第22話 星暦552年 紫の月 23日 魔術院当番(4)(第三者視点)
「その盗まれたと言われているアクセサリーを思い浮かべて」
ウィルがケイトに命じた。
「人の頭に思い浮かべた映像を写し取る魔術を使うから、そのアクセサリーの詳細を出来るだけ鮮明に思い出す努力をして」
言われたとおりに、集中する。
途中、何か呪文を唱えながらウィルが額に触っていたが、気にせずにひたすら無くなったと言われたネックレスを思い浮かべた。
大きめのエメラルドを小ぶりなダイヤと真珠で囲んで豪華な逸品としていた。
沢山あるアクセサリーの中でも、これだったら無くなったら気がつくだろう。
だが、こんな代物自分がどう売りさばけると言うのだ。
盗もうなんて一度も思ったことは無かったが、その美しさには憧れていたので奥さまがつけている時には良く注意して見ていたものだ。
「よし、これでいいや。目を開けて良いよ」
目を開けたケイトの前に、小さな鏡があった。
何故かその中に無くなったネックレスが映っている。
「・・・え??」
思わず振り返って後ろを確認したが、どこにもネックレスは無い。
「ちょっとした魔術さ。数日したら薄れてしまうけど、君の精神から読みとった映像を具現化する為に鏡に写した訳」
どうと言うことない・・・とでも言いたげに肩をすくめながらウィルが立ち上がり、鏡をポケットにしまった。
「今までにも似たようなケースがあったんだろ?その時に無くなったアクセサリーを憶えている人と話したい」
◆◆◆
「とりあえず、ここに隠れていてくれ。誰が何を言いに来ても、絶対にここから出るな。
魔術師が君の手伝いをしているという話が君の雇用主もしくは娼館の方に流れていたら、下手にことが大きくなる前に君の口を封じようとする可能性は高い。死にたくなかったら、この部屋から出ない方がいい」
屋敷の昔からいる中年のメイドや、既に辞めたメイドのところを回って今までにも『盗まれた』と言われたアクセサリーの話を半日かけて聞いて回った。
その後に連れて来られたのが、この宿だった。
それなりに良い地域の宿とは言え、どこにでもあるような、宿。
知り合いもいないここに一人で隠れていろと言われても・・・それなりに辛い。
「母が心配していると思うのですが・・・ちょっと人をやってはいけませんか?」
不安そうに尋ねたケイトを一瞬心配そうに見つめてから、ウィルが立ち上がった。
「とりあえず、ここのところの心労で眠れていなかったんだろ?少し昼寝をしていたらどうだい?」
とん、と魔術師の指が額に触れた。
「そうですね・・・。ちょっと眠いかも・・・」
突然襲ってきた睡魔に流されるように瞼が落ちてきた。
意識を失った体をベッドに横に置き、更に眠りの術を深める。
解呪しなければ2日は目覚めないぐらいしっかり眠っているのを確かめた後に魔術師は部屋を出た。
「大人しく寝ていてくれ。変に出歩かれて捕まっても困るんでね」
◆◆◆
「こんなアクセサリーを過去3年間の間に見てないかい?あんたの所じゃなくって噂で聞いただけでもいいんだ」
若い男がガラスに映ったアクセサリーの姿を店主に見せた。
「なんだね、こりゃあ」
盗品・・・もしくは出所がはっきりしない品物を扱う店は、それなりに多い。
だが、上流階級の夫人が売りに来ても身ぐるみ剥がれないような地域にある店となると数はそれなりに限られている。
ここはそんな店の一つだった。
「とあるお金持ちの老婦人が、どうも嫁が家宝の装飾品を何点かお小遣い用に売っぱらっているんじゃないかと疑っていてね。ちょっと調べてくれないかと頼まれたんだ」
ウィルが答える。
「ふ~む。中々良い物だな。だが、うちでは見たことは無いね。噂になる程の代物でもないから、ガラバかフォーランのところでも聞いてみるといいんじゃないかね」
鏡に映った映像を興味深げに見ていた老店主は肩をすくめて答えた。
「そうか。じゃましたな」
少しばかりの心付けを残して、ウィルは店を出た。
ガラバもフォーランも、他の5軒も回ったがどこも『無くなった』はずのアクセサリーを見ていない。
もしも本当にメイドが盗んでいたのだったら、仕事が無くなって娼館に行くことになる前に売っていただろう。
濡れ衣だった場合、屋敷の夫人が身につけることが出来なくなった時点で適当に売り払っているかと思ったのだが、それもないようだ。
「・・・と言うことは、あの屋敷のどこかにまだ隠してあると言うことか」
◆◆◆
「起きて」
揺すられて、目が覚める。
ケイトは目を開いて、自分が寝ていたことに気がついた。
「あれ・・・寝てましたか」
「疲れていたんだろうね。昨日の晩、一通り聞き込みが終わって帰って来たらぐっすり眠っているようだったからそのままにしておいたんだ」
魔術師がお茶を差し出しながらにこやかに答えた。
昨日の晩??
「殆ど1日寝ていたんですか、私?」
「疲れていたんだろ。
とりあえず、軽い朝食も貰ってきた。これを食べたら出よう。下で待っているから」
事件が起きてから、心労に空腹も感じる気力も無かったのだが・・・ぐっすり眠ったお陰か、ウィルが持ってきた朝食からは食欲を刺激するような良い香りが感じられた。
ここで倒れても、困る。
それこそ、どうしようもなかったらあの魔術院の女性が仕事を紹介してくれると言っているのだから、しっかり働けるだけの体力を維持しなければ。
若い魔術師は、別に問題は無いといった態度を取り続けていた。
他人事とは言え、手も足も出なかったらもう少し深刻そうな顔をするだろう。
だとしたら、何かいい解決策でも見つかったのかもしれない。
久しぶりに感じる楽観的な希望とともに朝ごはんを平らげ、ケイトは簡単に顔を洗って下へ行った。
「さて、昨日のうちに保安部の比較的まともな人間にも話をつけてきたから、一緒に屋敷へ行こうか」
ケイトを迎えるように立ち上がりながら、ウィルが言った。
「保安部の方が助けてくれるんですか?」
にやり。
ウィルの顔に笑いが浮かぶ。
・・・かなり人の悪げな、笑いが。
「証拠を見つけたら、夫人を逮捕してくれるんじゃない?
幸いにも言い逃れがかなり厳しい場所に盗まれたはずのアクセサリーを隠していたからね、完全に無罪放免は難しいだろう。旦那の方も今日は家にいるらしいから、悪事を暴くのには最高のタイミングだ」
◆◆◆
「朝早くから、お邪魔して申し訳ございません。
実は、私の遠縁の親戚にあたるケイト・クレイゲートがアクセサリーを盗んだとの告発の下に、推薦状も退職金もなしに解雇されそうになったと相談を受けました」
警備兵の詰め所によって2人の警備兵(一人は士官かも?制服の襟になにやら紋章をつけている)と合流し、一行はケイトの勤め先であったガバーナ家に来ていた。
朝食が終わったところであった夫婦の前にかなり強引に現れたウィルが、二人に挨拶した。
「本来、魔術師は個人の住宅にて住民の許可なしにその能力を使うことを禁じられています。
ですが、このようにその住宅で働いていた人間が罪に問われて本人にとって不利な条件での解雇を言い渡された場合は、司法の監督の下でその被告人は自分の無実を証明するために魔術師に力の行使を求めることが法の下で許されています。
今日はケイト・クレイゲートの被告人としての権利の行使が主張された為、こちらにお伺いしました」
警備兵の士官が、ウィルの後に続けた。
「ケイト・クレイゲートを窃盗の疑いから退職金・推薦状なしで解雇するということで、間違いありませんね?」
「その通りだ」
アル・ガバーナが無関心に答えた。
「妻が優しすぎるせいか、メイドが懲りずに窃盗を働くのでね、いい加減保安部の方へ訴えるべきだと言っていたところだ。
ちょうどいい、無実が証明できなかった場合は、我々はこのメイドを告発したい。一度しっかり見せしめにすれば、他の者も安易に雇用主の物を盗もうと思わなくなるだろう」
「あなた、そんな可哀想じゃない」
ガバーナ夫人が夫の腕に手をかけた。
だが、それ以上夫人が何か言える前に、ウィルが前へでた。
「では、こちらのネックレスが、ケイトが盗んだと言われているアクセサリーですね?」
アクセサリーの姿が写された鏡を見せる。
「ええ、そうよ」
「そして、こちらが過去3年以内に窃盗を働いたとしてこちらから解雇されたメイドたちが盗んだアクセサリーですね?」
更に5枚ほどの鏡を出されて、一瞬夫人の顔に警戒が横切る。
「・・・ええ、その通りですわ。私がお洒落好きなもので、沢山あれば一つぐらい盗っても分からないと思われるのか・・・。
どうも、人を見る目が無いみたいで困っておりますわ」
哀しげに目を下げながら夫人が答えた。
「大変ですね」
ウィルが同情をこめて答えた。
「まあ、夫人を苦しめたと思わしきケイトに頼まれた私が何を言っても空々しいと思いますが。
とりあえず、上の夫人の部屋へお邪魔していいでしょうか?そちらに普段はアクセサリーが保管されているのですよね?」
一行がぞろぞろと階段を上り、夫人の部屋に入ると、魔術師は芝居がかった身ぶりでお辞儀をして見せた。
「実は、魔術師と言うのは魔術を行使できるだけでなく、
これで色々な物が視えるのですよ。例えば、人の健康状態もそれなりに見てとれますし、壁などに生じた亀裂なども分かります」
思わせぶりに言葉を切った魔術師を、短気そうにアル・ガバーナが睨みつける。
「だからどうだと言うのだ。いい加減、術を行使するならさっさとやってくれ。私にも予定があるんだ」
苛立しげな感情に気がつかぬかのように、にっこりと魔術師が笑って見せた。
「ですから、壁や家具の中に作られた、隠し場所なども分かるんですよ」
ウィルは部屋の奥に置いてあった細工模様の机に近づき、その横の部分を叩いて見せた。
「例えば、この引き出し。深さはここまでしか来ていないんです」
上の段の引き出しを完全に取り出し、机の上に置く。確かに、引き出しは机の奥行きの3分の2程度しかない。
「では、ここはどうなっているのか。構造を視てみると、どうもこの机は隠しがあるんですよ」
まるで机の構造が完全に分かっているかのように、幾つかの引き出しを動かし、取っ手を引っ張り・・・見ている観客の前で机の横から引き出しが飛び出した。
「面白いでしょう?
流石に中に入っている物の色までは視えないんですが、鉱物の成分は大体分かるので、アクセサリーなのは分かるんです」
中に入っていた絹の袋を取り出しながらウィルが続ける。
「そう言えば、今までに盗まれたと言われたアクセサリーなんですが、どうも過去3年間の間に一品たりとも売りに出されていないの、ご存知でした?
解雇されたメイドたちが何故か全員同じ娼館で働くところまで身を落とす羽目になったことを考えると、そうなる前に宝石を売って生活の糧にしなかったのって不思議ですよね」
「ちょっと、人の机の中の物に勝手に触らないでちょうだい!!」
蒼白になった夫人が怒鳴りつけるのを無視して、ウィルはその袋の中の物を一品ずつ取り出してサイドテーブルの上に並べていった。
「夫人の部屋にある、夫人の細工机の隠し引き出しに、盗まれたはずのアクセサリーが入っているって・・・どうしてなのでしょうね?」
「おまえ・・・一体何をしたんだ?!」
愕然としたようにアル・ガバーナが妻を凝視した。
「自分が隠したアクセサリーを盗んだことにして、メイドを退職金・推薦状なしでクビにするのは雇用契約違反ですよね?」
ウィルがにこやかに警備兵に問いかけた。
「ガバーナ夫人、何をやったのか、ご説明いただけますかな?」
重々しく、警備兵が夫人に声をかけた。
◆◆◆
「本当に、ありがとうございました!!」
魔術院の相談課に戻ってきたウィルに、ケイトが深く頭を下げてお礼を繰り返した。
「構わないよ。あの夫人が自分の手元に盗まれたはずの宝石を置くなんてバカなことをしてくれたお陰だし。あそこまで明らかな証拠が無い限り、無実の証明は難しかった」
ウィルが肩を竦めて答えた。
「夫人はどのくらいの罪に問われるのかしら?」
淹れたばかりのお茶を手に取りながら、セイラが呟いた。
「罪そのものは雇用契約違反だけだから、罰金程度でしょうね。娼館の方は、知らぬ存ぜぬで通すだろうから違法売春強制の罪は立証できないでしょう。
今までの被害者が、再雇用された後にクビにされた経緯を入念に調べていけば夫人が関与したことを証明できるかもしれないが、保安部にそこまでやる根性があるとも思えないし。
ただ、夫からは離縁されるだろうからこれからはそれなりに生活が苦しくなるんじゃないかな?
もっとも、ああいう人を陥れても何の良心の咎めを感じない美人タイプはそのうちどっかの憐れな金持ち老人を騙してまた再婚するか、じゃなきゃ娼館のマダムにでもなって成功しそうだけど」
ウィルが身も蓋も無い答えを返す。
「・・・何それ?」
まじまじとセイラがウィルを見つめる。
ケイトも、思わずあっけに取られてウィルを凝視していた。
「どさくさまぎれに殺しちゃうんじゃないかぎり、悪人が再び悪事を行わないようにしっかり罰するのは難しいんですよ?」
「そんな・・・。後悔して心を入れ替える方も沢山いますでしょう?」
縋るようにケイトが尋ねる。
「何かのきっかけで悪人が心を入れ替えるというのは確かに起きますが・・・少なくともあの女性が今回の事件で心を入れ替えるような後悔をしていたようには見えませんでしたね。魔術師の親戚だと思っているからケイトさんへ直接報復をしようとはしないでしょうが、これからも悪事を続けていくと思いますよ」
ウィルの言葉に、思わず何とも言えない沈黙が相談課に流れたのだった・・・。
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