第82話 星暦553年 紺の月4日 船探し(12)(第三者視点)
>>>サイド フェルダン・ダルム
『アドリアーナ号が見つかりました!!』
何を売れるか、どの資産を売っても商売を続けられるか。
商会の事務所で何とか金をかき集めようと必死で努力していた所へヴァナールから通信が入ってきたと連絡があった。
椅子を蹴り倒して通信機がある部屋へ行ったフェルダンが聞いたのは、ヴァナールの興奮にかすれた声だった。
「・・・見つかったのか・・・」
思わず全身の力が抜け、座り込んでしまう。
『はい、船名を確認しました。見える範囲では船体に傷も付いていないようです。
船が横倒しになっているので反対側は分かりませんが』
ヴァナールの声が続く。
「ダッチャスの街には魔術院の支局がある。
そこで魔術師を雇って船を海上まで浮上させておいてくれ。
ダルム商会の魔術師と船を動かす人員を連れて明日の朝までにそちらに着くようにする」
いつ見つかるか(というか、見つかるか否かすら)不明の船の回収のためにずっと魔術師を押さえておくことは出来なかった。一応見つけた際に船の回収に使えるような人員がダッチャスの魔術院の支局に居ることは確認している。
小さな街だと事務員とリタイアしたような老魔術師しかいない支局や出先機関も多いのだが、港町のダッチャスはもしもの事があった際の救助などに呼ばれることがあるので、それなりに魔力がある魔術師が居ると言われた。
考えてみたらセビウスの弟達に船の移動も頼んでおけば良かったのだが、それは契約に入っていなかった。
何やら別の船を見つけて先日王都へ運び込んだという話なので、彼らも一刻も早く自分の沈没船に取りかかりたいだろうからもうダッチャスにいないかも知れないし。
『分かりました!
では明日会いましょう!』
ヴァナールの弾んだ声が通信機から流れてきて、通信が切れた。
「アデル!
ダッチャスへ向かうぞ!」
◆◆◆◆
携帯通信機に連絡が入ったのは、小さめの船にアドリアーナ号を動かす人員と3人ほど魔術師を乗せて王都を出て直ぐのことだった。
「どうした?」
『ヴァナールから連絡が入り、現在手が空いている魔術師ではアドリアーナ号を浮上させられないので数日待ってくれと言われたとのことです』
本店に残してきた番頭からだった。
「はぁ?
どういうことだ?
あの街にはそれなりの人数の魔術師がいるはずだぞ?」
『大きな船だからと言うことで二人まず連れて行ったそうですが、全然びくともしなかったそうです。
そこで更に三人雇って連れて行ったにもかかわらず、海底からは持ち上げられるものの、海上に着く前に魔力が尽きてしまったそうで・・・』
五人がかりで浮上すらさせられない???
どういうことだ。
たった三人の若い魔術師達で、中型とは言えども破損しているであろう古い沈没船を王都まで1日で運び込めたというのに、幾ら大型船で重い積荷を運んでいるとは言っても五人がかりで浮上すらさせられないなんておかしい。
「・・・ダッチャスの魔術院の支局はどこかから袖の下でも受け取ってウチを潰そうとしているのか?」
船長室の扉を閉め、声を低めて尋ねた。
『どうも、海底から船を持ち上げるというのはもの凄く労力が掛るらしいんです。
こちらでも保険会社のベテランに確認しましたが、沈没した船を回収する場合は基本的に水の精霊の加護持ちが必要なのだとか』
水の精霊と召喚契約をしている人間は海運業で働く魔術師の中でもそれなりにいる。
だが、精霊の加護持ちとなると・・・大抵は宮廷魔術師になるか、魔術院の幹部になるかだ。
それこそ実家が海運業を営んでいるとでも言うので無い限り、雇われて働くようなことは無い。
雇おうと思ったら目が飛び出るような金が掛る。
だが。
それなら一体セビウスの弟達はどうやって船を王都に持ち込んだのだ??
学生だった弟たちが沈没船を見つけて王都に持ち込んだと聞いていたから、船を見つけさえすれば動かすのはそれ程難しくないと思って今回もダッチャスの魔術院の支局で人員を集められることだけを確認していたのだが、あの三人には何か特別な能力があるのか?
確かにセビウスは優れた能力は隠してこそ役に立つという考え方を持つ人間だが・・・。
「ちょっとこちらで何とかならないか、調べてみる。ヴァルナールにはアドリアーナ号の積荷を盗まれないよう手配しておけと伝えてくれ」
本店との通信を切った後、今回のために貰っておいたセビウスの連絡用魔石を通信機にはめ込む。
『やあ。
アドリアーナ号が見つかったらしいね。さっき
暢気なセビウスの声が響いてきた。
「セビウス。君の弟は水の精霊の加護持ちなのか?
弟が友達と一緒に学院の休みに沈没船を王都に持ち込んだと以前言っていたから、魔術師なら簡単に船を動かせるのかと思っていたら・・・ダッチャスにいる魔術師を五人も雇っても浮上させられないらしいのだが」
『・・・あれ、聞いたこと無かった?
オレファーニ侯爵の3男が水の精霊の加護持ちって話は知る人ぞ知る話だと思っていたけど』
オレファーニ侯爵?!?!
確かに、港すら持たぬ内陸の領地に住む侯爵の息子が水の加護持ちなんてなんて何と勿体ないと、以前両親と笑って話した記憶はあるが・・・。
そういえば、セビウスの弟と一緒に雇った品が良さそうな若者の名前はオレファーニだった。
まさか侯爵の息子が魔術師として3人で1日金貨1枚で雇われて働いているとは思っていなかったから、情報が頭の中で繋がっていなかった。
「セビウス。
彼らに、アドリアーナ号を動かすのを手伝って貰えないだろうか?」
『さあ?
元々、今回の件だって金が必要だから雇われたというよりは、自分たちが沈没船を探すついでにやったら一石二鳥と思っていたみたいだからねぇ。
今はすっかりカラフォラ号の積荷を調べるのに夢中みたいだし、通信機ごしに頼んでも暫く待ってって言われるかも?
まあ、君の所の航海士はカラフォラ号の位置情報をうっかり漏らしちゃうような人だから、何日も放置しておいたらアドリアーナ号が心配かも知れないけど』
・・え?!?!
何とかダルム商会を救おうと夜中まで働き続けていて、最近はセビウスにも会っていなかったのだが、ヴァナールは問題を起こしていたのか??
「・・・これからそちらに行かせて貰っても良いだろうか?」
『何か美味しいお菓子でも持ってきたらね。
そろそろお茶の時間だから、お菓子を持ってくれば船から引き離せると思うよ』
どうやら、ヴァナールが何かしでかしたにも関わらず、この友人から完全に見捨てられた訳ではないようだった。
「分かった。
セビウス、ありがとう」
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