第23話 星暦552年 紫の月 29日 魔術院当番やっと終了
「お疲れ様」
セイラ・アシュフォードがエールを差し出しながら声をかけてきた。
年に一度の魔術院当番もやっと終わり、さっさと家に帰って迷子防止魔具に関して考えてみたかったのに、相談課の担当に捕まってしまった。
まあ、夕食をおごってくれると言われたので断らなかった俺も悪いんだが。
「前半に随分な事件があったからもっと山あり谷ありな部署なのかと思ったら、意外と残りは平和な日々でしたね」
エールを受け取り、乾杯に軽くグラスを上げる。
「まあ、今回のケイトのような事件は滅多に来ないわね。
大きな事件があったら相談課ではなくって魔術院本体の誰かが処理することが多いし。相談課は基本的に一般市民との窓口なのよねぇ」
ぐびっとエールを飲みながらセイラが答えた。
おやま。ストレスが溜まっていたのか?
ぷは~~!
一気にグラスのエールを飲み干したセイラが更にもう一杯注ぎながらこちらに向く。
「あなた、相談課と契約しない?絶対に才能があるわよ。
魔術師なのに探偵や警備兵の様なことをするのを嫌がる人間も多いけど、あれだって人の役に立つ仕事だわ。私としては、起きない方がいい戦争の為の魔術の研究に生涯を費やすよりも、ずっと人間としてあるべき姿だと思っている。
ウィルはこの当番の仕事を嫌がっていないようだったわ。もっとやらない?」
おやま。
変な悪評を魔術院内部で立ててしまっても後で面倒だと思ったからそれなりに真面目に仕事をやったのだが、真面目にやりすぎたようだ。
もしもの時には法を破るのも吝かでは無い俺としては、あまり人の記憶に残りたくないんだよね。
魔術院で働いたりしたら、業界に顔が売れすぎてしまうじゃないか。
商品開発の方が上手くいっているから、違法行為の日々に戻る必要は多分無いだろうが・・・何事も、人の注意を引かないでおく方が面倒も少ない。
「嫌ですよ。俺は自分のビジネスで成功したいんです。例え人の為になると言っても、お小遣い稼ぎで生きていくほど人生を達観していません」
はぁぁぁぁ。
セイラが深くため息をついた。
「まあ、そう言うと思っていたけど。せめて、また今回みたいな事件があった時だけでも助けて頂戴。ケイトや将来ガバーナ家で働いたら被害者になったであろう女性を救えたのは、あなただったからだわ」
前菜が出てきた。
「そうは言っても、ああいうタイプはまた悪事に手を染めて被害者を出すだけでしょう。世の中、誰か一人の動きで救えるものではありませんよ」
更にエールを注ぎ足しながらセイラが答えた。
「・・・ガバーナ夫人ならもう悪事はしないわよ」
??
「あの人が突然心を入れ変えて修道院に入ったとは思えませんが・・・。何か余程の悪事の証拠でも出てきたんですか?」
グラスに入っていたエールを飲み干して、セイラはまたおかわりを注いでいた。
随分とペースが早い。
仕事の後に一緒に店に入ったのは今回が初めてとは言え、この女性がそれ程の酒飲みには見えなかったが・・・。
「夫人は今朝、殺されたそうよ。
メイド達を売りつけた先の娼館のオーナーに関して情報を提供するから、自分の判決を甘いものにしてくれって交渉していたんだけど・・・どうやら、それが気に入らなかった人間がいたようね」
それはそれは。
娼館のオーナーと言えば、それなりにお偉いさんの弱みを握っているやり手なタイプが多い。
そんな相手の重大な弱みを、お小遣い稼ぎにメイドを売りつけていた程度の有閑マダムが入手できるとは思えなかったのだが・・・。
ガバーナ夫人は変なところで不幸なまでにラッキーだったか有能だったようだ。
「毒蛇や猛獣と手を組んで羊を食い物にするのなら、仲間に噛み付かれる覚悟ぐらいは最初からしておくべきでしょう。真面目に働いている女性が陥れられる可能性が減って、良かったんじゃないですか?」
セイラが驚いたように俺を見つめていた。
「随分と・・・あっさりと割り切っているのね。ガバーナ夫人は悪人だったけど殺されるほどのことはしていなかったのに・・・って気にしていた私が変なの?」
なるほど。
だからあれほどエールをがぶ飲みしていたのか。
「世の中、自己責任です。
ケイトは完全な被害者で、自己責任とは言ってもあの状況で自分の身を守る方法は限られていた。
ガバーナ夫人は自分から悪事に手を染めて、自分の状況を良くするために危険な悪人の情報を取引の手段として売ろうとしたんです。自業自得です。俺たちが関与していなくても、そのうち自爆していたでしょうよ」
「割り切っているわねぇ・・・」
やっと前菜に手をつけようとしながら、セイラが呟いた。
「下町の底辺で育つ人間は、徹底的な現実主義者にならざるを得ないですからね。
飢死や人身売買が現実的な可能性として常に隣り合わせな状況にあったら、自業自得で死んだ悪人のことなぞ頭の片隅にも残らないようになります」
あっという間に前菜を終わらせたセイラが、こちらに向けてフォークを振って見せた。
「そこなのよ!そういう現実的な視点っていうのは恵まれた環境に育ってくることが多い魔術師には縁がないものなの。だからこそ、ウィルに手伝って欲しいのよ~」
なんか、大分呂律が怪しくなってきている。
酒が回ってきたかな。
とりあえず、もっとエールを飲ませて、メインコースが終わったらさっさと逃げ出せるようにしておくか。
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