第52話 星暦552年 橙の月 13日 防犯(5)(アレク視点)
「悪戯書きの被害が多くて困っているから、商会の荷馬車全てに
中年の魔術師、ダガル・クパーンが魔術院の職員の質問に答える。
私とセビウスは黙って尋問を眺めていた。
『ありそうな事か?』
兄の指が微かに動く。
交渉の場などでは、陣営内で相談する必要がある場合も多いが、それと知られずに出来る方がいい。
そこでシェフィート家の者は子供のころから手話を習ってきた。
まあ、相手も同じような技能を学んでいたらどうしようもないが、手を体で隠して動かすのは小声で囁き合うよりは注意を引かない。
家族に聾唖者がいない限りクパーンが手話が出来るとは思えないし。
『ありえなくはないが……単に
つまり態々それなりに高くつくだろう熟練した魔術師を雇う理由としては口止めも含めたアフターサービスを期待してのことではないだろうか。
とは言え、アバルダ・ダイデルトも同じ主張をしている以上、2人の間の契約書がどちらかの家からでも発見されない限りお手上げだ。
いくら名目上は騙されたとはいえ、魔術が犯罪に悪用されたということでこの魔術師は魔術院に被害相当額の罰金を払うことになるが、それだけだ。
また同じような事件で参考人として呼び出しをくらわない限り、この魔術師に対して出来ることは限られている。
犯罪を手助けしたことがばれた場合は魔術の能力を封じられることになるから、同じことに手を出すとしてもこの魔術師は魔術院に呼び出しをくらったらさっさと姿を消すだろう。
そういう人間が今度は裏社会で大っぴらに技能を売ることになるからかえって面倒なことになる。
これからもシェフィート家に反目する商会がこういう後ろ暗いことも平気で請け負う魔術師を雇う可能性は高いから、こいつにはさり気無く監視をつけておいた方がいいかもしれないな。
まあ、そういうことはセビウスの方が分かっているだろうけど。
幾つか他にも質問をしてきた魔術院の職員が、こちらに向いた。
「何かそちらから確認したい事項はありますか?」
「報酬は幾らでした?」
セビウスが尋ねる。
普通に
そこでかなりの大金を払っていたとしたら何でそれだけ高い費用を払ったのかと言うことが疑問となる。
警備隊が尋問する場合に嘘を見出す術を掛けようと思ったら魔術師を雇わなければならないから、それなりに重要な場面でしか使わない。
だが、魔術院での尋問となれば当然コストはゼロだ。魔術師が不法行為をしていた場合の影響の大きさもあり、全ての尋問で
クパーンがちっと小さく舌打ちをした。
おいおい、聞こえているよ。
魔術院の職員の視線も厳しいものになって来ていた。
白か黒か分からない印象だったのが、かなり黒に近いグレーになったようだ。
「金貨5枚だ」
相場の5倍もの値段の仕事って普通の
興味深いところだが、仕事として請け負ったのは本当に
「ほう。魔術師の相場と言うのは思っていたよりも高いのですね。
それはさておき。シェフィート家からの要請として、今後一切ダイデルト商会に関係する仕事を請け負うことが禁じられたことを全ての魔術師へ通知していただけますでしょうか?魔術の悪用が発覚したダイデルト商会は今後魔術を使うことは禁じられていますが、そのことを知らずに『誠意ある仕事ぶり』を再び悪用される魔術師の方が出ても困りますから」
セビウスがにこやかに魔術院の職員へ頼んだ。
魔術を悪用した場合、その人間もしくは団体は二度と魔術師を雇うことは禁じられる。
だが、これは現実としてはかなり厳しい。
魔術師を雇えないということは、店舗や家への防犯用や防火用の術も掛けられないということになるのだ。例え既に術がかかっている建物を買ったとしても数年ごとに術を更新しなければ術の効力は下がる。現存の建物の術だってそれなりに定期的に更新する必要がある。
だから大抵の術に関しては『禁じられていることを知らなかった』というふりをして雇われる魔術師が多く、魔術院も見て見ぬふりをしているのが現実だ。
だが、魔術院が公式に禁じられていることを通知したとなればそれを『知らなかった』というふりは出来ない。この場合は本当に知らなくても善意は認められないのだ。
終わったな。
防犯用の術も掛けられないことが周知になったダイデルト商会は、あっという間にありとあらゆるプロの
これでシェフィート商会に対して魔術を使った違法行為を仕掛けてくる商会は無くなるだろう。
流石、セビウスだ。
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