第88話 星暦553年 紺の月28日〜青の月1日 幽霊屋敷?(4)(第三者視点)
>>>サイド アンディ・チョンビ
「で、原因が分かったって言ってたけど何だったんだ?」
メルタル師の屋敷の前で会ったウィルに尋ねた。
どうも幽霊騒ぎは一人で居る時に起きると言うことなので、昨日一日ウィルに一人で調べて貰った。夕方に『原因が分かったぜ。メルタル師の屋敷で明日の朝8の鐘に会おう』というメモが記された式化の紙が飛んできたのだが・・・。
「おう、中々優れモノな魔術と魔道具の組み合わせだった」
頷きながらウィルが正面玄関を開けて中に入っていった。
「確かここが一番近かったかな。
見てな」
綺麗な花瓶(今は花が入っていないが)が置いてあるサイドテーブルに手を伸ばしながらウィルがにやりと笑った。
「明日は雨になるって話だから、今日のうちに洗濯をしておかないとね。洗濯が必要な服を出して頂戴?」
突然現れた女性の映像はにこやかに笑いながら俺に話しかけて姿を消した。
「幽霊と言うにははっきり見えすぎじゃ無いか?」
確かにあっという間に姿を消すが、こうもはっきりと見えていると『幽霊』という感じはしない。
「中に居る人間の余剰魔力を使って起動するんだ。
元々の条件付けとして、屋敷に一人しか人間が居ない時のみ起動するようになっている上、最近は魔力のある人間の出入りが無かったから魔力が足りなくって、起動はするもののしっかりと認識出来る前に映像が消えてしまって『視界の端で何か動いたような気がする』という結果になったわけさ」
ウィルが肩を竦めながら説明した。
「家具の固定化の術に隠れていて見えにくくなっているが、屋敷の中に居る人間の余剰魔力を吸収して、中の人間が一人だけの場合に書斎においてある魔道具から映像をランダムに選択して再生する様になっているんだ」
階段に向いながらウィルが続ける。
「『余剰魔力を使って起動する』なんて凄いじゃ無いか!
魔術院の研究者にも余剰魔力を使う魔術の研究をしている魔術師が何人かいるが、実用レベルに成功している例はまだ無いはずだぞ」
「そうなのか?
ちょっと聞きたいことがあったから学院長んとこ行って尋ねたら、『完成できた魔術師は少ない』って言っていたから何人かは成功したのかと思っていたんだけど」
ウィルが振り返って聞き返してきた。
おいおい。
『ちょっと聞きたいことがあって』で特級魔術師で魔術学院の学院長であるハートネット師に話を聞きに行ったのかよ。
「前から思っていたんだが、お前って本当に学院長と仲がいいな。
特級魔術師の方にそんなに気軽に会いに行けるなんて、羨ましい」
ウィルが肩を竦めた。
「まあ、色々縁があったからね。
お茶好きな、気さくなジーサンだぜ」
「それはともかく、」書斎の扉を開けながらウィルが続けた。
「この余剰魔力を使う魔術がそれなりに有用なら、魔術院がこの屋敷を研究用に買い上げるとか、暫く借りるとかしないかな?」
「研究部門にこんな術があるようですよ・・・と話をするのは可能だが。
俺も単なる新米だからな。決定権は無いぞ」
書斎の中には大きな机と、壁一面の書籍が並んでいた。
引き出しを開けながら、ウィルが手招きをする。
「さっき見た、家の中の術に連動してるのが、この魔道具だ」
引き出し一杯に、巨大な魔石を中心にした複雑な魔道具が入っていた。
ウィルが更にその下の引き出しを開く。
「で、こちらがそれを作るために色々作った映像を記録出来る魔道具の試作品だな。
こっちに関しては、こちらとこちらを買い取りたいんで、もしも相続人が売り出すつもりだったら魔術院で適正な価格を査定してその値段で買い取るがと伝えてくれるか?」
「この大本の魔道具は買わないのか?」
ウィルが首を横に振った。
「魔道具そのものの機能はこっちの試作品と大して違いないからな。
それよりも、俺が買う魔道具や、もしかしたら魔術院が研究用に払うかも知れない資金に関して提案したいことがあるんだけど、誰か余剰魔力の研究をしている人にメルタル師に育てられたとか親しかった魔術師とか、いないかな?」
◆◆◆
3日前にウィルからメルタル師の屋敷に関する提案を聞いて色々調べた結果、師の弟子だったアプレス宮廷魔術師が王立魔術研究所で余剰魔力の研究をしているらしいということが分かった。そこで彼に面会するアポイントメントを入れて、メルタル師の屋敷で落ち合うことになった。
「ほう。これは・・・」
現れたアプレス宮廷魔術師に先日俺に見せたようにウィルがメルタル師の奥さんの映像を見せたのだが、流石に王立研究所で働いている宮殿魔術師だけあって、彼は説明されなくても余剰魔力が使われていることが分かったようだった。
「メルタル師に何度か余剰魔力の活用に関する研究について相談したことがあったが、師は既にその利用に成功していたのだな。
師も人が悪い。教えてくれれば良いのに、ヒントしかくれないとは。
まあ、正解を教えるのは彼の流儀では無かったか・・・」
小さく苦笑しながらアプレス氏がつぶやく。
おっと。
研究が進まなくて悪戦苦闘しているアプレス氏の横で、メルタル師が成功させていたのだとしたらちょっとアプレス氏にとっては気分が悪いかな?
まあ、魔術師というのは『自分の研究は自分のもの』という意識が強いから、研究結果を教えろとは誰も言わないが。
だがメルタル師が既に成功させていたのだったら、アプレス氏としては何らかの対価を払ってそれを教えてもらって更に研究を深めるなり、違う研究に専念する方が効率的だったのかもしれないな。
「この屋敷を相続したメルタル師の甥の方は魔術師ではないので、この屋敷の魔術がどれだけ稀有なものかは分からないし、分かったところで利用できないので結局は不動産としてここを売ることになると思います。
そこでお伺いしたいのですが、この魔術は王立研究所が研究用にこの屋敷を買い取るもしくは何年間か借り上げる価値があると思いますか?」
ウィルがアプレス氏に質問した。
ウィルとしては、折角なのでこの屋敷に関する様々な資金を魔術師になれる才能を有する子供を探すための基金として利用したいと考えている。
勿論、その資金を受け取る相続人が基金へそれを寄付することに合意する必要があるが、例え相続人が合意したとしてもまずその資金の提供源として王立研究所なり魔術院なりがこの魔術に対して対価を払う気が無ければ話は始まらない。
「ふむ。
我々が寮として使っていた隣の敷地を切り離すとしても、流石にこの立地の屋敷を丸ごと買い取るのはいくらこの魔術が画期的だとしても難しいな。
とは言え、我々がこの術を理解して応用できるまでの間、ここを借り上げるのは可能だろう。
だが、『幽霊騒ぎ』の問題解決のために魔術院から派遣されたに過ぎん君たちが何故そんなことを気にするのかね?」
アプレス氏がウィルと俺を見つめながら訊ねた。
「自分は生前のメルタル師にお会いしたことはありませんが、魔術学院の奨学金を受けて魔術師になった人間です。
先日、魔術学院が自分のような孤児を受け入れるようになった流れや、自分が世話になった奨学金の設立にメルタル師の貢献が非常に大きかったと聞きました。
この屋敷にはとても有益な魔術があります。ですが、今の形では使いようがないので屋敷を売る際に術を破棄するしかないでしょう。それでは勿体ないですし、メルタル師の思いが残らないのも残念に感じます。
ですからある意味自分が受けたその恩を返す為にも、師の魔術を活用し、その資金で地方にいて自分よりも更に機会に恵まれない子供を助けるのに使えれば、と思いました。
勿論、この屋敷はメルタル師の相続人の物ですから彼を説得する必要がありますが、最初の段取りとして資金源を見つけなければなりませんよね?」
ウィルがアプレス氏に答えた。
う~ん、ウィル、最後がちょっと軽すぎないか?
お前が学院長みたいなお偉いさんと仲が良いのは知っているが・・・宮廷魔術師でそれなりの地位にあるアプレス氏だって、俺達若造からしてみたら雲の上の人だぞ?
馴れ馴れしいとか生意気だと思われたら、纏まる話も纏まらなくなる。
だが、幸いにもアプレス氏はウィルの態度を不快に思わなかったようだ。
「成程な。
私としても師の功績が何らかの形で残るのは嬉しいし、研究が進めば自分にとっても得るものがある。
お前さんの構想やらをもう少し詳しく話してみろ」
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