第53話 星暦552年 橙の月 14日 ディナー(アレク視点)

「結局、その魔術師は金貨5枚分も貰っていたくせにお咎めなし?!」

シャルロが前菜にフォークを突き刺しながら声を上げた。


「シェフィート商会の損害額相当を魔術院へ罰金として払ったが、それだけだな。本人は普通の契約だと思っていたと主張している上、ダイデルトも違法なことに利用するとは教えていないと言っているのでね」

相場より高い報酬で契約を受けることは違法ではない。

どれだけ怪しいとしても。


「まあ、考えようによっては善意で提供したサービスが悪用されたからって罰せられていたら、暗殺に使われた剣を鍛えた鍛冶屋だって絞首刑にすべきという話になりかねないからな。相場より高くても技術力の違いだと主張されたらそれ以上の追及は難しいだろ」

既に前菜を終わらせてのんびりとパンを齧っていたウィルが付け足す。


否視ハイドなんて術を使っていること自体、怪しいじゃん」

シャルロが不満そうに前菜にかみついた。


「荷馬車に悪戯書きをされて困ると言うのは中々良い言い訳だった。否視ハイドを合法的に必要とする数少ないケースだろうな」

魔術院の方も、頭を痛めているだろう。

最初の一回はまだしも、同じようなケースが繰り返されたら魔術院の評判にも関わってくる。


「クパーンに関しては、セビウスの手の者が彼が請け負うこれからの仕事を確認して怪しげなものは魔術院にさり気無く報告するらしいから、近いうちにあの男も食いっぱぐれると思うよ。かなりグレーな評判の持ち主だから普通の商会は使いたがらないだろうし、合法すれすれなことに使いたい商会にしても魔術院が見張っている魔術師を使って変に注意を引きたくないだろうからね」

魔術院が見張る意図があるかどうかは微妙だが、元被害者から『こんなことやっていますが大丈夫でしょうか?』という問い合わせを無視する訳にもいかないだろう。


「敵は徹底的に叩きのめす、か。まあ、怪しげなことを何も聞かずにやってくれる魔術師の数は限られているだろうからな。何人か失業へ追いやれば変なことをされる確率も下がるね」

ウィルが笑いながらコメントした。


「母とセビウスは、戦うとなったら徹底的に敵を叩きのめすポリシーの人だから」

それが商会にとってプラスかどうかは不明だが。

だからセビウスもホルザックとの競争の際になりふり構わず勝とうとしなかったのかもしれない。


追い詰められた人間は危険だ。

ライバルを追い詰めずに共存するような経営スタイルは、セビウスよりもホルザックの方が向いている。


「お待たせしました、きのこと鶏のダガナ風味リゾットです」

ウエイターが前菜の皿を片づけながら器用に次のコースを置いて行った。


「美味しそう!」

シャルロが嬉しそうにリゾットを食べ始める。


「それで、ダイデルトからは盗まれた商品を取り返せたのか?」

リゾットをスプーンの上で冷ましながらウィルが尋ねた。

彼は意外と猫舌だ。

イメージとしてはシャルロの方が繊細そうな気がするが、ウィルの方が熱い物も冷たい物も苦手な気がする。


「幸い、まだ売りに出されていないものが殆どだったからダッチャスの倉庫から殆どを取り返せた。幾つか傷んでいた物もあったが、ダイデルトからの罰金で賄える。ダイデルトの方は流石に言い逃れが出来ないからな。他の街まで同日に船で移動させるほどの徹底ぶりだったし。

何と言っても店3軒分の商品を根こそぎ盗んでそれなりの金額になったから、5年程度の投獄じゃないかな?」


「たったの5年?」

ウィルが驚いたように聞き返した。「下町のスリだって2度目に捕まったら1年投獄だぜ?財布一つの現金が1年なのに3店分の商品全部盗ってもたったの5年なのか??」


「・・・司法制度っていうのはいつでも権力と資金力のある人間に有利になっているんだよ」

シャルロが哀しげに答えた。


そう。

今回のようなライバルの商品を盗むと言う行為はある意味、権力者からみたら『自分もやっているようなこと』であり、立場が変われば自分が訴えられる可能性があった罪だ。

対し、スリは権力層にとっては常に一方的に被害にあう犯罪行為。


被害総額と罰則が比例しないとは当然といえば当然だろう。


「商業の世界では、投獄期間そのものよりもその期間を使っていかに相手が再起できないように叩きのめすかが課題なんだよ。まあ、今回はダイデルトが魔術を悪用してくれたお陰で簡単にすみそうだが」


ウィルが首をかしげた。

「別に、今後魔術師を雇えないところでそれ程問題か?

鍵だって金庫だって、機械の構造として十分魔術と同等の効果があるものは売っているぞ?」


「態々高いお金を払って魔術師を雇うのは、その方が長期的には経済的だからさ。魔術を使わなくても何とかなるとは言っても、『防犯の魔術を掛けられない』とか『防火の魔術を掛けられない』という話が広まったら一緒に仕事をしたがる人間も激減するぞ」


「ある意味、風評被害に近いんだな」


「普通に魔術を知らない泥棒さんだったら、確実に防犯の術がかかっていない店と術がかかっているかも知れない店があったら、確実にかかっていない方を狙うでしょ?だから結果としては防犯の術が『使えない』店の窃盗被害率はかなり高くなるんだと思うよ」

リゾットを終わらせたシャルロが付け加えた。


「なるほどね。ではこのダイデルト商会は終わりと言うことなのかな?」


「終わらせるだろうね」

セビウスが。


「まあ、今後はこう言う問題が起きないようにもっと合弁事業を増やしていこうと話し合っているところなんだけどね」


ふん、とウィルが鼻で笑った。

「世の中、不満を持つ連中は常にいるし、成功した同業者を妬む人間も尽きない。どれだけ周りと仲良くやろうとしたってある程度のやっかみは覚悟しておかないと」


哀しいけど、現実だな・・・。


「・・・僕たちも妬まれたりするのかな?」

シャルロがメインの肉料理を切り分けていた手を止めて呟いた。


「そりゃあ、そうだろ?名前が売れてきたら特にね。我々の家に忍び込もうとする盗賊シーフはいないと思うが、その他のことに関しては気をつけた方がいいだろうな」

ウィルが答える。


「我々のシリーズのブランドを前面に出すにしても、その製作者が誰かの情報は出来るだけ公開しないように兄達にも伝えておくよ」

幸い、身内の物を売り込んでいるというのは格好が悪いと、私が関与したことを隠していたようなのであまり情報は広がっていないようだが・・・念を押しておこう。

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