第55話 星歴553年 藤の月 3日 防寒
「おや、アレクは?」
年末の騒ぎの酒がまだ完全に抜けず微妙にぼ~とした気分で食堂におりて来たら、シャルロしかいなかった。
何度も食事を作らせるのはパディン夫人に悪いから、基本的にウチでは三食は決まった時間に出され、それに間に合わなかった人間は自分で冷めた食事を温め直すことになっている。
やはり作りたての方が美味しいので食事時になると3人が集まることが多いのだが、今日はアレクの姿が見当たらなかった。
「折角の新年だから、ラフェーンと朝陽を楽しみに出かけたみたい」
お茶を飲んでいたシャルロがぴらぴらとメモを振りながら答えた。
お茶。
あれはいい。
二日酔いにも水分を沢山取るのはいいと言うし。
ということでお茶を自分用にも注ぎながら、外を見やる。
「まあ、良い感じに晴れているけど。寒くないんかね?」
魔術師になったことで贅沢に魔石を使って家を暖かくし、朝ベッドから出てきても寒くない環境を享受できるようになった。
だが。
それでも真冬に外を出歩けば寒いことには変わりない。
まあ、子供の頃の薄っぺらい上着とは比べものにならないぐらい質の良いコートを着られるようになっただけましだけど、それでも乗馬(ユニコーンだけど)というのはかなり飛ばさない限りそれほど体を動かさないから寒いだろう。
「え~、適当に結界を張って、加熱すれば大丈夫でしょ」
のんびりと手元の本のページをめくりながらシャルロが答えた。
いやいや。
それはお前さんみたいに特に有能かつ魔力のある魔術師に関してだけだよ。
停止状態ならまだしも、動いている
バタン!!
どう突っ込みを入れるか考えている間に、玄関の扉が勢いよく開いた。
「寒い!!!!」
コートをラックに投げだし、手をこすりながらアレクがティーポットへ直行した。
「ほら言ったろ? 常識的には寒いんだよ、冬の遠乗りって」
お茶を手に、アレクが振り返った。
「携帯できる加熱型魔具を作ろう!」
ははは。
まあ、今取りかかっているものはないから、別にいいけど。
本を閉じたシャルロが考えながら何か答えようとしたときに、台所からパディン夫人が顔を出した。
「朝食が出来ましたよ」
「は~い」「「はい」」
一通りベーコンやらパンやら卵を食べ終わり、おなかも満足したところで話を再開。
「だけど、遠乗りに行ったら確かに寒いが、体を動かしていればそれなりに暖まるのに需要があるかね?」
寒いさなか仕事をしなければならない人間は、体を動かしていることでそれなりに暖まる。
まあ、警備をしている人間とかはあまり動き回らないかもしれないが。
だが、警備兵に暖まるための魔具を買い与えるぐらいなら、チームに一つ通話用魔具を買うのではないだろうか。
「遠乗りに行ったら寒い」
きっぱりとアレクが言い切る。
「まぁ、冬でも時々馬の運動をしてあげないと可哀想だしねぇ。携帯できる加熱型魔具があれば、天気が良い日に散歩に行ったりしても良いだろうし」
のんびりとシャルロも相づちをうった。
「あったら便利だろうが・・・最初にどうにかして流行させないと、態々金持ち連中が買うとも思えないぜ。それなりに実用的に必要な人間が買って、『いい』って評判になったらもっと高い金持ち用贅沢バージョンも売れるかもしれないが、まずは実用的に必要な人間が買える値段で売り出せないとだめだろうな」
商会の運送馬車の御者用にでも売り出すかね?
だが、それでも今まで無しでも極端に問題は無しに配達が出来てきたのだ。
態々お金を出して新しいタイプの加熱型魔具に商会が投資するだろうか?
それなりに余裕のある層が『これは良い』と気がつけば売れるようになるだろうが、イマイチどうやったら売り込めるのか、想像が出来ない。
「まあ、いいじゃん。
のんびりとシャルロが提案した。
さては、ケレナとの遠乗り用に欲しいな?
まあ、俺も時々変な依頼のせいで外で身を潜める羽目になりかねないからな。
あっても悪くは無いか。
「そうだな、考えてみたら
お茶のお代わりを注ぎながらアレクがうんうんと頷いていた。
◆◆◆
「さて。
加熱型魔具といったら何が必要かな?」
工房に持ち込んだ黒板の前でアレクがペン型魔具を手に、振り返った。
ちなみに、これも我々が自分たちのために作った魔具だ。以前はチョークを使っていたのだが、粉があまりにも目障りだったので魔力を通したら文字を消せる黒板モドキとペンをセットで作ったのだ。
魔術師にしか使えないが、魔術学院にはそれなりの数を定期的に売り込んでいる。
研究肌な魔術師にも魔術院経由でそれなりに売れているし。
まあ、単価も売上数もたいしたことないから、小遣い稼ぎ程度だ。
「熱!」
シャルロが手を上げて発言する。
「ほどよい熱、だ。熱すぎると火傷するぜ」
魔術学院に入る前に、石を暖めて布にくるんで抱えて暖をとっていて火傷したのは痛い記憶だ。
「ああ、そういえば触って直ぐに火傷するほどで無くても、ある程度以上高い温度に長時間触れていると火傷することがあるらしいからな。そこら辺は
アレクが頷きながら黒板に書き足す。
「風を遮るローブみたいなものがあると、効率がいいはず」
同じ気温でも、風がある日と無い日では外で身を潜めていたときの寒さが全然違った。
風というのは寒さを何倍も増やす。
だから空気の動きを止められれば、かなり暖かく出来るはず。
「ローブ型にする?」
シャルロが首を少し傾けて考え込んだ。
が、アレクが首を横に振った。
「いや。
それにあんまり野暮ったいと上流層には売れないだろうし、かといって一々いろいろなデザインにつけるのは面倒だ。
「じゃあ、空気の動きをある程度阻害する結界を体の周りに発生させるのと、ちょっと暖かい熱を出す機能が必要な訳だね。
他は?」
「あまり結界の効力を強くしすぎると呼吸困難になったり、音が聞こえなくなったりするかもしれないぜ」
風を止めるための結界というのは一番簡単にやる方法は空気の動きを禁じることだ。
「物に触れるのも阻害しちゃ駄目だしね」
シャルロが同意する。
「形も使用者の体勢に合わせて変化させる必要もありそうだな」
アレクのコメントに、シャルロが首をかしげた。
「考えてみたら、人間用の結界ってどんな形なんだろ? あんまり考えたこと無かった」
確かに。
「外で、結界を作ってみろ。上から水をかけて、どんな形に水がはじかれるか見てみよう」
シャルロなら失敗してびしょ濡れになっても過保護な精霊蒼流が直ぐに乾かしてくれるだろうし。
「え~! 寒いよ~~~!!! いいじゃん、ここでやれば!」
ばっと見事な速度で結界を自分の周りに張り、シャルロが手を振り上げる。
ざば~~~!!!!
見事な勢いで水が中から飛び出し、シャルロの周りの結界ではじかれ、宙に消えていく。
流石大精霊様。
ちゃんと部屋が濡れないように水の後始末までしてくれるんですね。
「急にやられても、観察出来ね〜よ・・・」
ぼやきながら目をこらす。
「球形・・・かな?」
「シャルロ、一歩前へ歩く感じで踏み出して」
アレクの注文に応じてシャルロが体を動かす。
最初は濡れていた部分へシャルロが足を伸ばしたら、そこには水が来なくなった。
ということは、結界は自動的に対象物の動きに合わせて形を変えるのか。
色々な姿勢をやらせ、しまいには床に寝転がらせてみたところ、どうやら結界は何も考えていなくても対象物の形に合わせて変形するようだった。
「よし、次はウィルがやれ。最後に私もやるから」
アレクの命令に、渋々と結界をはる。
シャルロは魔術師としてはこの3人の中で一番優秀だ。本人にその気があれば宮廷魔術師にだってなれるだろう。蒼流の力を利用する気があれば、特級魔術師だって不可能では無い。
というか、蒼流の力を借りなくっても努力すれば本人の力だけでもなれるかも知れない。
俺はその点器用さではシャルロを上回るかもしれないが、魔力という観点から見たら3人の中ではびりっけつだ。ただ、清早がいるので水に対しては普通と反応が違うかもしれない。
ので、ある意味普通なアレクも対象として調べるのが一番確実だろう。
もっとも、魔術師が自分で張る結界と、魔具で張った結界が同じように機能するとは限らないけど。
ま、色々調べるのは悪くないことだ。
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