第81話 星暦553年 紺の月1日〜4日 船探し(11)

「やあ、おはよう」

何食わぬ顔をして海底探索用に使っているボートの傍で待っていたヴァナールに、シャルロが声を掛けた。


昨日は色々話し合った後は魔具を運び出し、磁器と保険契約の資料との突き合わせをやり始めた辺りで時間切れになってこちらに帰ってきた。


次の休養日までどの位やることが残っているのか。

俺たちも色々やりたいんだけど、10日も後になったらそれまでやることが残っているとはあまり思えないのだが・・・。

いい加減、アドリアーナ号を見つけたいな。

そうすりゃ、この作業は終わりで俺たちはさっさとカラフォラ号の作業に戻れる。


「おはよう。昨日はどうだった?王都まで行ったのかい?」

ヴァナールが普通に返事を返してきた。


「ええ。

あの沈没船は名前がカラフォラ号だと言うことが分かったのですが、何と昨日の朝に王都へ運び込もうと行ったら私たちが見つけた船を偶々同じ時期に見つけたと主張する引き揚げ屋サルベージャー達がいてね。

まあ、ウィルが先手を打っていてくれたお陰で何も盗まれなかったが、驚いたよ」

アレクも何気なく返事をしている。


「シェフィート商会のセビウス氏が沈没船好きでカラフォラ号の貨物を調べたり売り払ったりするのに色々手を貸してくれているんだけど、偶然・・引き揚げ屋サルベージャー達が俺たちの発見した直後に船を見つけたらしいと言うことを言ったら、友人のダルム商会が関係している案件でそんな情報管理に問題が起きるなんて、残念なことだと言っていたよ」


お。

ヴァナールの顔が蒼くなったぞ。


「シェフィート商会のセビウス氏・・・?」


「ああ。兄はこういった古い船や遺跡が大好きなようでね。

冷淡そうでロマンだなんて柄ではないので、意外に思われることが多いのだが」

アレクが何気なく答える。

おいおい。

相手が知りたいのはセビウス氏が遺跡好きなことじゃなくって、自分がやったことが伝わってしまった事なんじゃ無いのかい?

しかもアレクの兄貴だと聞いて顔が更に蒼くなったぞ。

・・・と言うか、アレクがシェフィート商会の人間だと気付いていなかったのか?


「セビウス氏がアレクのお兄さんなのかい・・・?」


シャルロが首をかしげながらボートに乗って答える。

「最初に会ったときにアレク・シェフィートって自己紹介していたよね?

僕みたいに爵位と関係ない一族の人間が多い姓ならまだしも、シェフィート家って同じ名前の一族が沢山居るわけじゃないよね?」


おやまあ。

爵位という言葉まで聞いて、航海士殿の顔色は蒼を通り越して殆ど透き通った白になってきたぞ。


幽霊みたいだ。

このまま海底に捨ててきても顔色変わらなかったりして。


まあ、そんなことはしないけどさ。

「今回は警告だけで何もしなかったけど、次回からは警告無しに俺たちが見つけた沈没船に近づいた人間は海底に埋めて殺すよう手配しているから、今後は同じような問題が起きないように期待したいところだな。

さて、いい加減アドリアーナ号を見つけてこの契約を終わらせちまいたいから、さっさと出発しようぜ」


「ああ、勿論だ」

半ば呆然としながら座ったヴァナールを見て小さく笑いながら、清早に頼んでまた一昨日まで探索していた地点へとボートを動かす。


これだけ脅しておけば、こいつもこれ以上情報を売るなんて馬鹿なことはしないだろう。

幾ら物が盗まれなくても、清早に人を殺すよう頼むのは気分が悪い。


どちらにせよ、さっさとアドリアーナ号を見つけたいなぁ。

もう日当なんてどうでも良いから、さっさと終わらせてカラフォラ号に集中したいぜ。


◆◆◆


早くカラフォラ号に戻りたいとジリジリしながら探し続けて4日。

とうとう、それらしい物が目に入った。


「あれじゃない?

砂を被ってない船っぽいよね?!」

それを真っ先に目にしたシャルロが期待に声を上げた。


「よし、直接調べちまおう!!」

今までは、砂を水打ヒタンで払って場所を記録し帰りに纏めて確認していたのだが、これは砂を被っていないので砂が落ち着くのを待つ必要が無いし、なんと言っても砂を被らないほど新しいというのは非常に希望が持てる。


態々帰りまで待つ必要は無いだろう。


「そうだね。どの位の期間で砂を被るのか分からないが、ごく最近沈んだ船はアドリアーナ号以外無いらしいから可能性は高いし」

アレクが合意してくれたので、一応元の場所が分かるように目印代わりに氷の柱を現在地に立てて、船影の方へ移動した。


「横倒しになってるけど・・・見える範囲には穴は開いてないね」

近づきながらシャルロがつぶやく。


「船名って後ろと横にも書いてあるんだな?

先に後ろに回るか」

船の後尾へ回り、光イルムを近づけて名前を探す。


「あった!!!

アドリアーナ号だ!!!」

アレクが珍しく興奮して大声を出した。


アレクもさっさとカラフォラ号の磁器や魔具に取りかかりたくってジリジリしていたからな。

毎晩進捗情報を聞きにセビウス氏に連絡を取って長時間色々事細かに聞いていたし。


「よし。じゃあ、海面に上がって場所を確認するか。

それとも、このままでも場所分かる?」

振り返ってヴァナールに確認する。

なんと言っても、カラフォラ号を見つけた際には態々海上に上がらなくても位置情報を売れたんだ、毎日の捜索中に設置するイルムの記録で大体場所を把握できているみたいだよな。


満面の笑みを浮かべてアドリアーナ号を見ていたヴァナールは暫く反応しなかったが、腕に触れてもう一度質問したらやっとこちらの言葉が耳に入ったらしく、返事をしてきた。

「一応、海上にも上がって貰えるか?

大体分かるとは思うが万全を期して確認しておく方が良いだろう」


「了解~。

じゃあ、上から帰ろうか!」


シャルロが声を上げ、蒼流に頼んだのかもの凄い勢いでボートが上昇し始めた。


海上に上ってヴァナールが位置を確認するために測定している間、俺たちはカラフォラ号での作業のことをわいわいと話し合っていたのだが・・・だんだん、日差しがきつくなってきた。


「そっか、今までは海上に殆ど出てなかったから気が付かなかったけど、海の上って日差しが強いんだね。

ヴァナールが終わったらもう一度海中に潜ろうか」

シャルロが汗を拭いながら提案した。


確かに。

気のせいかも知れないけど、シャルロの鼻の先が赤くなり始めている気がするし。

蒼流に頼めば何らかの手段で日差しも遮ってくれるだろうが、まあ変なことをするよりも単に海中を進んでしまった方が楽そうだ。


「よし、終わった。

ありがとう」

ヴァナールが声を掛けてきたのでさくっと船を沈めて港へと進んだ。


◆◆◆◆


港に着き、軽い足取りで引き揚げ屋サルベージャー協会に向かうヴァナールに別れを告げた後、俺たちはこれからやるべき手続きに関して話し合っていた。


引き揚げ屋サルベージャー協会の登録はヴァナールがダルム商会の名前でやってるから、俺たちは昼ご飯を食べたら宿屋の荷物を荷馬車で王都へ運んで貰うよう頼んで、今日中に空滑機グライダーで王都に帰らないか?」

俺が提案したら、アレクが小さく首をかしげた。

「一応、兄にも報告して、直ぐに帰ってしまって良いか確認しよう。

下手をすると、アドリアーナ号を王都へ運ぶのも頼まれるかも知れないから、そうなったらまたこちらへ戻ってくるのは時間の無駄だからな」


「え?

そのくらいはダルム商会の方で手配しているんじゃないの?」

シャルロが驚いたように聞き返す。


「私たちのような若造3人で豪華客船を王都へ運び込めたし、今回のカラフォラ号も一回り小さいとは言ってもあっさり運び込んで色々調べた後に帰ってきたからな。

魔術師でさえあれば簡単にできると思っていて元々ダルム商会で働く魔術師以外には声を掛けていないかもしれないぞ」

アレクが肩を竦めながら指摘した。


あ~。

個人差はあるものの、別に成人前後以降は年を取っても魔力が増える訳じゃあないんだけどねぇ。

どうしても俺たちみたいな『若造』でも出来ることならベテランに出来ても当然と外部の人間は思いやすいんだよねぇ。


元々、船を運ぶのは俺たちの魔力では無く、精霊の力でやって貰っているのだ。

出力が全然違う。

・・・考えてみたら、アドリアーナ号って重い鉱石とかもふんだんに積んでいたという話だからなぁ。船体に破損が無いと想定したとしても浮遊レヴィアで海底から海上まで持ち上げるだけでも大変そうだな。

その後船の中から水抜きをして船員をどっかから連れてきて王都まで航海するとなると、それなりに手間と時間が掛りそうだ。

かといって、浮遊レヴィアでアドリアーナ号を王都まで直接海の中を動かしていくのは無理だろう。

いくら浮力が効いているとはいえ、人間の魔力じゃあ、アドリアーナ号ぐらいの貨物船だったら総量的にはそれこそ王都の魔術院の人員全員を雇うぐらいの魔力が必要になる。

そんな無駄遣いできる金は無いだろうな。


「というか、ほぼ確実に俺たちが動かす羽目になるじゃん、考えてみたら。

何で最初に普通の魔術師では船を動かして王都まで持って行くのは無理だから俺たちにその分金を払って依頼しろって話を付けておかなかったんだ?」

今日中に王都に帰ろうという予定(希望的観測?)が駄目になり、思わずアレクに文句を言う。


「一度失敗して相手に私たちへ頼むことがどれだけ大変な作業なのかを理解させておかないと、依頼料をケチられるだろう?

いくらシャルロとウィルに簡単にできるからって他の魔術師にとってはほぼ不可能なことなのに、『魔術院の若造』レベルの金額で依頼されたんじゃあ割に合わないからね。

・・・とは言っても、カラフォラ号に早く取りかかりたい今となってはそんなこと、どうでも良い気がしてきたが」


「そうだね~。

この状況は想定しておくべきだったと思うなぁ」

シャルロも直ぐにカラフォラ号に取りかかれないことが不満だったのか、少し不満げに文句をぶつけている。


「どうせ王都から魔術師を呼んできて、頑張って動かそうとして、無理だという結論に達して、商会のトップと打開策に関して相談するのに2日か3日はかかるだろ?

だから今日中に空滑機グライダーで王都に帰って、依頼が来るまでカラフォラ号に取りかかっていようぜ。

俺たちが王都へカラフォラ号を運んだことは分かっているんだ、自分達でどうしようもなくなったら俺たちに頼みに来るか、少なくともどうやってやったのか聞きに来るだろ」


明日の朝に依頼が来るならば待っていても良いが、明日の朝ではまだ王都からダルム商会の魔術師がこちらに着いたか否かぐらいだろう。

どう考えても直ぐには俺たちの方に話が来ないのだから、ここで物欲しげに待っている必要は無い。


さっさと帰って1日でも半日でもいいからカラフォラ号で遊ぼうぜ!


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