第51話 星暦552年 橙の月 12日 防犯(4)(アレク視点)

『動きがあった』

通信機からウィルの声が流れてきた。


暇つぶしに兄達とやっていたカードを投げ出し、ソファで仮眠を取っていたシャルロを起こして馬車に向う。


最初は家族全員+護衛と一緒に魔石を追うという提案もあったのだが、「相手に気付かれたら黒幕まで辿り着く前に実行犯に逃げられる」とウィルが指摘したので結局我々3人だけでまず馬車で追いかけ、黒幕らしき人間まで辿り着いたら兄達に連絡を入れることになった。


相手が餌に釣られてくれなかったら明日も徹夜かとうんざりしていたのだが、どうやら早いところ事態が動いてくれそうだ。


「どこの店だ?」

馬車に乗り込みながらウィルに尋ねる。


「アサート通りのだ。今、積み込みが終わったからもうすぐ動きだすだろう」

ウィルが目を開けずに答えた。

位置追跡装置に目をやるが、殆ど何も動いているように見えない。


「アサート通り……といったらこれか」

装置を弄り、アサート通りが中心に来るように焦点を動かす。


「動いているように見えないけど?」

シャルロが眠そうに目をこすりながらウィルに声をかけた。


「店一杯分の物を持ち出して馬車に移しているんだ。時間がかかるのは当然だろう。だが、もうすぐ動きだす」

ウィルが目を開けずに答える。


「……もしかして、ここからアサート通りまで視えるの??」

まさか……とでも言いたげにシャルロが尋ねた。


「かなりきついけどな。店全部の商品に魔石を仕込んだ訳じゃあないから、直接見張っておく方がいいだろ?」

幸いアサート通りと言えばここから100メタ程の場所だから極端には遠くは無いが……魔力を探しているのではなく、普通の人間が普通の商品を盗んでいる様子を見張っているのだということを考えると、信じがたい。


「動き出したな」

追跡装置の上で小さな光点が動き始めた。


「北へ進んでくれ。あんまり急がなくていい」

御者へ指示をだす。

それなりに重いせいか、盗人の荷馬車はかなりゆっくり動いている。


「一軒の店の商品って一台の荷馬車に入りきるモノなの?」

シャルロが首を傾げた。


「いや、3台分だ。別々に進んで行くかと思ったが、態々3台に詰め終わるまで動かなかった。違法魔術師を雇ったのか、何かうまいことを言って魔術院の魔術師を騙したのか知らないが、どうも否視ハイドの術が荷馬車にかかっているようだな」

ウィルが答える。


成程。

周りの人間が注意を払わなくなる否視ハイドの術を使っているのか。

店一軒分の商品を持ち出すのに誰も気が付かないなんて変だと思っていたが、魔術師が関係しているというのは最初に気付くべきだったな。


「シャルロ、もしも目的地に魔術師がいたら、そいつを眠らせるよう、蒼流に頼んでくれるか?」

ウィルがシャルロに声をかけた。


「僕たちじゃあ無理?」


「3人がかかりでやれば大丈夫だろうが、殺さずにやろうと思って手加減したら却ってこちらが怪我をするかもしれないからな。蒼流に意識を刈ってもらう方が安全だ」

確かに、殺しても構わないなら不意打ちでやれば私でもウィルでも、その魔術師を殺せる可能性は高い。

だが、魔術師が騙されて協力している可能性もあることを考えると、むやみに殺さない方がいいだろう。


・・・どんな言い訳を使えばシェフィート商会の店舗の商品を根こそぎ持ち去ることを正当化できるかは想像を絶するが。


◆◆◆



「よくやった!護衛を雇って店に付けたらしいが、全部カバーしないなんてあいつらも馬鹿だよな。この調子なら、まだまだやれるぞ!」

倉庫街の外れにあった海に面した古い倉庫の中で、中年の男が荷を船へ移している男たちに向かって労いの声をかけていた。


どうやら、我々から盗んだ荷は船で他の街へ持って行って売りさばいているらしい。

流石に王都で我々から盗んだ商品をそのまま売るのは不味いと思ったのか。

・・・最初から我々から物を盗むなんて考えなければいいのに。


「海の上となったら追うのは難しいな。どうする?」


「大丈夫だ。あの男が誰だか分かるから、荷の行き先を探すのもそれ程難しくないだろう」

ダイデルト商会の会長、アバルダ・ダイデルト。

商人としての能力よりも裏金の使い方のうまさからそこそこ成功していた人間だ。

・・・そういえば、ダイデルトは軍の上層部へ賄賂を払って大口の契約を取っていたんだっけ。

どうやら通信機を格安に買う為にシェフィート商会へ回された穀物調達の契約はダイデルト商会のものだった様だ。


「シャルロ、倉庫の人間を全員眠らせてくれるか?」

懐から前もって準備しておいた式を取り出して、家へ飛ばしながらシャルロに頼む。やはり術の出力は彼が一番だからな。


「了解」

シャルロが大きく息を吸い、小さな声で呪文を唱え始めた。

流石にシャルロでも、倉庫のあちこちに散らばっている人間へ一気に術をかけようと思ったら略呪ではなくちゃんと全文を唱える必要があるようだ。


「さて。ここにいない魔術師は騙されていたのか、単に夜遅くに倉庫街まで来るのが面倒だったのか、興味があるところだな」

バタバタと倉庫の中で人が一斉に倒れるのを見やりながらウィルが呟く。


「魔術院の方にそれは任せよう。いくら家族に魔術師がいると言え、一般の商会の店からの窃盗を助けたとなったら騙されていたとしても大問題だから、魔術院の方も真剣に調べてくれるだろう」

調べてくれなかったら学院長にでも密告してもいいし。


「こう言う場合って、黒幕の人間はどうなるんだ?」


「まず、我々から盗んでいった物の小売価格の2倍返し。更に違法行為そのものに対する罰則として牢獄で数年不味い飯を食うことになるだろうな」

後ろから静かに現れたセビウスが答えた。


「そんな罰金を払えるだけの金があるんだったらこんなことやっていないと思いません?」

シャルロが少し驚いたようにセビウスに尋ね返す。


「賄賂で確保していた美味しい契約を我々に取られたからこういうことをやったんだよ。将来的には金が無くなっていただろうが、今なら罰金も余裕で払えるだけの蓄えがあるはずだ」

そう、ダイデルトの屋敷はウチの物よりも成り金趣味だ。

金にあかして集めた芸術品を売れば十分罰金を払えるだろう。


ビジネスのベースが失われつつあることを考えると、当主が牢獄から出た時に何も残っていない可能性は高いが。


違法行為をしなくてもちゃんと食っていけるだけの経営努力をしてこなかったのがいけないのだ。

自業自得だな。

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