第56話 星暦553年 藤の月 7日 防寒(2)
「お久しぶりです」
色々結界の形やら結界内でのほどよい熱の発生など確認して数日過ごしてきたが、どんな人間が買うか、それらの購入者の需要はどんな物なのかを確認しようということで、俺は軍、アレクは商会、シャルロは貴族の知り合いに聞いて回ることにした。
あまり魔術学院出身で軍に入った人間なんていない。
ということで、卒業後は騎士団に入り腕を磨いている(らしい)ダレン・ガイフォードに話を聞くことにした。
ダレンだったらガイフォード家の人間として、色々軍の中でも顔が広いだろう・・・と期待しているのだが。
「久しぶり。なにやら色々面白い物を作っているらしいな」
軍に半分ぐらい正式に売り込む意味も込めて騎士団に訪ねてきたら、ダレンはちょうど見回りからでも帰ってきたところだっらのか、厩にいた。
「軍には色々買って貰っています。『こんなものが欲しい』というオーダーベースでの開発も成功報酬で請け負ってますから、何かあったらご連絡下さい」
ついでに売り込みをかけておく。
「それで、ですね。
将来のオーダーはともかく。
今度、携帯できる加熱式魔具を作ろうと思っているんですよ。
寒い中で遠乗りに行ったり見張りに立っていたりしても体が冷え込まないような、暖房効果のある魔具。
軍でも需要があるかなぁ~なんて思って、どういう機能があったら軍にとって有用か意見をお伺いしようと来てみました」
寒い中、ただ歩き回ったり馬車を運転したりするだけだったら寒さに
だが、兵というのは戦うことが存在意義なのだ。
見張りに立ている兵が寒さのせいで体が思うように動かず、殺されてしまっては無駄すぎる。
戦時中の徴兵した農兵ならまだしも、平時にいるような専門職の兵はそれなりに訓練をして、軍としても投資している対象なのだ。
なので平であろうと兵士が死なないよう、ある程度の出費はしてもいいと思っているのでは無いか。
というのが軍にも御用聞きに行けと主張したアレクの考えだった。
下町での命の安さを見てきた俺としては、下っ端の兵士なんて使い捨てに近いんじゃないかぁ?と密かに思っていたが、どうやら少なくともダレンの視点からしたら防寒用魔具とはあり得ない無駄では無いようだった。
「ふむ。面白いな。どんな風に機能するのだ?」
「とりあえず考えているのはベルト式の魔具で、微弱な結界で風が当たるのを防ぎ、体温程度の熱を発して結界の中を暖める感じですね。
実験の結果では馬に乗っていたり何かの上に座っていたりしても結界がそれに併せて形状が変化するので、冷たい地面にでも直接座らない限りどんな体勢を取ろうと体を温めます」
結界の中で熱を発生させると、上にばかり熱がたまって顔は暑いのに足は冷えるという状態になってしまう問題をまだ解決できてないけど。
「なるほどね。風を結界で防ぐか。
この結界、もっと強く出来ないか? 矢や投げナイフの一撃を防げるなら、少しぐらい高くても買う価値があると思うぞ」
なるほど。
どうせ結界を張るなら、ついでに防御結界にするという訳か。
だけど携帯できるレベルで矢を防げるタイプのなんて言ったら、かなり高出力の魔石が無いと無理かもしれない。
そうなるとかなり高くなる。
今まで俺たちが作ってきた魔具は家庭用の物が殆どで、軍事用のような高い出力の魔石はあまり必要としてこなかった。
とは言え。
何事も工夫次第だ。
高価な魔石を使った魔具なんて、誰にだって作れる。
俺たちの強みは、今までに無かった工夫をこらすことだ。
この挑戦、受けてみようじゃないか。
「面白い考えですね。
何か出来ないか、頑張ってみます」
にやりと笑いながらダレンが別れに手を上げた。
「まあ、防御結界が無くても俺の遠乗り用に一つは買うから、どちらにせよ出来上がったら声をかけてくれ」
まいどあり~。
◆◆◆
「馬も暖めて欲しいって~」
家族とその知人に聞き込みをしてきたシャルロが報告した。
なるほど。
貴族層の利用は主に遠乗りと自分の邸宅の庭園散策といったところだろう。
となると愛馬の体調のためにも暖かさを分けてやりたいといったところなのか。
馬にしたって、人間と同じで寒さで筋肉が強ばっていたら怪我をしやすいだろうし。
「ふむ。結界の範囲を広げるか、ある程度以上の接触がある生き物を結界対象に含めるようにするか、それとも馬用に別の魔具を創るか。工夫が必要だな。
ちなみに商会の方に聞いてみたら、あちらとしては隊商での利用になるから最低でも3日、出来れば20日は充填しないで日中だけでも連続利用出来ないと厳しいとのことだ」
王都や大きな商業都市ならば魔石の充填なり買い換えが比較的容易に出来るが、田舎や辺境に行ったらそうもいかない。
考えてみたら、暖房用魔具があれば、辺境へ冬に商売に行き、競争相手のない取引が出来るかもしれないな。
それで途中で魔具が尽きて凍え死んでしまったら話にならんが。
「軍の方では、最初の一撃でもいいから、矢や投げナイフを止めるだけの威力を結界に持たせることが出来たら重宝するってさ」
黒板に書き込みながらアレクが小さく頷いた。
「隊商の方も、それには需要がありそうだな。隊商だったら最初の一撃とは言わず、5回ぐらいは攻撃に耐えてくれる方がいいだろうが。ただ、そうなると一気に魔力を使い切ってしまうな」
取りあえず、
1.頭だけで無く体全体をちょうど良く暖める機能
2.中堅商会でも経営を傾けないレベルで買える魔石で20日ぐらい持たせる効率性
3.防御結界機能
4.隣接する生き物も暖める機能?
が必要と言うことか。
安易な思いつきで始めたのに、意外と複雑な話になってきた。
「じゃあさ、まず全体を暖める機能と、効率性と、防御結界とを担当を決めて2日ぐらい工夫してみて、担当を交換してみない? 色々違う考えも出てくるだろうし。
馬に関しては、何だったらサイズの大きいのをもう一つ馬用に売ってもいいし、とりあえず後回しにしよう」
シャルロの提案に皆で頷き、担当を決めるためにサイコロを振った。
最近の俺たちの初期開発手法だ。
どうせ同じ工房で作業をしているので色々お互いに相談し合うが、やはりメインに色々試していくのは一人でやる方が効率がいい。とは言っても、知恵を集め合うのも俺たちのやり方だから担当を区切りが良いところで交換して、違うやり方を色々試し、最後に一緒になって更に磨き上げるのだ。
と言うことで今回は防御機能がまずあたった。
さて。
古来色々活用されてきた防御結界はそれなりの数が魔術院に登録されている。
まずはそれから見て回るか。
「そんじゃ、魔術院に行ってくるわ」
コートを取りに向かった俺にシャルロとアレクも付いてきた。
「僕も」「私もかな」
魔術院の術回路も、もっと探しやすいように整理されていればいいんだけどなぁ......。
20年単位の棚の中で分野ごとに分かれているから、何百年分もの棚から重い資料箱を取り出して机まで集めるだけでも大変だ。しかも後でまた元の棚へ戻さなければならないし。
年代ごとに分けずに分野だけで整理してはどうかと一度司書に訴えたことがあるが、調べごとをしている魔術師が棚の前に陣取ってその場で資料に目を通し始めて邪魔になるため、却って利用者全体からすると非効率になるんだそうだ。
俺も出来るならば同じことをしたい。
だが、それなりに利用者もいる資料庫のあちこちの床に魔術師が座り込んで調べごとをしていたら、確かに邪魔でしようがないだろう。
いつか、術回路を登録して机から検索できるような魔具が出来たら凄くありがたいんだが。
『情報』を大量に蓄積できる魔具は今のところ発明されていない。どうやったら出来るのかすら思いつかないから、そんな便利な魔具が出来るのはまだまだ先の話なんだろう......。
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