第35話 星暦552年 萌葱の月 18日 通信機(2)
「な~、特許の期限切れした術回路を使ったこれって特許申請する時にどうなるのかな?」
数日前からひたすら切って切って切りまくって固定通信機の術回路から音声の『認識』と『伝達』そして『再生』を行う部分を発見した俺たちは、今度はそれを繋げてとりあえず通信の出来る魔具のモデルを作り上げるところまで来た。
固定式の通信機はかなり以前に確立していたので、既にその術回路は特許が切れていた。それはいいのだが、全部纏めて一つの特許となっていた為どの部分がどんな機能なのかは試行錯誤で発見する羽目になって大分時間を食った。ようやく何とか目処が立ちそうな感じだ。
2つなければ通信出来ないから、俺が一つ組み立ててシャルロがもう一つ。アレクは共鳴拡大の部分の術回路解明の為に実験を繰り返している。
「新しく別の術回路をつけて元からあった機能に変更を加えていると認められれば、普通に特許を取れるはずだ。ただ、『機能に変更』があったと認めて貰わないといけないので申請にもう少し時間がかかるらしい」
書類に載っている術回路を銅線で再現しようと格闘していたアレクが顔を挙げて答えた。
「ふ~ん・・・。面倒臭そうだなぁ」
「携帯式の通信機なんて明らかに機能に変更があるから、そんなに手間取らないと思うよ」
自分の方の通信機を組み立て終わったシャルロが口を挟む。
「そっか。そんじゃま、とりあえずテストしてみるか」
大きなサイズで術回路を繋いだだけの試作品では一応工房で既に試している。
今度は実際の最終形態を考えて出来るだけ小さな形に作りなおした試作品だ。
それを手に持って隣の部屋にいく。
「聞こえるか?」
「・・・聞こえるよ~」
なんか、シャルロの声がちょっと変な感じに聞こえる。
固定式の通信機だとまるで相手が鏡の反対側にいるかのように自然に聞こえるらしいから、これは小さくする為に色々機能を削ったせいかな?
「そんじゃあ、2階に行ってみる」
台所から出て、階段を上る。
一番上の段に座り込んで、試作品をもう一度握って魔力を通した。
「どうだ?」
「・・こ・・・ない」
こりゃあ、聞こえてないって言っているっぽいな。
「もっと大きな声を出してくれ!」
怒鳴ってみる。
「あまりよく聞こえないよ!!」
大声を出している口調なのに小さくにしか聞こえない。
不思議な現象だわ、こりゃ。
魔力をもっと籠めたらどうだろ?
「そっちも、もっと魔力を込めてみてくれ」
出来る限りの魔力を術回路に押し込みながら通信機に話しかける。
「さっきよりはましかな?」
確かに、小声のどなり声モドキよりもはっきりと普通に聞こえる。それでもちょっと音が小さいかな。
空滑機グライダーで飛んでいる時って意外と風の音が煩いから、もっと音量が必要だな。
・・・つうか、階段を上がっただけでこれだけ共鳴が落ちるんじゃあ話にならないんだけどさ。
「家の中で食事が出来たと呼び出すのに使う分には良いかもしれないが、
部屋に戻って報告した俺に、アレクが片眉を上げて考え込んだ。
「面白いアイディアだ。別に本当に携帯しなくてもいいんだ、この通信機は。大きな屋敷の台所や玄関や寝室を繋いで召使いを呼ぶための道具として売れるかもしれないな」
まぁねぇ。
アレクの実家とかガイフォード先輩の家とかのクラスになったらお茶一杯欲しいと頼むのにもそれなりに距離があるからな。確かに直接台所へオーダーを出せたらより早くお茶が届くだろう。
「とりあえず、共鳴の術回路を解明させてないとな。小さいのを幾つか繋いで、一つにつき20メタとか言った感じで術回路の構成で通話距離を決められるようにしよう。そうすればどのくらいの距離で通話したいかによって共鳴用の術回路を増やしたり減らしたり出来て柔軟に個別対応しやすくなる」
「いいねぇ、それ。そういえばさ、思ったんだけど何かがあった時はどうしよう?」
シャルロがクッキーを缶から取り出しながら聞いてきた。
「何かがあったらって?蒼流がいるのにお前さんに何かが起きるとは思えないが」
クッキーを口に入れながらシャルロが首を横に振る。
ん?
「僕らじゃないよ。僕らだったら
いくら落ちる時に非常ベルトがあるから命が助かっても、その後山奥で狼に食われて死んじゃったらやっぱり困るじゃない」
なるほどね。
連絡を保てるようになったら自信を持って遠くまで飛ぶ利用者が増えるかもしれないか。
つうか、別に通信機が無くっても慣れてきたら遠出する人間が出てくるだろう。
「確かにね。非常ベルトに共鳴機能だけ極端に高くした通信機のスペアをつけておくか?こちらからの出力を上げて会話する感じにして、非常ベルトの端末だけでは通常会話が出来ないようにしておけばあまり盗用されたりしないだろうし」
「だけど、相手と通話ができたところで相手がどこにいるかは分からないぜ」
そりゃあ、『助けに行くから、頑張れ!』って声を掛けられている方が心労は減るだろうし、周囲の環境を教えてくれる方が相手を探せる確率も高くなるだろうが。
「まあ、そこまではしょうがない。そのうち位置関係を把握できる何かを開発出来たらそれをつけることにしよう。元々、本体だって高いんだ。あまり至れり付くせりにして無茶をされて事故を起こされても困る」
アレクが肩をすくめて投げ出した。
ははは。
確かにね。
そんでもって、共鳴の術回路はどうなったの?
上手くいかないからってさぼっちゃ駄目でっせ。
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