第36話 星暦552年 萌葱の月 21日 通信機(3)

「そんじゃあ、行って来るね~」

通信機を乗せた空滑機グライダーに乗ったシャルロが精霊に頼んで上空へ上がって行った。


試行錯誤の結果、やっと魔石の共鳴強化の術回路も分かった。

が。

固定式の通信機の術回路のかなりの部分は実は共鳴強化の増幅用だったことが判明。

共鳴強化の術回路をいくつも繋いでみたり、共鳴強化の増幅のを小さくしてみたり色々試してみたが、かなりかさばることに変わりは無かった。


「持ち歩くにはこれちょっと大きすぎて邪魔だな。出かける時に一々空滑機グライダーに落ちないように設置するのはかなりの手間だぜ」

机の上に広げられた術回路の塊を見回しながらアレクに愚痴った。


「我々のは空滑機グライダーに常置しておこうか」

アレクが肩をすくめた。


「場合によっては飛んで行った先でも連絡が取れるようにしたいかもしれないじゃん」

確かに、この家にいる間は空滑機グライダーにつけっぱなしにしておいて構わない。

だが、どこかに出かけた時はあれを身近に持っている方がお互いとか王都との連絡がしやすいだろう。


・・・とは言っても、王都と連絡出来るだけ共鳴強度を上げようと思ったら増幅回路でサイズが倍増しちまうが。


「連絡が入ったら分かるような携帯出来る感知装置アラームみたいのを作るか」

アレクがため息をつきながら頭をかいた。


「な~んか、便利な魔具を作っても本当に便利にするためには更にステップが必要な感じだな。もっと単純に物事が進むと思っていたんだけど、思うようにいかないもんだ」

思わず俺もため息をついてしまった。


魔術があり、術回路を使った魔具があり、使い魔もいて。

これ以上ないぐらい快適で便利な生活が出来そうなものなのに、意外と思うように物事は改善しない。


難しいもんだ。


「やっほ。いま王都の向こう側までついたよ~。なんか難しそうな話をしていたけど、どうしたの?」

突然、通信機からシャルロの声が聞こえてきた。


そっか、通信機の魔力を通したままにしていたから向こうにも聞こえていたのか。


「思ったより大きくなったから術回路の着脱がかなり面倒そうだなぁって言っていたんだよ」

シャルロに返事をする。


「そう言えば、お前さんの声はいい感じに聞こえているぜ。そちらはどうだ?」


「う~ん、ちょっと風の音が煩いかなぁ。一応聞こえるけど、所々何を言っているのか聞き取れない」

シャルロの返事が帰ってきた。

確かに、彼の声も風の音にまぎれて少し聞こえづらい。


「自分の周りに、風も防げるぐらいの保護結界を張ってみてくれ」

アレクが大きめの声でシャルロに提案する。


「ん~。ちょっと待っていてねぇ」


暫くしてからシャルロの声が再び聞こえてきた。

「これっていい感じ。もっと早くやればよかった。風が来なくなったらゴーグルもいらないから周りを見やすいし。考えてみたら、何かにぶつかったりした時の被害も軽減できるから最初から全部の空滑機グライダーに設置しておこうよ」


お、声がずっと聞こえやすくなった。

それ程邪魔だと思っていなかったが、やはり大分声の明瞭さに違いがある。


「確かに、空で虫や鳥にぶつかったら大変だしな。防風効果のある保護結界の術回路を組み込もう」

アレクが返事した。


「それでさ、思っていたんだけど、空滑機グライダーで出かけた時の通信としては、空滑機グライダーの本体に設置した通信機の増幅機能を利用するような感じで、小さめの通信機でも機能できるように作れないかな?」


「良い考えじゃないか!随分と冴えているな、シャルロ」

思わず、びっくりしちまったよ。


シャルロは賢いんだけど、あのノンビリさでついつい『冴えている』という印象が打ち消されちまうんだよねぇ。


「確かに、空滑機グライダーに大きめの強力な共鳴増幅の術回路をつけて、中継機みたいな利用方法が出来ないか考えてみる価値はありそうだな。質量軽減の術回路を組み込めば過剰なぐらいの増幅回路を足しておいても問題ないし」

アレクがシャルロのアイディアに合意した。


「つうか、考えてみたらこの通信機を質量軽減術回路付きのスーツケースみたいのに入れて、ポケットに小型の通信機を持つって言う形にすれば持ち歩きも不可能ではないんじゃないか?馬車にでも積んだままにしておけば邪魔にならないし」

そうすれば非力な商人でも商談や視察の時に持ち歩いて本部の指示とかを仰ぎやすい。

うん、こうすればアレクの実家の方にも売り込めるかも。


「そういう形で私の実家の方に売り込んだら・・・独占を頼まれるな」

アレクが微妙に困った顔をしてコメントした。


「どういうこと?」

シャルロの質問が通信機から流れてくる。


「商会にとっては、情報は競争にとって何よりも重要な道具だ。携帯出来る通信機があれば、他の商会に対して数歩先を歩めることになるから、莫大な利益になる可能性が高い」


「優位に立つ為の手段をシェフィート家の競争相手に売らない為に独占契約を持ちかけてくるとしたら、その分の金を俺たちは貰えるんだろ?別に俺は構わないけど?」


俺の意見にシャルロが異を唱えた。

「あんまり成功しすぎると危ないよ。それはアレクのお父さんやお兄さんも分かっているんじゃない?」


ふぅ。

アレクが小さくため息をつく。

「もしかしたら嫉妬した他の競争相手が束になってもびくともしないような圧倒的な優位を築けるかもしれない。判断に困るところだな」


「とりあえず、これは他の人にも意見を聞いてから考えてみよう。ところで海まで出たけど、まだいい感じに声が聞こえるね。そちらはどう?」


「こっちもはっきり聞こえているぜ」


「じゃ、声が聞こえなくなるまで行ってみようか」



結局、遺跡のあるレディ・トレンティスの領地へ行く道のりの3分の2ぐらいまで会話を続けながら行けることが判明した。

ちょっと多めに共鳴増幅回路を組み込んでみたのだが、もしかしたら必要以上だったのかも?

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