第86話 星暦553年 紺の月27日 幽霊屋敷?(2)
「伯父は30代になって魔術師としてそれなりに認められるようになった頃にあの屋敷を買ったんです。
伯母と一緒に色々家具をそろえたりして楽しかったと言っていました。
ただ、伯母は数年後に出産時に子供と共に亡くなってしまって。
それ以来、伯父は一人であの屋敷に住んでいました。
年をとってきて、足腰が弱っても住み込みで誰かを入れることを頑として拒否して。
代わりに弱っていても歩けるような補助用の魔道具を作っていましたね。
流石に掃除や洗濯は通いの手伝いにやらせていましたが」
もう少し詳しくあの家のことについて知りたいとあそこを相続した親族のところに行ったら、色々と話してくれた。
そうか、甥だったのね。
既に白髪がそれなりにあって、アレクの親父さんと同じぐらいの年代か・・・もっと年上かもしれない。
「私やウチの子供たちも若いころに色々可愛がって貰ったからね。
それなりに頻繁に顔を出していたのだが・・・。
伯父の弟子だった魔術師の方々も良く訪れていたようだった。
伯父は我々の顔を見るのは嬉しそうだったが、あまり長居するのは嫌がられた。
だからあまり家の中のことは詳しくないのだが。
あの頃は別に幽霊がいるなんて感じられなかったし、伯父もそんな話は全然していなかった。
だが、伯父が亡くなって、もうそろそろあの家をどうするかを決めなければならないということで家の中にある物とかを確認しようと思って行ったら・・・何か気配がするんだよ。
ちょっと気持ちが悪かったので息子に行ってもらったら、何を馬鹿なことをと笑っていた息子もちょっと変な顔をしていたし。
だから神殿に話をして神官に来てもらって確認をお願いしたのだが、あの屋敷には悪霊のような気配は全くないと断言されてね」
机の上にあったお茶を手に取って一口飲みながらメルタル師の甥がため息をついた。
「だから安心して、もう一度行ったのだがやはり何かちらちら視界の端で動くものがあるような気がするし、時々声が聞こえる気がするんだ」
「部屋の温度が下がったような感じとか、追い立てられたり脅かされるような嫌な感覚とか、しましたか?」
幽霊が出てくるとたいてい体感温度が下がる感じがする。
悪霊がいたら、もっと本能的な嫌悪感や恐怖感を感じる。
通常は何かが見えるとか、声が聞こえるとかいうのより先に、そういった『なんとも説明のつかない嫌な感じ』というのが先に感じられるものだ。
「いや。特にそういった感覚はなかったが・・・。
それでも、何か視界の端で動いている感じというのは怖いよ」
当惑したような顔で依頼人が答えた。
ふむ。
「どういった状況でそういった感覚に気が付きましたか?
自分は同僚と行ってきたのですが特に何も感じられなかったのですが、何時ぐらいとか、何か特定な行動をした時とか、ありますか?」
アンディが更に質問を重ねる。
「どうも、一人でいる時に起きる気がしたね。
一人でいるとやはりちょっと神経質になるからそのせいかとも思うんだが・・・気のせいにしては息子や、不動産屋も何か感じたようなのだよ」
ふむ。
相手が一人でないと出てこない幽霊ね。
ちょっと不思議だな。
しかもメルタル師が一人であそこに暮らすことに執着していたというし。
もしかして、奥さんの幽霊なのかね?
でも、悪霊になっていないただの幽霊がそこまで長く存在できるとは考えづらいし、相手が一人じゃないと出てこない幽霊っていうのはあまり聞かないけど。
まだ悪霊の方が相手を痛めつけるために一人でいるところを狙うことがある。
でもそれだったら神官が気が付いただろう。
「分かりました、では我々も一人で入って様子を見てみます」
アンディが答え、俺たちは依頼主の家を出た。
しっかし。
一等地で大きな敷地っていうのは珍しいからな。
この幽霊騒動が解決したらあの家は潰されて、敷地全部を使ったもっと大きな館に建て替えられるんだろうな。
なんかあの居心地のいい屋敷が無くなるのはちょっと寂しい感じがする。
とは言え、いくら最近それなりに良い事が続いているとは言っても、都心の一等地の敷地を買えるほどの金はないから俺が代わりに買う訳にはいかないので、しょうがないけど。
「じゃあ、取り敢えず俺が一人でまず入って中を歩き回ってみるよ」
◆◆◆
一人でメルタル師の屋敷を歩き回っていると、ふと宙に発散されていた自分の余剰魔力が吸収されていることに気が付いた。
生物というのはどれもある程度の魔力があり、生きていれば余剰分が周りに少しずつ発散されていく。
魔術師の場合、大本の魔力が多いもののコントロールもしっかりしているので発散される分は少ない事が多いが、今回は幽霊を探すと言うことで挑発の意味も込めて少し多めに発散させていたら・・・周りの家具に吸収されている。
いや、家具では無く、家具の固定化の術に紛れ込んでいた術に吸収されているな。
ふむ。
これは昨日は起きていなかった現象だから、屋敷の中に一人だけ人間がいる場合に吸収という条件付けになっているのだろうか。
更に発散する魔力を多めにして待っていたら、突然目の前に若い女性の姿が現れて、俺に声を掛けてきた。
「後でミルクを買ってきてくれない?」
はぁ?
何でミルクが必要なんだ??
更に魔力を発散しながら待ってみたが今度はそれが吸収される様子が無いので、取り敢えずリビングに行って居心地の良さげな安楽椅子に座りながら待つことにした。
「天気が良かったら明日はピクニックに行かない?」
と今度は誘われた。
ううむ。
幽霊とは違う感じだ。
これは吸収した魔力を使って映像を再生しているのか?
だが、この家具の固定化の術に紛れ込んでいる術では映像を記録までは出来ないぞ?
取り敢えず、家中を歩き回って他にどんな映像があるか確認してみるか。
「あまり根を詰めすぎては駄目よ」
「明日の天気はどうなるのかしら?」
「庭のお花に水をやってくれる?」
「ちゃんと野菜も食べなきゃ駄目でしょ。食事は栄養のバランスも考えなきゃ」
20代後半と思われる女性は、様々な言葉を掛けては姿を消す。
どうも、起動は吸収して貯めた余剰魔力を使うが、映像と音声を流すのには追加的に魔力を吸収する必要があるのか、女性の姿が出た瞬間にこちらの発散する魔力を全て抑えたら最初の声が出たか否かぐらいで映像が消えた。
成る程ね。
これが、チラチラ視界の端で何かが動いたり、声が聞こえたような『気がする』という現象の原因か。
メルタル師の甥は魔術師ではないようから、時間経過によって蓄積した魔力で起動はするものの、きっちりと映像が見られるほどの魔力が無いから幽霊モドキな現象になったのだろう。
不動産屋も同じだろう。
考古学者っぽく働く変わり者な魔術師は居ても、不動産屋の営業をする魔術師はまず居ない。
つまり、不動産屋の場合も魔力供給が足りずに映像と音声が瞬時に切れるので、『幽霊??』と疑う事になるのだ。
まあ、何が起きているのか解明しようと注意を払っていなかったら、俺も変わったタイプの幽霊にでも出会ったのかと思ったかも知れないが。
◆◆◆◆
「・・・書斎かな?」
更にあちこちで魔力を発散して映像を起動しながらその魔力の流れを追ってきたら、大きな仕事用らしき木造の机と壁一面に本が置いてある部屋にたどり着いた。
魔力を発散しながら待っていると、また女性の姿が現れた。
「明日はロールキャベツにしましょうか。貴方のお気に入りだものね」
映像が流れている間、魔力が書斎机の引き出しとリンクしているのが視える。
机の裏に回って引き出しを調べてみたら、それなりに強固な鍵と魔術による封鎖が施されていたが、ちゃちゃっとそれらを解除し、中を開く。
「すげえな」
拳2つ分もありそうな魔石が嵌まった記録用魔道具があった。
この魔石だけで今の俺たちの家ぐらいなら買えるんじゃないか?
特にアクセスを禁じる術は施されていないようだったのでその記録用魔道具に触れて中の映像を確認してみると、次から次へと先程から姿を現している女性の映像が出てきた。
妻が夫に話しかけるような日常的な会話の断片。
奥さんが亡くなって、寂しくなってこんな仕組みを作ったんだろうなぁ。
だが、死んでしまってから映像を作るわけには行かない。
四六時中奥さんを記録するような趣味の持ち主だったのだろうか。
ちょっと愛情としては重いかも知れない・・・。
そんなことを考えながら更に下の引き出しやその他書斎の収納場所を開けていったら、様々な記録用魔道具が出てきた。
大きな固定式の物から、持ち運べなくは無いかもしれないぐらいのサイズのものや、もっと小さく簡単に持ち運べそうな物まで。
そうか、メルタル師は記録用魔道具を開発していたのかな?
で、それら試作品を奥さんを撮影することで試していたから様々な映像があり、その記録を編集してこちらの屋敷の術にリンクした大型記録用魔道具に写したのだろう。
ううむ。
家の中で、ふとした瞬間に妻の声が聞こえるのってある意味嬉しいかも知れないが・・・却ってそれに満足しちゃって再婚しようとか考えなくなったんじゃ無いかなぁ。
まあ、だからこそ魔力のある子供の教育に熱意を傾けてくれて、俺の今へ繋がった可能性が高いから俺から文句を言うことでは無いが。
本当にこれがメルタル師にとって最高の幸せだったのか、疑問を感じないでも無い。
もっとも、彼にとっての最高の幸せは奥さんが死なないことだっただろうから、これは次善策と言うべきだな。
微妙な気分だが・・・取り敢えず、幽霊騒動の原因は解明出来た。
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