に関しては魔術院が保証してくれるので利用している者も多い。


それはさておき。

魔術は登録できない。

つまり、魔術と併用しないと使えない魔具の魔術回路も特許登録できないのだ。


「ああ、そうでしたっけ。

だとしたら、あの幽霊騒動の魔具は魔石にしか実質価値はないのですね。

考えてみたら、俺もあれを活用しようと思ったら術を魔具にするために魔術回路に落とし込まなきゃならないのか・・・」

考え込みながらウィルがお茶のお代わりを注ぐ。


「魔術というのは術士の意思で魔力を自分の思う形に発現させる。だから術が多少いい加減でも意図通りに起動する。

魔具は魔術回路を使って魔石からの魔力を発現させるから、術士の意図という物は存在しない。だから術を魔術回路に落とし込んでちゃんと発動させるのは大変だぞ?」


「あちゃ~」

ウィルが頭を抱えた。

「そういえば、最初にランプを作った頃に術から回路を作ろうとして全然駄目でしたわ・・・。面白い術なんだけど、解体するに任せるしかありませんねぇ」


「どんな術なんだ?」


「メルタル師は元々、映像記録の魔具を開発していたらしくてその試作品に奥様の映像を沢山記録していたみたいなんです。

で、奥様が亡くなられた後にそれを見るのに一捻り付け加えて、人の余剰魔力を使って書斎に設置してある記録用魔道具から映像を引き出して投影する仕組みを家の中のあちこちに作ったんですよ。

当然ながら、そんなのが四六時中起動していたら客人が混乱するでしょう。

屋敷の中に一人しか人が居ない状況でのみ起動するよう条件付けされた、中々凄い術なんですが・・・考えてみたら起動させている主な部分は魔具では無く術だから登録できないし、そのうち魔力が薄れたら術そのものも消えてしまうのでしょうね」


ふむ。

余剰魔力を実用的に使える術というのは確かに中々凄い。

「余剰魔力を活用しようと研究する魔術師は数多くいるが、それを実用レベルまで完成できた術は少ない。

魔術院にそう言った術があることは伝えておいて、何らかの形で記録でもした方が良いのでは無いかとあっちの研究科にでも伝えておいたらいいかもしれぬな」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る