第37話 星暦552年 萌葱の月 23日〜緑の月 9日 通信機(4)

「通信機能ってそんなに重要ですかね?」

パディン夫人のクッキーをお土産に、俺は久しぶりに学院長のところへ訪れていた。

前回の試運転から数日かけ、スーツケースもしくは空滑機グライダーに設置した通信機を中継機として使うことでそこそこ小さな通信機を作れる目処がやっとついたのだ。


話す相手を設定する為の小さめな魔石を4つ内蔵させておき、スイッチで通話する相手を選べる形にしてある。もっと沢山の相手と話したければ更に魔石を持って行けばいい。


ただし、設置していない魔石の相手から通話の呼びかけがあっても分からないという欠点があるのだが。

まあ、そんなに大量の相手から通信を受けることは無いだろう。

術回路の特許を公開しておけば更に誰かが改善するかもしれないし。


だが、その術回路の公開と通信機の提供をアレクの実家に限定するか否かに関して、俺もアレクもシャルロも自信を持って判断が出来なかったので学院長に意見を聞きに来たのだ。


最初から向こうが独占を希望して来ない可能性もあるが、断るにせよ合意するにせよ、先にリサーチをしておく方が良いだろうと3人で話し合って決めたのだ。


「携帯出来る通信機、ね。しかもそれなりの数の通信相手を比較的簡単に設定できると。商業上の利用も重要だが、治安維持や軍事行動に関しても利便性が高いだろうな」

お茶を淹れながら学院長が呟いた。


「治安維持や軍事行動、ですか?」


「頻度は少ないだろうが、軍事行動にとっての需要が一番大きいだろうな。今まで、戦争では相手の軍のいる場所や規模というのは数日から数週間遅れた情報であるのは当然だった。だからこそ奇襲の脅威が大きかったんだ。これが想定敵国に張り付いて情報を逐一報告出来るようにすれば、向こうの軍が王国へ付く前にそれなりの軍勢を常に準備しておくことが出来るようになる」


成程。

というか、それを言うなら治安維持もだが、犯罪組織の方だって携帯出来る通信機の利便性は非常に高いだろうなぁ。警備兵がどこにいるかをリアルタイムで報告するシステムを作ったら、犯罪者の方は必ずいつでも逃げることが出来るようになる。


「ある意味、犯罪組織の方が魔術院の目を気にせずに特許から術回路の情報を得て盗作出来そうですから、下手に通信機の流通を制限しない方がいいかもしれませんね」


お互いのカップにお茶を注ぎながら学院長が頷く。

「シェフィート商会と他の商会との競争関係に関しては判断が難しいところだが・・・将来的な治安などへの影響を考えたら、携帯式の通信機を公開するなら下手にその所有が偏らないように、制限無しに売った方がいいだろう」


ついでに、値段も普通に治安組織が買えるレベルにしておく方がいいか。あまり高くして警備兵が買えないのに犯罪組織の方が盗んで数を賄ったりしたら目も当てられない。


・・・なんかそれも悔しいけど。

折角凄く儲かりそうな商品が出来そうなのに。


◆◆◆


「そっか。治安とかに関する影響って考えてもみなかった」

帰宅して学院長との話の内容を報告した俺に、シャルロが驚いたようにつぶやいた。


「確かにこう言う便利な道具は流通を制限した場合『正義』を体現すべき組織の方が表立って入手しにくくなるな」

アレクが頷く。


警備隊が正義の味方かどうかは怪しいところだけど、まあ治安組織ではあるんだから売買が制限されている物を使っているのを目撃される訳にはいかないよな。


「だが、どちらにせよ治安組織の方が予算は厳しいんだぜ。賄賂で貰っている分を含めればそれなりに金はあるだろうけど、それを使って通信機を買うような良心は無いだろうし。あいつらの予算で買えるレベルに値段を抑えたら俺たちの儲けは殆ど無くなっちまう」

ムカツク。

思わず八つ当たりに机を蹴飛ばしてしまった。


「・・・最初から、シェフィート商会の方と話しておいて、治安組織や軍の方から相談があったらそれなりの量を買うのなら割引するということにしておこうか。他の消耗品の購入をシェフィート商会の方に回して貰えれば、通信機の販売による利益が少なくても商会全体にとってはプラスだろうし」


ふむ。

持ちつ持たれつと言うやつかな。

軍や警備隊へ貸しを作り、その分他の購入契約を回してもらえば全体的に見ればそれなりの利益になるのだろう。


消耗品契約を全部根こそぎ奪い取ったりしたら恨まれるだろうが、シェフィート商会だってそのくらいのことは分かっているだろうし。


「じゃあ、そうするか。シェフィート商会がそう言うことをする謂れはないから、最初から商品デザインを売る際に条件として契約に入れておこう」

俺の提案にシャルロも頷いた。


「なんか、僕たちの開発が王都全体に影響あるかもなんて思うとドキドキするね~」

まあ、ね。

本当に影響が出るほど売れるかどうかは売りだしてからのお楽しみというところだが。


◆◆◆


「金貨30枚と売り上げの20分の1で買ってくれたよ」

実家の長男との最終的な交渉から帰ってきたアレクが、高級店の箱に入ったケーキを手に発表した。


金貨30枚!

俺たちの3カ月相当の生活費になる。

乾燥機や湯沸かし器の報酬の3倍近い。


「随分と気に入ってくれたんだね。最初の時はもうちょっと低い目の報酬を出してきたのに、何が起きたの?」

思わず尋ね返したシャルロがびっくり目になっている。


「通信機の割引契約と引き換えに、軍の穀物調達の大口契約が取れたらしい。私たちへの報酬はその割り引いた売り上げに基づくものだから最初の手取りは良いが、売上に対する報酬は思うほどは伸びない可能性が高いぞ」

アレクが答えた。

何とも微妙な表情だ。

喜ぶべきか渋い顔をするべきか、イマイチ決め切れていないようだ。


「警備隊の方は?」


「王都だけでは、シェフィート商会にとって見合うだけの購入契約が無いようだから、あまり大量には売らないらしい」


ほ~。

まあ、俺としてもあまり俺が開発に携わった商品のお陰で元同僚たちが食う物に困るようになっても微妙だから、いいんだけどさ。


「一般への売り上げはどうなりそう?」

シャルロが興味津々に尋ねた。


「軍への納品で手いっぱいで、暫くは一般への販売はそれなりに数が限られるらしい。お陰でかなり高い値段が付けられるかもしれないが」

高い値段つけたら軍から横流しされるだけだと思うんだけどねぇ。

あんまり横流しが酷いようなら、盗賊シーフギルドの長に手伝ってもらって汚職官僚をすっぱ抜いてやる。

俺たちへの売り上げを削って割引しているのに、横流しして軍部官僚の懐を潤すなんて許さん!


しっかし、つい10日ちょっと前に完成品を渡したところなのに、アレクの実家の売り込み攻勢は凄い。

流石、王国内で有数の商会なだけあるな。


「ところで。この商品に関しては、私たちの商品としてのシリーズ名は使わない方がいいのではないかと兄が言ってきた。どう思う?」


「・・・お兄さんのアドバイスの理由は?」


「軍の方から、開発チームに加わらないかとスカウトしたいと言われたらしい。シェフィート商会の人間が開発したものだと思わせておけば強引な勧誘はないだろうが・・・」


「独立した個人ビジネスだと知られたら、変な圧力をかけてくる可能性があるのか?」

俺はともかく、シェフィート商会と侯爵家の息子に圧力をかけるかね?


「なまじ色々関係があるから、絡め手でくる可能性があるな。報酬に関しては文句の言えないレベルを提示するだろうが・・・私は攻撃用魔具ばかりを開発する目になるのは遠慮したいな」


「僕も嫌!」

シャルロが首を大きく横に振った。


成程。

それこそ、下手をしたら軍のトップがシャルロの親父さんと親しい・・・なんてこともあり得るのか。

変に家族関係から話を持って来られたらこいつらは困るのかもしれないな。


「じゃあ、シリーズ名は使わない方向でいこうぜ。軍への売り上げが大部分ならあんまりそっちへ名前が売れてもしょうがないし」

人を殺す道具を作って金儲けするぐらいだったら、盗賊シーフに戻って貴族から使われていない宝石でも盗んで回る方がマシだ。


「やっほ!シャルロ~?」

突然通信機からケレナの声が響いた。


ある意味当然のごとく、通信機が完成して直ぐにシャルロは通信機を一つケレナにプレゼントしているのだが・・・。

話し合いの途中に突然邪魔が入るのは、ちょっと困るなぁ。


今回はもう結論に達していたから良いが、開発の話とかその他真剣な話し合いの最中に突然割り込まれては不愉快だ。

人が訪れて来るのだったらまだ門から入ってくるのが見えるからそれなりに区切りがいいところで話を切り上げられるが、通信機は本当に唐突に予告なしに割り込んでくる。


俺とアレクが『行け』と言う風に手を振ったのを見て、小型端末を持ってシャルロが部屋を出て行った。


「好きな時に直ぐに話ができるようになって便利になると思ったのだが・・・思いがけない、新しい形の弊害だな」

アレクが呟いた。

お、こいつも困ったと思っているんだ。

「とりあえずリビングの端にでも置いて、工房の扉が閉まっている時はパディン夫人に出てもらって伝言を受けてもらうことにしないか?」


「そうだな。しっかし・・・新しい魔具が出来て便利になると別な新しい不便が起きるとは、面白いものだな」

確かにね。

ま、これが世の中の真理なのかも。

完全に不便が無い生活なんて、存在しないのかもしれない。





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