第85話 星暦553年 紺の月25日〜26日 幽霊屋敷?

「で、頼みたいことがあるって何?」

結局、カラフォラ号の積荷にあった魔具の修理は魔術回路そのものの修理として俺に出来る範囲は終わったので、残りはシャルロとアレクに任せることになり、暇つぶしにアンディからの話を聞くことにした。

ちなみに、最終的な売上(もしくは現物支給)は掛けた時間で割り振ることにした。

明らかにシャルロ達の方が時間を掛けて、貢献しているからね。


まあその分、アンディからの頼み事に報酬があったらそれは俺が貰うことになってるけど。


「実はさ、魔術院の長老とでも言って良いぐらいの魔術師が去年亡くなったんだけど、その屋敷を相続した親族がどうもそこに幽霊が居るから何とかしてくれって魔術院へ泣きついてきてね」

魔術院の一階にある喫茶コーナーでクッキーを俺に勧めながらアンディが答えた。


「幽霊??」

精霊なら何度も見たことがあるが、実は幽霊というのは滅多に見かけない。

というか、悪霊は偶に見かけるが、そうじゃない存在は気が付いたら消えているんだよねぇ。


「その死んだ魔術師って悪霊に成る程性格が歪んでいたとか、酷い死に方をしたのか?」

元から幽霊が屋敷に憑いていたのだったら、必ずしも魔術師なら幽霊が見えるとは限らないがそれでも何かは感じられるので神殿に依頼しただろう。

第一、魔術師というのは魔力が多いせいか幽霊にとっては傍にいると居心地が悪いらしい。

以前偶々話した神官の話では、魔術師って言うのは幽霊にとっては静電気でピリピリするような感覚があるんだとか。

悪霊がそんな世間話をするとは思えないから、消えてしまう前の幽霊を捕まえて態々話を聞いたのかと感心したものだが。


まあ、それはともかく。

本当に屋敷に幽霊が居るとしたら元からいるのではなく、魔術師本人が幽霊になった可能性が高い。


「いや?

年を取って体が弱っていた所に風邪を引いて、体力が回復しなくて眠るように死んでしまったという話だが。

性格的にも、若いときに死に別れた奥さんをずっと大事にして後妻も取らずに弟子を育てるのに熱心だったという話だから、悪霊になるような人じゃ無かったんじゃないかな?」


おや。

随分と人格者じゃないか。そんな人間が魔術院の長老とも言えるような幹部になれるなんて、魔術院も捨てたもんじゃないな。

大きな集団では、有能な人間や人格的に優れた人間ではなく政治的な動きが得意な人間が上に登り詰めることが多いと思っていたが。

奥さんに死なれて家庭生活の代わりに弟子を育てていたのが良かったのかな?

もしかしたら育てた弟子の中に政治的なやりとりが上手いのがいたのかも知れない。


「しっかし、幽霊と言ったら普通は神殿だろ?

魔術院の長老だかなんだか知らないが、何故魔術院に泣きつくんだ?」


アンディが肩を竦めながらお茶を注いでくれた。

「先に神殿には行ったものの、幽霊はいないと断言されてしまったらしいんだよ。

だが、その家に住もうと思って中の物の整理とかしていると時々若い女の声がしたり、人影が見えたりするんだそうだ。

折角の一等地にある屋敷だからな。本人が住むにせよ、売るにせよ、幽霊付きじゃあ困るから何とかしてくれって」


まあ、普通『幽霊付き』というのは『悪霊付き』を意味するから、そこに暮すのは健康的には非常に良くない。

何とかしなければ困るのは当然のことだ。


「で、魔術院の下っ端のお前が押しつけられちゃったの?」


「幸い、押しつけられそうになった段階でニルキーニ師からお前達の船の話が来たんだよ。

助かったと思っていたんだが、結局俺の役目が終わっても解決できてなくってね。

担当者になった先輩が『本当はお前の仕事だったろ』ってこっちに押しつけてきたから呪い解除にも実績のあるお前さんに助けを求めようと思って」


呪い解除は大抵個人的な関係で話が来るのだが、一応魔術師として報酬を貰うので魔術院にも報告はしている。

だからこいつにもばれていたようだ。


とは言っても、俺は単に魔力の流れを見ているだけで、本当に呪われている場合は神殿に持ってけって言うだけなんだけどね。


「解決できるかどうかは知らんが、取り敢えず数日は付き合ってもいいぜ。

勿論、魔術院から日当は出るんだよね?」


◆◆◆


その亡くなった魔術師(メルタル師という名前だったらしい)の屋敷はちょっと不思議な作りだった。


魔術学院に近く、それなりに良いところにある敷地で、敷地そのものはそれなりに大きいのだが・・・何故か同じような大きさの屋敷(というか家でもいいかな?屋敷としてはかなりこじんまりしている)が2つあった。


「なにこれ?

何で2つ建物があるんだ?離れにしてはサイズが大きいようだが」

門を通って中に入り、構造を見た俺はアンディに振り返って尋ねた。


「右側の家がメルタル師の家だったんだよ。

最初は弟子達が通いで来ていたらしいんだが、そのうち遠方の農家の子供や孤児の子供も才能があったら教えるようになってね、その為に隣の家を買い取って敷地を合わせたんだって」


敷地を大きくしたのに屋敷を大きくするのでは無く、単に敷地間の壁を取り払い、隣家の家はそのまま弟子達の住まいにしたのか。


・・・あれ?

「子供を弟子として取ったって・・・魔術の才能がある人間は魔術学院へ通うんじゃないのか?」


「魔術学院も昔からあったが、以前は魔術師の親族や貴族で偶々魔力があった子供が通っていただけらしい。

だからそれなりの財力がある家の子供以外は魔術は学ばず、一生魔術を知らないで過ごすか・・・魔力を暴走させて死んだそうだ。

それを憂いて貧しい子供でも見かけたら弟子として引き取って教え始めたのがメルタル師だったのさ。

その弟子達が大人になって第一線級の魔術として働くようになって、貧しいからと言って魔力がある子供を捨て置くのは勿体ないし危険だと意見が出てきて奨学金制度が出来て今の魔術学院へ変わってきたらしいぜ」


へぇぇ。

つまり、財力がある家の人間の方が優れている訳ではないと言うことをこの屋敷の爺さんが証明した訳か。


間接的には今の俺の境遇をお膳立てしてくれた人と言う訳だな。

別に元々手を抜く気は無かったが、感謝の念も込めて真面目に頑張って対応しようじゃ無いか。


しっかし、そんな変化を生み出した人が比較的最近に亡くなったなんて。

俺が数十年早く生まれていたら魔術師になれて無かったかもしれないんだな。

ありがとな、メルタル師。


「で、ちなみに幽霊が出ると言われているのはどっち?」


「こっち」

右側の家へ向かいながらアンディが答える。

「メルタル師が一人で住んでいた家だ。メイドが通いで来て掃除や食事の準備はしていたらしいが、基本的に奥さんが亡くなってからずっと一人で住んでいたらしい」


もしかして、奥さんの幽霊だとか?

でもだとしてもメルタル師が気が付かなかったというのは不思議だし、メイドが騒がなかったのもおかしいか。


つうか、古い家だからギシギシ木が歪んで音を立ててるだけなんじゃないんかね?


相続した親族とやらからアンディが受け取った鍵で中に入ってみた。


「居心地の良さそうな家だな」

古いものの、家具はそれなりに丁寧に使われ、磨かれていた。

装飾品や絨毯も居心地の良さや気に入ったか否かをポイントにして揃えたのか、なんとはなしに選んだ人の個性が感じられる。


どれもそれなりに古そうだが。

というか、長老と言われるような偉い魔術師が使うにしてはちょっと安物?

いや、『安物』というより、『高級品ではない』と言うか。

それこそ、ハートネット学院長の家と比べると、明らかにランクが下がっている。

別に学院長だってそれ程派手な高級品を揃えている訳では無いが。


どれも丁寧に固定化の術をかけてあるようなので傷んでいないが、外の庭の手入れに掛けてある費用とかを考えると多少違和感がある。


「で、どこら辺で幽霊が出るって?」

適当に家の中を歩いて回ってからアンディに尋ねた。

全く何の揺らめきも魔力の凝りも感じられない。


「特に決まりは無いらしい。

家を売りに出す前に中の物を整理しようと来て色々見ていたら何かを感じるのだが、特にどの部屋とかどの時間帯という規則性はないと」


本当にいるんかね?

何も変なものは感じられないぞ?

「それなりの頻度で出てくるのか?

全然見かけないが。何日も通い詰めないと遭遇できないんじゃあ効率が悪いぞ」


アンディが肩を竦めた。

「こっちだってそれ程詳しくは聞いていないんだ。

先に担当になった先輩の話ではその親族に案内されてここを何度か見て回ったが何も無かったらしいし」


「・・・もしも魔術師がいると出てこないとかいう『幽霊』だったら、一生俺たちじゃあ解決できないぜ?」


アンディがため息をつきながら周りを見回した。

「取り敢えず、俺たちもその親族に話を聞きに行こうか」

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