第54話 星暦552年 桃の月 29日〜30日 年末
子供のころは寒くなってきたら金持ちの屋敷の屋根裏かクリーニング室に忍び込んで寒さを凌いだものだ。
学院の寮は暑さ対策はおざなりだったが、寒さ対策は完璧で暖房が建物内全てについていた。
あれには感激した。
で、今の家は。
暖房つけまくり。
折角寒い思いをしなくていいんだ、つけない訳が無い。
普通の家では各部屋に暖炉が付いていて、そこで火を灯すことで暖を取る。
だがこれだと廊下は寒いし、やはり寝ている間とかは勿体ないから火を消すので部屋も寒くなる。
そこでここに引越してきた時に我々は寮の時の暖房方法を取り入れることにして、家中にパイプを張り巡らせた。そこにお湯を流して部屋を暖めるわけだ。
一階のボイラー室にポンプをつけて、それが魔石で暖められたお湯を循環させる。
それなりに魔石の消費が激しいが、熱を発生させるっていうのは一番単純な力の形だから、効率は悪くない。なので3日に一度程度、魔石に魔力を充填させるだけ。
いいよ~家中が暖かいのって。
パディン夫人にも好評だ。流石に魔石の消費量を聞いて自分の家につけるのは諦めたみたいだけど。
普通に買ったら冬3か月分の魔石代で年間の家政婦としての報酬を超えるぐらいだからね。
まあ、それはともかく。
暖かい我が家で、お湯も常時完備しているから冬だろうと掃除は辛くない。
辛くないが……別に年末だからってそんなに頑張らなくっても良くない??
「いつも綺麗にしているのに、何だって今更そんなに力を入れて掃除をしているんだ?」
思わず、聞いてしまったよ。
「年末の大掃除っていうのは主婦や家政婦の本能らしい。口を出しても無駄だよ」
アレクが横から説明した。
「なにそれ?」
「私も母に一度聞いたことがあったんだけどね。あまり納得の出来る説明は貰えなかった。取り敢えず彼女たちにとっては抗えぬ本能のようだから、邪魔にならないようにしておくしかないようだよ」
アレクの言葉を聞いたパディン夫人がくすくすと笑い出す。
「いいですね、『抗えぬ本能』。殿方には幾ら説明しても分かってもらえないようですから、そう言う方が簡単かもしれません」
「だって十分清潔じゃない。いつでも手を抜いていないでしょ?」
通りがかったシャルロまでついに参加してきた。
「年の初めを綺麗に迎えたいという心構えの一つだと思って下さい。『年の終わりだ』と思って掃除すると普段は手間をかけないことも気になってくるので、家がよりきれいになるんですよ」
別に、よりきれいにする必要も無いように思えるがねぇ。
まあ、この大掃除の分特別報酬を請求されているわけじゃあないんだが。
「年初はお休みをいただいていますが、お食事は大丈夫ですか?ここら辺の店はみな閉まっていると思いますが、何か日持ちのするものを作り置きしておかなくて本当にいいんですか?」
既に年初の休みのことは話してあるのだが、良心的なパディン夫人は気になるらしく、再確認してきた。
「ああ、いいのいいの。アレクの家で年末のパーティを従業員の人たちのためにやるらしいんで、それに混ぜてもらうことになっているんだ。そのままその晩は泊めてもらうから。1日は王都で適当に神殿回りながら露店の食べ物を買い食いして回る予定」
本当はシャルロとアレクは各々の実家に戻る予定だったんだが、俺が年末を一人家でのんびりするつもりだと知って急遽予定を変更したんだよね。
そんなに年末に一人だと寂しいと思われるのかねぇ?
今までだって一人だったんだが。別に普段の日だって一人でのんびり本を読んでいたり鍛冶に専念していたりしていることも多いのに、何だって年末年始だけは特別なのか、微妙に不思議だ。
これも抗いがたい本能の一つなのか?
というか、彼らにとって年始を親しい人と過ごすというのが常識であり、それが出来ないというのは『可哀想なこと』なのかも知れない。
俺の育ってきた環境に『年末年始は親しい人と過ごす』なんていう常識は無かったから別に一人で過ごしても構わないんだが、変に同情されるよりは流れに逆らわずに一緒にすごす誘いに乗ったほうが楽だ。
まあ、それに楽しそうだしね。
◆◆◆
「飲んでる~~?」
シャルロが笑いながら抱きついてきた。
おいおい、抱きつくならシャンペンのグラスを置いてからにしてくれよ。
「飲んでるよ。お前さんは実家のパーティにも行く予定だったろ?あまり飲まない方がいいんじゃないか?」
「いいのいいの、今晩ここに泊めてもらって実家には明日行くから。フェリスちゃんの睡眠の邪魔にならないように、今年は年末パーティやっていないんだ」
オレファーニ侯爵家の王都屋敷のサイズがあったら別にパーティをしていても赤子が起きるとは思えないけどね。さすが親バカ・姪バカ一族。
「どうしたのお二人ともこんな端っこで~。踊りましょうよ!」
どっかの娘達(アレクの従姉妹かも?)が笑いながら俺達のところへ割り込んできてシャルロと俺の腕を引っ張った。
まぁいつでも話せるシャルロと態々年末パーティで話すよりも、若い美女と踊る方がいいよな。
学院にいる間に一応教わったけど、あまり踊るのは得意じゃないんだけどね。
まあ、皆酔っ払っているからパートナーの足を踏みさえしなければいいだろ。
「私はラティファ・シェフィート。さっきちらっと紹介されたと思うけど、アレクの従姉妹よ。
アレクの友達よね、あなた。何をやっているの?」
くるりと優雅に回りながら娘が尋ねてきた。
「俺はウィル・ダントール、しがない魔術師さ。君は何をやっているの?」
「私?王都南西部のシェフィート店舗のマネージャー。頑張っているのよぉ。
あなたも魔術師なのかぁ。じゃあ、アレクの学校の友達なのね」
学校ねぇ。
まあ、学院と呼ぼうと学校と呼ぼうとあまり変わりは無いんだけどさ。
しっかし、まだ若いのに複数店を任されているとはね。
有能なんだろうが、やはり血縁は重要なんだな。
とは言え、全国レベルの販売網を持つシェフィート商会で中枢の地位を貰うにはそれなりに能力を証明しなければいけないらしいから、現在テスト中というところなのかな?
・・・・・・となると、試験に落第した血縁って結局どうなるんだろ?
適当な店舗を任されて脇に追いやられるのかね。
「だけど、アレクが内輪のパーティに呼ぶほど親しいなんて、あなたもバリバリに賢いの?」
おいおい。
これってどう答えればいいんだ?
普通良家の子女ってそういった答えるのに困るような質問を理由もなしにしないと思っていたんだがな。やはり酔っ払っていると本音が出るのかね。
「別にアレクは頭が良くなきゃ付き合わないような人間じゃないだろ?」
「人付き合いは良いんだけどねぇ。あの子は無駄に聡いから本当に親しい友達ってあまりいなかったのよ。やっぱり頭の回転が遅すぎる相手と付き合いづらいんじゃない?」
あっけらかんとラティファが答えた。
『あの子』ですか。若い美人だが、どうやら俺達よりは年上なのかな?
まあ、確かにアレクは誰よりも頭がいいよな。
普通のそこら辺の人間じゃあ言動も全て想像がついて面白くないのかも。
その点シャルロは驚きの連続だし、下町育ちの俺は違う常識に基づいて行動するし。
退屈はしないだろう。
「あ~俺って少し魔術師として変り種だから。
頭がバリバリに良いわけじゃあないが、新鮮な驚きがあるんじゃないか?」
「ふ~ん。新鮮さねぇ。面白いコンセプトかも」
いやいや、会話とかの話だよ?コンセプトだなんて何かビジネスちっくなことにあまり突拍子も無いことを考えない方がいいと思うが。
ちょうどそこで音楽が終わった。
「アレクって子供の頃どんな感じだったんだ?」
ウエイターからシャンペンを受け取ってラティファに差し出しながら尋ねる。
折角だ。聞いちまおう。
「う~ん・・・・・・本家の息子達は可愛くなかったわねぇ。賢すぎってやつ?ホルザックはまだしも、セビウスとアレクは子供の頃はぐさっと本当のことを言っちゃう子供達だったわ~。ある意味、アレクのほうが悪気なしに真面目に言っているから手に負えないところがあったかも」
「セビウス氏を『可愛くない』って・・・・・・もしかして、長男と同世代?」
女性に年を聞くのはタブーだとは知っているが、どうしても気になる!
ラティファが爆笑した。
「なに言っているの!私はアレクよりも10は上よ~。ホルザックの子守を押し付けられたこともあるのよ」
ゴホッ。
ゲホゲホゲホ!!!
思わず飲もうとしていたシャンペンに咽た。
「・・・・・・同じ年ぐらいかと思ってた」
「あら~嬉しいこと言ってくれるじゃない!!」
バシバシ!
照れ隠し(?)に叩くラティファの手が痛い。
面白い女性かと思ったが、これじゃあ不倫か、結婚していなくても若いツバメだ。
しかし・・・・・・女って化けモンだな。
◆◆◆
泥酔しそうになるとさりげなくレモネードを押し付けていく有能なウエイターのお陰で皆幸せにほろ酔いな状態でパーティは続いた。
その後も色々アレクの子供の頃の話をあちらこちらで聞いてみたが、どうやらあいつはとても早熟な餓鬼だったようだ。
オブラートに包みながらも『鋭すぎて痛い指摘が多かった』というコメントが多数あった。
学院に入る頃には角が取れて丸くなっていたんだなぁ。
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