第43話 星暦552年 緑の月 29日 盗賊、雇われます(4)
泥酔した男が机の上の書籍箱に頭を乗せて寝ていた。
おい。
若い男だろうが!
外に遊びにでも出て行け!!
◆◆◆
睡眠不足を解消し、パディン夫人の栄養たっぷりな夕食を腹八分まで食べ、俺はファルータ子爵邸まで来たのだが・・・。
書斎の窓の外で俺は足止めを食らってしまうことになった。
何だよこれ~。
ボサボサな髪の毛の下にあるのはナルダンの書籍箱だろう。
こいつが犯人だとしたらあれが一番怪しい。
だが、子爵があれを一時も手放さないで持ち歩いているのだとしたら・・・困る。
どうすっかなぁ。
外でひったくりのふりをして盗むかね?
まだ夜が始まったばかりだと言うのに意識不明になるほど飲んでいるとなったらこれから外に出るとも思えないが。
しばし迷っていたのだが、泥酔した男の
さて、どうするか。
しかも、どうも皇太子の物らしき痕跡も視えるし。
この際、強盗が入ったふりでもして堂々と盗んでしまおうかなぁ・・・。
だが、子爵が犯人だとして、何故こいつはこの手紙を盗んだのか。
将来的に王座へ手を伸ばすつもりなのだとしたら、例えこの手紙が無くてもそれなりに証拠固めするのは不可能ではないので危険なことに変わりは無い。
うまい具合に話を持って行けば、皇太子を真実の術の下において『これは私の息子では無い』と誓わせるような状況へ追い込むことも可能だ。そうなったら皇太子は誓うことを拒否するか、もしくは真実を認めなければならず、どちらにせよ王家の血を濃く引く庶子がいることが証明されてしまい、内紛へのいい口実になってしまうだろう。
もっと甘い考え方をするならば、子爵が公爵と折り合いが悪く、『本当の父親は俺のことを欲していたんだ』と思えるような証拠が欲しかったなんて夢のような話だって不可能ではない。
俺的にはまずないと思うけどさ。
・・・この際、理由を聞き出して変なことを考えない様に脅しておこうかな。
これだけ俺が頑張ったんだ。それなのに後で内紛なんて起こすのは許さん。
変な野心を持っていたら『暗殺するぞ』って脅しておいて、それでも効き目が無かったら本当に暗殺しちまうのも手だし。
暗殺っていうのはあまり良い手段じゃあないが、こいつ一人を殺すことで内紛で死ぬことになる何万人もの人間の命が救われるなら、安いもんだ。
「
子爵の眠りを更に深くして、椅子にしばりつけても目覚めないようにする。
まあ、こんだけ泥酔していたら起きない可能性の方が高いけど。
まずは書籍箱の隠しから問題の手紙を取り出し、内容を確認した。
若い娘が以前の恋人へ、子供が出来たことを告げつつ『もう会えません』と伝えている手紙。
ここ数日燃やしてきた脅迫用の手紙と似たような内容だったが、嬉しいことにこれは宛先と差出人の名前が俺の探し求めていた物と一致していた。
うっし!
任務達成だぜ!!!!!
これでゆっくり眠れるようになる!
しばし達成感に浸った後、
顔には大きな傷跡、背丈はずっと小さく。
ガキのころに下町で見た、異国から流れてきた
目の色は特徴的な黄色っぽい薄い茶色にしておいたけど。
あの暗殺者アサッシンは流石にもうリタイアしていると思うが、もしも現役だったとして俺のせいで追われたりしたら悪いからね。
入口へ固定化の術をかけて閉鎖し、部屋に
「
睡眠も泥酔も、一応癒しの術で醒ますことが出来る。
それなりに魔力を込めなきゃいけないんだけどね。
やはり父親のことを考えると、ぶったたいて起こしたり冷水をかけるのは流石に不味いだろう。
「何者だ!!」
縛られた自分に気がついた子爵が拘束から抜け出そうと暴れ出す。
「無駄だ。暴れても縄が締まるだけだから大人しくしていろ」
ある意味予想通り、子爵は俺のアドバイスを無視してジタバタあがいていた。
しばらくしたら完全に身動きが取れなくなり、動きが止まる。
「とある高貴な方に、重大な手紙が盗まれたから取り返してくれと頼まれた。どうやらお前が犯人らしいが・・・何故これを盗んだ?」
・・・考えてみたら、こんな怪しげな姿に擬態したのって間違いだったかも。
皇太子の姿にでも擬態して、酔ったままの状態で詰問した方が大人しく答えてくれたかもしれないな。
いかにも裏社会の恰好をした人間に貴族の若者が大人しく答えるとは思えない。
ちっ。
落ち着いていたつもりだったが、ちょっと慌てていたようだ。
「これは僕の物だ!」
あまり俺の姿が気にならなかったのか、子爵は意外とまともな答えを返していた。
「これはお前の母親が皇太子殿下へ書いた手紙だろうが。お前の物じゃあない」
「母上が僕のことを書いた物なんだから、僕の物だ!!」
・・・20歳になっているんだろ、こいつ?
何か随分と子供っぽくないか??
「ほぉう。では、これを自分の物と主張して、王座にでも座ろうと思っているのか?」
厭味ったらしく聞いてみる。
「違う!!」
殆ど悲鳴のような叫びが子爵の口からこぼれた。
「じゃあ、何だって言うんだ。母親の手紙だったら古い友人へ宛てた物を勝手に持ち去っていいと思っているのか?」
「僕はファルータの跡取りなんだ!あの地で育ち、あの風も、水も、人も僕の一部なんだ!
皇太子の落胤だなんてことが漏れたら台無しだ!!」
おや。
本来あるべき領主の姿っていうのはこう言う物なのかもしれない。
自分の地を愛し、領民を慈しむ。
・・・『僕の一部』と言う主張が慈しみを表しているならだが。
つまり、こいつは自分の生まれのことがばれるのを恐れて証拠書類を盗み出したのか。
だったらさっさと焼却すればよかったのに。
まあ、そんなことされたら俺が見つけられなくって困ったけどさ。
「出生の秘密を守るために盗んだのなら、何故直ぐに焼却しなかったんだ?自分で持っていたら、お前がやったように誰かが盗む危険は常にあるぞ」
「母上の手紙を捨てられないよ・・・」
あれ?
こいつの母親って死んだんだっけ??
ファルータ公爵夫人って生きていたと思ったけど、もしかしてあれって後妻??
「諦めるんだな。この手紙と共に死ぬか、この手紙を諦めてファルータ子爵として生きていくか、選ばせてやろう」
縛られているこの状態で選ぶも何もあったもんじゃないけどさ。
暫く俺をにらんでいたものの、子爵はやがて諦めたようにがっくりと頭を下げた。
「皇太子もこの手紙の内容を公にするつもりは無い。俺に回収を依頼した方が必ずこの手紙を焼却させるから、お前さんの次期ファルータ公爵としての地位は盤石だろうよ。
無駄に酒なんぞ飲んで時間を潰さずに、そんだけ大切ならばファルータで領民の生活の向上にでも努めるのだな」
一体どこの
思わず自分の行動に突っ込みを入れながら、子爵に薬を嗅がして意識を奪う。
しばりつけたまま家人に見つけさせたら後が面倒だからな。
縄をほどき、
開けっ放しにしておいた書籍箱の隠しが空なのを見れば夢じゃなかったと分かるだろう。
願わくはさっさと王都から姿を消してくれ。
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