第83話 星暦553年 紺の月4日 船探し(13)
王都に帰ってきた俺たちは、シャルロとアレクが磁器、俺は魔具という形に分れて作業することになった。
一応、売却価格を知るために俺もある程度は磁器の価値とかについては学んだけど、文様や形の名称が何かまでは詳しくは知らない。
だから、そう言った詳細が書いてある保険契約の資料と実物を照合させようと思うと一々資料の内容をアレクかシャルロ(もしくはセビウス氏かその部下)に翻訳して貰わなければならないので、かなり時間が無駄になる。
その点、魔具はまたちょっと違うからね。
まずは魔力を少しずつ充填してどこで回路が切れているかを確認し、残った回路の形からどこに切れた部分が繋がるべきかを推測しながら修理して、最終的には動かしてみて機能を確認することで資料と付き合わせる。
幸いにも、カラフォラ号が運んでいた魔具は特に危険な物は含まれていなかったので室内で実験してもいいとニルキーニ氏が許可してくれたが、そうは言っても変な風に変質していて危ないことになっていたら困るので、作動しそうな所まで修理が進んだら保護結界の中で作業をする。
磁器よりも数が少ないが、ちゃっちゃかと照合を進めているシャルロ達に比べて修理は圧倒的に時間が掛るので、シャルロ達が終わったらこっちを手伝って貰うことになりそうだ。
くるくる、きゅ~。
「腹が減った・・・」
王都に帰ってきて、昼食後に始めた最初の修理が大分進み、もうそろそろ保護結界を張ろうと思ったところで騒ぎ始めた腹の訴えに耳を傾けて一息つくことにした。
家の工房で働いていたらキッチンに入ってパディン夫人のケーキでも一切れ頂戴するんだけどなぁ。
何処かに何か軽く買いに行くべきか・・・。
そんなことを考えていたら、倉庫の扉が開き、フェルダン氏が入ってきた。
手に箱を持って。
お??
思ったより、行動が早いじゃん。
ダッチャスに行って色々無駄なあがきをしてからこっちに来るかと思っていたけど、この時間にこっちに何やら手土産を持って現れたと言うことは、ダッチャスに行ってないよな、あれ。
「やあ、フェルダン」
机で大きな花瓶を調べていたセビウス氏がフェルダン氏に気付いて声を掛ける。
「セビウス。
ウチの航海士がどうもとんでもないことをしでかしたらしいね。
今日は新たに頼みたいことがあって来たのだが、その前に君の弟君達にお詫びを言わせて貰えないだろうか?」
おや。
随分と下手に出たね。
まあ、部下がシェフィート商会の三男達が見つけた沈没船の情報を売ったなんて大顰蹙なことをしでかした上に、これから俺たちに頼み事しなくちゃならないんだものな。
気まずいこと、この上ないのだろう。
端で働いている俺に気付いていないのはまあしょうが無い。
セビウス氏では無く、俺たちに謝りたいと言っているので、及第点と言うところかな?
にこやかに頷きながら、セビウス氏が船の甲板口へ歩み寄り、中へ声を掛けた。
「アレク、シャルロ君!
お菓子だよ!」
おい。
俺は??
ちょっとむっとしながら立ち上がった俺を見て、セビウス氏がにやりと笑う。
「ウィル君は気付いていただろう?」
まあ、そうだけどさぁ。
それでも、声ぐらい掛けて欲しかったな。
近づいてきた俺に気付いたフェルダン氏が俺に気が付き、深く頭を下げた。
「ウチの航海士が情報を漏らしてしまったらしいね。
本当に申し訳なかった。
信頼できる人間を付けたつもりだったのだが、こんなことが無いようにしっかり釘を刺しておかなかったこちらの落ち度だ。
許して貰えるだろうか?」
ご丁寧だねぇ。
しかも、シェフィート商会のアレクや、オレファーニ侯爵の息子であるシャルロだけでなく、俺にもちゃんと謝るなんて大したもんだ。
「実害は無かったので、構いませんよ」
小さく肩を竦めて答えているところに、シャルロとアレクが出てきた。
二人を見て、再びフェルダン氏が謝罪と共に頭を下げる。
「そうですね、情報漏洩なんて出来ないぐらいしっかりと部下を管理しておかなかったのはそちらの失敗だとは思いますが、まあ状況が状況ですからね。
大変だったのだと思いますから、今回は構いませんよ」
アレクがちょっと厳しめな事を言いながらも許した。
シャルロは全然そんなことを気にもせず、フェルダン氏が手に持っている箱に注意がいっているようだった。
「世の中、そんな物ですよね~。
ところで、それは『カンフィー・コーナー』のケーキですか?」
おいおい。
セビウス氏の顔がちょっと引きつっているぜ。
今の台詞じゃあ、謝罪を受けて許して貰えたのか自信が持てない感じだぞ。
気にしてないからって軽く流しすぎちゃあ、駄目じゃん。
まあ、この後アドリアーナ号を動かすよう依頼してくるんだろうから、それを受けてやれば許されたということも分かるかな?
◆◆◆
「え、5人がかりでも動かなかったんですか?」
ケーキを食べながらシャルロの目が驚きで大きく見開かれた。
「ええ。ヴァナールが現時点でダッチャス魔術院支局にいる魔術師を全員雇って連れて行ったのですが、海面まで持ち上げる前に魔力が尽きてしまったそうです」
フェルダン氏が頷く。
へぇぇ。
まあ、大きな船だったからな。
しかも客室とか客の持ち込んだ家具や服ではなく、重い鉱石や金属製品などがぎっしり貨物室に入っているらしいから、ずっしり重いのだろう。
それだけ重い物だったら船から中身だけ取り出すとしても大変だろうから、労力に対する費用効果もあまり良くないんだろうな。
「じゃあ、僕が・・・」「シャルロが精霊の加護持ちなのは、もうご存じですよね?」
お人好しなシャルロが自分が行くと言い出す前に、アレクが言葉を遮った。
そうだよねぇ。
まあ、知り合い料金で良いとは言え、探すのに俺たちに払っていた料金で他の人間には出来ない作業までやるなんて話が流れるのは駄目だ。
『知り合い経由』で頼めば精霊の加護持ちの魔術師が普通の若い魔術師の日当で雇えるなんて話が広まったりしたら大変なことになるだろう。
まあ、侯爵の息子であるシャルロに変なことを言ってくる人間は少ないかも知れないが・・・それこそオレファーニ侯爵の知り合いの貴族達が自分たちの領地での灌水作業やその他水に関連する作業を「ダルム商会のためにはこの値段でやったと聞いてるが?」とでも言い出して『お願い』してきたら困る。
王都に帰ってくる際にちょっと話し合ったのだが、今回は俺も精霊の加護を持っている事実は言わないことにした。
まあ、ヴァナールは何かあると思っているかもしれないが。
でも、少なくとも彼の前で直接清早に話しかけたりはしていないので、人並み外れて水に関する魔術に優れていると思っているかも知れないが、精霊のことは気付いていないはず。
シャルロでさえ、変な前例を作ったら大変なことになるかも知れないのだ。
俺まで精霊の加護があるなんて事が広まったら、どうなることやら。
まあ、俺の場合はしがらみが殆ど無い。だからいざとなればアファル王国を捨てて何処か違う国へ移住して新しく生活を始めるという手もあるが、流石にそれは出来ることならば避けたい。
今まで出来てきた友人や、コネを全部切って捨てるのは、ちょっとねぇ・・・。
そこまでいく前に魔術学院長や盗賊シーフ・ギルドの長に泣きついたら何とかして貰えるかも知れないが、やはり人に借りを作らなければいけない状況を作り出さないのが一番だ。
と言うことで、今回はシャルロに目立って貰うことになっている。
魔術院のお偉いさんだって多分魔術学院経由で俺が精霊の加護を得ていることを知っていると思うから、外部からの理不尽な圧力への対応に手伝ってくれるかも知れないが、どうせシャルロに蒼流が加護を与えていることは貴族社会でもそれなりに知られている話なのだ。
立場も有り、既に情報も流れちゃっているシャルロに任せて良いと、シャルロも言ってくれたし。
とは言え。
ある程度、注意しなきゃねと話し合っていたのに、ケーキに気を取られたのか、五人の魔術師を使っても海上へ運び出すことすら出来なかったことに驚いたのか。
素で「やっても良いよ」と言いそうになっているところがこいつらしい。
「やはり、そうですか。以前聞いたことがあったとは思っていましたが。
保険協会に聞いてみたところ、水の精霊の加護を持つ魔術師に対する報酬相場というのは状況が稀すぎて実質存在しないと言われました。
幾ら出せば、良いでしょうか?」
フェルダン氏が真摯な態度でシャルロとアレクを見つめる。
う~ん、やっぱり俺ってこういう場面で存在感がないよなぁ。
外から見ると、
アレクがビジネスを理解している人間、
シャルロが精霊の加護があって魔力がある人間。
俺って何だと思われているんだろう???
ある意味、知りたくないかも知れない。
まあ、聞かれたら
実際の所、アレクのビジネスセンスはまだしも、シャルロの蒼流との繋がり(俺の清早との関係もだが)って俺たちの仕事にはあまり関係ないもんな。
「ダルム商会が大変苦しい状況にあると言うことは知っています。
ですから、シャルロがダッチャスへ行って船を引揚げ、帰ってくるのにかかる2日分を私たちに払っていた日当を彼に払うことでも良いと彼は言っています。
ただし、この話が外に広がっては困るので、例え貴方の部下や家族から聞かれた場合でも、ダルム商会がつぶれないだけのギリギリの金額を払い、更にこれから5年ほど分割払いで同額を払うことになったと言って下さい」
シャルロは日当分で良いと言っていたのだが、アレクが更にそれに条件を付け加えていた。
すげぇ。
今、つぶれるギリギリの金額と、更にそれをこれから同額を5回受け取るって一体どれだけ精霊の加護持ちって高くつくんだ??
フェルダン氏が呆気にとられたような顔をした。
セビウス氏も驚いてるぜ、おい。
「日当分で良いって・・・。
本当に良いのですか?」
おっと、そっちに驚いたのか。
「まあ、お金が欲しかったらそれこそもっと加護を使って商売したり、魔術院からどんどん依頼を受けていますから。
ただ、他の人からひっきりなしに頼み事されるのは本当に嫌なので、気をつけて下さいね?
僕が嫌な思いをしたら、僕の精霊がダルム商会の船に八つ当たりするかも知れないですよ」
シャルロがにっこり笑いながら脅した。
蒼流の八つ当たり。
怖すぎるぜ・・・。
「シャルロ君に支払ったことになっている金額は裏帳簿にでも付けて、商会の非常事態用資金とでもして分けておくんだな。
払ったはずのお金がそのまま商会に残っていたせいでばれてしまっては、お前も困るだろう?
水の精霊に嫌われた海運業の商会なんて、間違いなく破綻するぞ」
セビウス氏が笑いながら注意していた。
「分かった。今すぐには手配できないが、10日以内に全てを手配して、金額も連絡する」
カクカクと頷きながらフェルダン氏が言った。
ま、一段落付いたと言うところかな?
これでカラフォラ号にあった魔道具の研究に専念できるぞ!
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