第13話 星暦552年 紫の月 3日 呼び出し(3)

青に憑いていた悪魔に更に質問をした後、清早に更に聖水をかけさせて弱らせ、ぐったりしてきたところを学院長が聞いたことも無い術を使って悪魔を抜き出し、現次元から閉めだした。


「殺さないんですか」


「悪魔には悪魔として存在意義があるんだろう。

・・・多分。

今回やってきたことは人間の依頼に基づくもの。傭兵だったら同じような雇い主に再雇用されたり金に困ってまた悪さをするかもしれないからこういうことに関与したらそれなりに拘束なり罰するなりしなければならないが、悪魔だったら彼らの次元に返してしまえばそう簡単にはこちらに出て来れないからな」


へぇぇ。

意外とお優しいこって。

「悪魔って悪に染まった精霊って言う訳じゃあ無かったんですか?あまり授業ではっきりしたことを教わらなかったんですが」

興味もそれ程なかったから調べなかったし。


「冗談じゃない!俺たちがどう変質したってあんな連中になる訳ないだろ!」

清早が抗議の声を上げた。


「あれ、そうだったんだ?」


「悪魔というのはこの世界とは違う次元の存在だと私は思っている。人間と違った倫理と論理の下に行動し、精神的存在としての色が濃いように思われるが・・・彼らはこちらから招くものがいなければ、勝手に出現して悪さを出来る訳じゃあないんだよ」

苦笑しながら学院長が答えた。


「何でそう言うことってもっと詳しく授業で教えなかったんですか?」


「悪魔の召喚は禁忌とされているからね。普通の魔術師だったら禁忌に一切触れる事なく一生を終える。

だから特に禁忌の対象のことを教える必要はないし、下手に教えて子供たちの好奇心を刺激してはいけないと魔術院と魔術学院で決定したんだ。

もしもの時の対応が必要になるかもしれないから、魔術師のクラスが上がるとその度にちょっとずつ補習を受けることになっている」

う~ん・・・。

そりゃあ、もしもの時に対応する魔術師は必要だが。

能力が上がってクラスアップした際に、そんな補習をやったらそれこそ力試しをしたくなる魔術師も出てくるんじゃないかね?

別に魔術師の能力に優れた者が人格的に優れた存在とは限らないし、特に倫理観がしっかりしている訳でもないんだし。


倫理観も合わせて能力としてクラスアップの評価をしているのかな?

倫理観の有無なんて、表から見える行動からの評価が正確とは限らないけどな。

人の弱みや権力を握った人間がびっくりするほど下劣な行動を取るのは何度も見たし、周囲の同僚や隣人には『善良な良い人』と思われている奴が、ヤバい系の裏ギルドのお得意様と言う事もちょくちょくある。


「・・・ちゃんと補習の後は、数カ月にわたって秘密裏に悪魔の召喚などに手を出そうとしていないか見張られているよ」

俺が思っていたことを見てとったのか、学院長が付け加えた。


そっか。

何人ぐらいが好奇心に負けて禁忌に手を出すのか聞きたいところだが・・・ここは知らない方が幸せなのかも。



「う・・・・」

俺たちが話していたら、青が呻きながら目を覚ました。


「大丈夫か?」

長が蒸留酒を差し出しながら尋ねた。


「俺は・・・どうしてここに?」

浴槽の中でびしょ濡れになっている自分を見降ろしながら茫然としたように青が尋ねた。


「悪魔に憑かれたお前が俺を殺そうと襲ってきたんだ。拘束結界が上手く機能したんで、それがお前を足止めしている間にウィルとハートネット学院長に来ていただいた」

長が蒸留酒を青に飲ませながら説明する。


「どこまで憶えている?」

学院長が青に尋ねた。


蒸留酒を飲み、大きく息をついた青がこめかみを揉みながら体を起こした。

「変になった人間が共通してここ1月の間に会っていた人間の家を順番に見て回っていたんです。

そうしたら、バアグナル家の別邸で突然衝撃を受けて・・・。

気が付いたらここで水浸しになっていました」


「そうか。

では、この事件の首謀者が何をやっているのかとかは記憶にないのだな」

小さくため息をつきながら長が言った。


「襲われたのがバアグナル家のどの別邸か教えてくれたら、我々が偵察に行ってくる方がいいだろう。

場所と、そこで意識を失う前に何を見たのか教えてくれ」

学院長が提案した。


急ぐのは分かるんだけどさぁ。

冬のさなかにびしょ濡れな人間をそのままにして尋問するというのもどうかと思うなぁ。

まあ、意識が戻るまでの間散々濡れたまま放置して悪魔の尋問していたから今更なのかもしれないが。


とりあえず、学院長が青から詳細を聞きだしている間に清早に彼の周りの水を抜き去るよう頼んだ。


「長殿。行方不明になったルシャーナ神の神官の名前を教えてくれ。悪魔に対応するには魔術師よりも神官の方が向いているからな。

神殿の助けを得るためにも被害者の名前を使う方が効果的に話が動く」


「ダルス・バリダスだ。だが、もう彼がいなくなってから20日は経っている。手遅れだろう・・・」

ため息をつきながら長が答えた。


「いや、さっきの下級悪魔が言っていた『面白い糧』とは彼のことじゃないか?私のところまで行方不明者の話が上がって来ていないと言うことは、問題になるほど神官や魔術師が姿を消している訳ではないようだし」


『尽きるまで』なら遊びに付き合うと言われた糧って・・・。

悪魔がどういう風に人間を食らうのか知らないけど、あまり居心地がいい体験ではなさそうだ。

生きていてもボロボロになっていそう。


◆◆◆



長のところから学院長が向かったのは、闇の神殿だった。

しかも、光の神殿の方に使いを出して誰かに闇の神殿で合流するよう、頼んでいた。


学院長ってどんだけ顔が広いの???


あっさり闇の神殿で神殿長のところへ通され、そこに光の神殿の神殿長本人が来たのを見て俺は学院長の顔の広さにあっけにとられた。


「先ほど、盗賊シーフギルドの長が悪魔憑きに暗殺されそうになりました。幸いなことに拘束結界でその悪魔憑きを抑えられたので我々が尋問した結果、高位悪魔が呼び出されていることが判明しました。

こちらの副神殿長のダルス・バリダスが生き餌として差し出され、彼が『尽きるまで』という制限付きでバアグナルの小倅の為に何人かの人間を傀儡にするのに協力しているようです」


闇神殿の神殿長が青ざめた。

「ダルス・バリダスが糧として差し出されているのですか?

彼は変わった友人を持っていたからそのライバルに殺されたのかと心を痛めていたのですが・・・もっと積極的に探すべきでした。

悔やんでも悔やみきれないですね・・・。すみません」


「謝るのは彼を救出してからで良いだろう。まだ王都に大きな異変が起きていないと言うことは、ダルスは生きているということだ。

場所はどこです?」

見た目は品の良い老婦人のような光の神殿の神殿長が意外な程に力強く闇の神殿長の肩を叩いて慰めながら学院長の方へ向いた。


「貴族街にある、バアグナル家の別邸です」


「よし、直ぐに行こう」


え?

そりゃあ、高位悪魔だし。

こっちは特級魔術師だけど。

光と闇の神殿長が行くの???


これってもしものことがあったらヤバくない??

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