第42話 星暦552年 緑の月 29日 盗賊、雇われます(3)
夜型生活で育ってきた俺だが、夜通し働いている上に日中もリサーチを続けている毎日は、流石に疲れが溜まる。
思わず学院長の前の椅子に身を投げ出すように座り込んでしまった。
「成果は・・・イマイチなようだな?」
お茶を淹れながら学院長がため息をつきながら尋ねる。
「最初のリストを全部回りました。大量の怪しい手紙を見つけましたが全部違いましたよ。どうします?そちらで何か怪しい動きは見当たりましたか?」
時間をかけても良いことは無い。と言うことで身に鞭を打って頑張ってきたのだが結局何も見つからなかった。
まあ、お陰で数多くの女性が脅迫の脅威から解放されたかもしれないが。
「全部回ったのか?!早かったな」
学院長の眉が驚きに跳ね上がった。
「急がなきゃヤバいでしょう。俺だって内紛なんて御免ですよ」
お茶を注いだ学院長が、こちらに一掴み(しかもそれなりの分厚さのある)紙束を渡してきた。
「幸いというか残念ながらと言うか、怪しい動きは見つかっていない。ナルダンの過去25年分の注文リストを入手したが・・・長いぞ」
うげ。
ナルダン工房って少数精鋭工房だろ?いくら25年って言ってもこんなに作っているのか?!
・・・と成程、小型品も数に入れているのか。
まあ、手紙ならば書籍箱や化粧箱でも隠せるし、細工机の動かし方にも慣れがあるかもしれない。
とは言っても書籍箱しか知らない人間が細工机を限られた時間の中で開けるとも思えない。
・・・というか、皇太子の私室に招かれて一瞬皇太子が席を外したすきに盗んだと考えるよりも、夜中に忍び込んだと考えるべきか。
でも、厳重な王宮の警護の中、夜中に皇太子の私室へ忍び込むのはプロでなければ無理だ。
長の態度を見る限り、
考えたくないんだけど。
「随分と長いと思ったら・・・机以外もリストに入っているんですね。まあ、化粧箱は無視して良いと思いますが」
紙をめくっていた手が止まった。
「あれ。ファルータ子爵も書籍箱を持っているんですね。王都に遊びに来るのにも持ってきても不思議はないと思いましたが置いてきたんですかね」
貴族はそれなりに自分のプライバシーを重視しているから、折角携帯出来るサイズのナルダンの細工物を持っていたら王都に来る際に持ってくるかと思っていたんだが。
「ファルータ子爵宅にいるんだろ、彼は?そちらに置いてあるんじゃないか?」
学院長の言葉に思わず顔を上げる。
「子爵宅?あれだけ大きな王都の邸宅があるのにもう一つ子供用だけにあるんですか?」
学院長が肩をすくめた。
「子爵が成人して子供が出来ていたら独り立ちしたいと考えて当然だろうが。昔からファルータ家は公爵邸と子爵邸があったぞ」
・・・盲点だった。
以前は成年前だったし、大人になってからも宝石類を買うよりも男の飲み友達と狩りに行ったりして遊ぶことに忙しかったファルータ子爵は、前職時のリサーチの対象外だったから気がつかなかった。
俺としては皇太子が私室に呼んだ息子はかなり怪しいと思ったからファルータ公爵家を調べた際にそれなりに入念に調べたのだが、子爵があそこに住んでいないとは思っていなかった。若い男性が住んでいる形跡があったから息子だと思っていたのだが・・・他の兄弟か?
「ファルータ子爵の家を今晩調べます。他にも適当にこのリストの中の人間でまだ調べなかった屋敷を回って行きますか・・・」
願わくは、ファルータ子爵が犯人であってくれると良いんだが。
ファルータ公爵は皇太子の物と同じようなタイプの細工机を持っていたからああいう物になじみがあるし、問題の期間に呼ばれていたし、何かを前もって関係者から聞いていた可能性があるし。
いい加減、もう探すのも疲れた。
◆◆◆
「あれ~何か久しぶりだね?」
手がかりを見つけた(かもしれない)し、疲労が危険なレベルまで溜まってきた気がしたので、一度家に帰ってちょっと休むことにした。
子爵邸の場所は学院長が知っていた。
今晩はもう、お邪魔するのはあそこだけでいいや。
となったら下調べもしなくてもいいだろう。
・・・と言うことで帰ってきたら玄関先でシャルロに会った。
「久しぶり。可動式卓上料理台の開発の方はどうだ?」
非常に単純すぎて大した工夫の余地も無いような気がしたが、アレクとシャルロなら使いやすさやデザインで思いがけない改善を加えられるだろう。
「う~ん・・・まあ、いい感じかな?それなりに使い勝手もいい感じになってきたし。
ウィルは学院長の手伝いをしていたんだよね。もう終わったの?」
「いや、疲れたからちょっと帰って来てじっくり休むことにした」
かくりと首を傾げて、シャルロが俺の顔を覗きこんだ。
「本当だ。何か大分と疲れた感じだね~」
「正直な感想、ありがとよ・・・」
とりあえず、寝る。
後で久しぶりにパディン夫人の美味しい食事も食べるぞ~。
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