第41話 星暦552年 緑の月 29日 盗賊、雇われます(2)
左手の薬指に穴のあいた手袋。
「げっ」
3日目の夜のお勤めを終えて隠れ家に帰ってきた俺を迎えたのは、
王都で
だが。
報酬を貰うとは言ってもプライベートだし、盗った物は売らないし。
ばれないだろうから報告する必要も無いと思ったのだが、どうやら誰かがギルドの方に相談したようだ。
失敗した。
長に先に話を通しておけばよかった。
詳しい話をしなくても、学院長の頼みだと言っておけばきっとそれで済んだだろうに。
とりあえず、挨拶に行かないとヤバいな。
◆◆◆
「ここ数日で、随分と荒稼ぎをしているらしいな?」
長がにこやかに聞いてきた。
目が笑っていないよ、長~。
「とある王家の男性が大切な手紙を盗まれまして。学院長に捜索を依頼したんです」
長の右眉が引き上げられた。
「ほう?特級魔術師殿がお前さんに更に下請けに出した訳か?」
「まあ。幾ら特級魔術師だと言っても隠し金庫にしまっていると思われる書類を見つけ出せる訳ではありませんから」
「何を探しているんだ?」
長がゆっくりとワインをグラスに注ぐ。
「言えません」
「ウィル。お前のことはそれなりに気に入っていたんだが?」
怖い。
長の目がこんなに冷たいのって初めて見たかも。
「俺と学院長の魔力を使った
だけどそれ以上に、この秘密が漏れたら国を割っての内紛になります」
沈黙が部屋を流れる。
ふぅ。
やがて小さく長がため息をついた。
「盗んだ手紙はどうなった?」
「どこのですか?」
「・・・ファルータ公爵とランダルヴ伯爵だ」
ほう。この2家が
基本的に有力貴族だったらどの家でも下町の裏社会に何らかのコネクションはある。
だが、何かを盗まれたからと言って自分からコンタクトするのは弱みを認めるのと同じになるから、余程重要な物でない限り自分から行動を起こさない。
勿論報復は忘れないだろうが。
どうやら今回は報復相手の情報を求めると言うレベルのコンタクトでは無かったようだ。
「ファルータ公爵の愛の手紙っぽいのは取ってあります。今回の問題が解決したら返しに行きますので数日ほど待ってもらって下さい。ランダルヴ伯爵の脅迫用と思われし手紙は他のと一緒に焼き捨てました」
長が顔をしかめた。
「他のと一緒に?」
「大量にあるんですよ。王族の私室に呼ばれるような有力貴族の屋敷を片っぱしから回っているんですが、信じられない数の女性から男性へ書いたと思われる手紙が隠し金庫から出てきちゃって」
「安易に貴族間の均衡は崩さない方が身のためだぞ?」
長が肩をすくめながら助言する。
そうは言ってもさぁ。
俺が盗ったのは全部社会的弱者である女性が男に贈った手紙だぜ?
世間の男女間の不平等の常で、男の不倫は許されるが女のは不味いとされる。
と考えると、脅しを受ける相手って基本的に女性だろ?
流石に皇太子の手紙みたいな後継ぎとしての地位を脅かすような手紙は分からないけど。
だが、幸いそこまで深刻な内容の手紙は出てきていない。
「基本的に貴族階級の女性を脅迫するとしたら金銭目的でしょう?別に無くなっても問題ないと思いますが」
「女性関係のものだけなのか?」
「王族から盗まれた手紙は女性が書いたものなんです。それ以外は盗んでいません」
長が椅子の背に寄りかかり、ワインをぐいっと飲みほした。
「脅迫用の手紙を取り返すよう、依頼があったとするか。本人が大切にしている物は近いうちにちゃんと返しておけよ。後どのくらいで終わるんだ?」
それが分かれば苦労しないよ・・・。
「王族の私室に呼ばれるような貴族の屋敷を基本的に全部回っているんです。主屋敷になかったら別邸も回らざるを得ないでしょうね。見つかるまで続けますが、俺としても出来るだけ早く終わって欲しいですね・・・」
「・・・果てしが無いな。時間給なのか?」
「全部で金貨30枚。義理分いります?」
長の口が同情に歪んだ。
「王都の有力貴族を全部回り、脅迫用の手紙を全部焼き捨てて・・・か。義理は負けておいてやるよ」
あ~あ。
長に相談したい。
つうか、
まあ、情報漏洩の危険が五分五分って言うところだから無理だけど。
長レベルになったら内紛なんて商売の為にならないのを分かっているから、全力をかけて阻止することに協力してくれる。
残念ながら、下っ端となったらブツを売って自分一人が儲ければいいと考える人間が出る可能性はそこそこある。
せめてどの屋敷にナルダンの細工物があるかを調べてもらえるだけでも助かるが、『ナルダンの細工物に王家の人間が探している重要な物が入っている』なんていう情報が漏れるだけでもヤバい。
はぁぁぁぁ。
先が長い・・・。
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