第24話 星暦552年 青の月 3日〜4日 飛ぶ?

「空を飛びたいわ!」

ケレナが力強く宣言した。


紫の月の騒動の後、休養を兼ねてラズバリー伯爵令嬢は幼馴染のシャルロに会いに俺たちの家へ頻繁に遊びに来るようになった。


パディン夫人のケーキとお茶を楽しみ、妖精王やユニコーンや土竜ジャイアント・モールと戯れ。


悪魔に憑かれた後遺症(?)も無く人生を謳歌している。

色々な噂が流れていた為、社交界にはあまり顔を出さなくなったようだが本人はあまり気にしていない。


シャルロを振り回している姿は中々見ていて微笑ましい。

今まで、天然君のシャルロは人を振り回すことはあってもあまり振り回される姿は見たこと無かったからなぁ。

とは言っても、前回の事件でシャルロも少し少年から脱皮し始めたようで、多少寂しい気もするが。


そんなケレナが、お茶を楽しんでいる俺たちに突然要求を突き付けてきたのだ。


「空?ペガサスでも召喚して欲しいの?」

シャルロが首をかしげながら尋ねる。


「あら、そんなことも出来るの?是非今度召喚して頂戴。

だけど、それよりも魔具でいつでも飛べる道具を作って欲しいのよ。あなた達、色んな魔具を新しく開発しているんでしょ?

空飛ぶ道具も開発して!」


堂々と請求するケレナ。

おい。

あんた、その開発費用を払ってくれるんかい。


まあ本当にそんな道具が作れたら、暇な貴族や金持ち商人層へそれなりに売れるだろうが。


それに考えてみたら、ラズバリー伯爵家なら1~2月かそこらの俺たちの研究費ぐらいお小遣いでだせるかもな。貴族のドレスとかって目が飛び出るぐらい高いらしいから、服を1着作るのを止めれば費用を捻り出せるのかも。


「学院でウィルが精霊に頼み事した時は、空飛んでいたよね」

シャルロが思いだして呟いた。


「だが、あの振り回され方は、怖そうだった。特殊な人間以外は好んでああいう空の飛び方をしたいとも思わないないだろう?」

苦笑しながらアレクが反論する。


「まあ、空に上がって滞空するだけならもうちょっと大人しく出来るだろうが・・・精霊への頼みごとって言うのは魔具で出来る話じゃあないぜ」

そして駄目出しは、俺。


ケレナが空に飛びたいと言うだけなら、ここで俺たちが精霊に頼みごとをするという形で簡単な何かを作れるだろう。

魔具で・・・となると厳しいな。


精霊への強制力が無いタイプの道具で空を飛んだ場合、下手したら空高くいる時に突然精霊が気まぐれを起こして離れたりしたら墜落死だ。かといって、強制力のあるような魔具など作りたくない。


第一、精霊を強制してしばりつけるような術は禁忌だ。

下手に強制力のある魔具が暴走したりした場合、自然のバランスが崩れたりしかねない。人間の命や悪魔を使うような禁忌ほどの個人的野心に対する使いやすさは無いものの、精霊を強制するような術や魔具が失敗した時の被害はスケールが大きく、他の禁忌と同じく街を一つ滅ぼしかねないらしい。


「嵐が来ると、家や馬小屋の屋根が飛んだりするじゃない。あんな感じに人も飛べない?」

ケレナが提案した。


うう~む。

一時的に風を起こす魔具を作ることは出来るが・・・。

「それって、ケレナが空を飛ぶたびに周りの家や植木鉢に暴風で被害を及ぼすことになるんだよ?」

シャルロが指摘する。


「でも、鷹とかが空を飛んでいる時、優雅に空気の中を滑っているようじゃない。

あれってそんなに風の力が必要とは思えないけど」

ケレナが主張する。


「成程、風に乗るのか。何らかの形で上に上がる手段があれば、後は気流に乗って風の中を滑ることは出来るかもしれないな。だが、そうなると移動はかなりの部分が風任せになるぞ?」

アレクがお茶を手に取りながら尋ねた。


「別に、空を飛んで移動することが目的じゃないもの。移動するんだったら転移門を使えば良いだけの話でしょ?私は飛びたいのよ!だから風任せでも構わないわ」


まあねぇ。

気持ちは分かる。俺も空を飛びたいし。

他の2人も『空を飛ぶ』と言う言葉に心を動かされているようだ。


幸い、一昨日ちょっとした開発(ペットの迷子防止首輪)も終わったところで、少し暇がある。

研究してみるか。


◆◆◆


空気を滑るとしたら、薄い膜のような物で出来るだけ風を受けるようにする必要があるだろう。

一番効率的かつ安定した形が分かったらそれに『浮遊レヴィアの効力のある術回路を張り付けていけば人間の体重がかかってもある程度の滞空時間を稼げる可能性は高い。


とりあえず、色んな形を針金で作り、それに薄い絹を張って屋根の上から落としてみることにした。

アレクの主張で1回ではなく10回落とし、どの形がどれだけ飛んだかを綿密に記録を取っていく。


丸と四角は全然だめだった。回転をつければそれなりに空気に乗るが、そのまままっすぐ押し出すと直ぐに水平から垂直に角度が変わってしまい、落下する。

流石に人間が乗せた物を回転させる訳にも行かないしなぁ。人間の重みをつけて回すのも大変だし。


色々試してみたところ、三角形は継続的に悪くない結果が出た。


「じゃあ、三角形の変形版を色々考えてみよう」

シャルロが張り切って提案した。流石、ケレナ嬢のリクエストとあってやる気満々だねぇ。

商業的に成功しなかったら収入ゼロなんだけど、張り切っているシャルロを見るとそんな野暮なことも言えない。

まあ、俺たちも空を飛びたいしね。

精霊に頼んで飛ぶと言うのは何度か練習を繰り返すうちに最初の時ほどは酷く無くなったものの、やはり人間の感性にはちょっと厳しい動きが多くってあまり『飛ぶ』ことに専念して楽しめない。

ここでのんびり空を楽しめる魔具が作れたら、それはそれで嬉しい。


「同じ生地の面積で、どんな形が一番いいか、色々考えないとね。大きな三角がいいのか、三角に四角を継ぎ足したのがいいのか、大きな三角でもその角度がどのくらいいいのかとか」

凝り性のアレクが細かいことを言いだした。

そりゃあ、効率よく滞空時間を長引かせる為には魔術だけでなく、道具の形そのものも重要だろう。

だけど。

折角だから飛んでみたい!!


・・・とは言っても、考えてみたらこの針金と絹を合わせた形に人間の体重をかけたら間違いなく針金が曲がって形が崩れるな。


「アレクとシャルロでそっちを考えておいて、俺は出来るだけ軽くて強い骨組みを工夫しておくというのはどうだ?針金を人間を支えられるだけ太くしたら、重くてしょうがない」

幸い小さいながらも鍛冶場の整備も先日終わったところだし。

実はまだ殆ど使っていないから、思う存分仕事に使えるなんて一石二鳥だ。


「確かにね。じゃあ、そちらを任せたよ」


◆◆◆



普通の住宅街に鍛冶場を作るのは難しい。

音が煩いというのもあるが、何よりも四六時中炭を燃やしていることが嫌がられるのだ。

また、ある程度の火力を得ることができる炉となるとかなりのサイズになる。


そこで俺はちょっとした工夫をすることにした。

アスカに火系の幻獣で俺が買い与えることが出来る程度の物を対価に手伝ってくれる存在はいないか、聞いてみたのだ。


意外と幻獣たちは暇だったらしく、そこそこの数のアスカの友達が立候補してくれた。

今日来ているのは火蜥蜴サラマンダーのサラ君。

「よ、元気?」

小さな炉の中で炭を食べて発火しているサラ君に声をかける。


火系の幻獣というのは炎の中が一番心地よいらしい。

だが、流石に活火山の中などは幼体には熱すぎる為、成長するまでは彼らは活火山の傍で適度な炎を楽しんでいるのだそうだ。


だが火山の傍というのはある意味殺風景でやることも少ない。

また季節によっては外気の寒さとマグマの熱さとの調整が中々難しいとか。


この小さな炉は熱を良い具合に中に閉じ込めてくれるので、『最高!』ということらしい。

しかも好物の炭まで貰えるのでサラ君はご機嫌だ。

時々気が向いたらアスカと一緒に近辺の観光に行っているようだし。


『元気だそうだ』

まだ幼い為に人語が話せないサラ君の返事をアスカが翻訳してくれた。

う~む。

俺としては挨拶だったから、もう少し違った返事を期待していたんだが・・・このノリの悪さって幻獣特有のものなのか、それともアスカの翻訳が悪いのか、どっちなんだろ?


今度、アレクのラフェーンにでも聞いてみるかなぁ。




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