第12話 星暦552年 紫の月 3日 呼び出し(2)

「何が起きたかを知るには青に聞くのが一番なのですが・・・。悪魔憑きに尋問に答えさせるような術をご存知ですか?」


空になったグラスを見てため息をついた長は、流石にワインは諦めたのかお茶を淹れ始めた。

あんなところにポットがあるなんて、初めて知ったよ。


「ウィル、何が視えるか言ってみろ」


ふむ。

目を閉じて青の気をじっくりと観察する。

「異質な何かが体全体を汚染している感じですね。一番濃いのは腹部かな?

ただし、もっと濃厚な何かの残滓が頭の辺にあるようです。

青本来の気は・・・無いと言うよりは封じられている感じですね」


これだったら汚染源の悪魔を追い出したら何とかなりそうな気がするが・・・悪魔憑きって不可逆なんじゃなかったのか?


「ふむ。完全な悪魔憑きにしては汚染度が低いようだ。最初に青殿の意識を奪った悪魔本体ではなく、今はその下級眷族か何かに憑かれているのかもしれない。幸運だったな。ウィルが言ったように、まだ本人の気が残っている」


「残っていなかったら・・・手遅れだったのですか?」

長がお茶を注ぎながら尋ねる。


「最初に意識を奪った悪魔が憑いていたらここにたどり着く前に気を食いつくされていただろう。いくら質がいいとは言え、この拘束結界もこの大悪魔相手だったらほんの数秒程度しか抑えにならなかっただろうしな。

盗賊シーフギルドの長が対悪魔拘束結界を持っていると思っていなかったのか、大物を使って確実に排除しなければいけないほどの脅威であると思われていなかったのか。

どちらにせよ、幸運だったな。皆にとって」


ため息をつきながら長がお茶を俺にも注いでくれた。

とうとう俺も一人前扱いかぁ。

こんな場合だけど、ちょっと嬉しいかも。


「では悪魔を祓えるとして。

青の記憶はどんな感じになりますか?ショックで何も覚えていない可能性があるならば、悪魔を祓う前に尋問すべきかもしれません」


悪魔って尋問に答えるもんなの?

まあ、別に秘密を守らなければいけないという義理も無いかもしれないが。

イマイチ人間相手のように苦痛や脅しが効くとも思えない。


「先に尋問をした方がいいかもしれないな。祓った後に何も覚えていなかったと分かっても手の打ちようが無い」


学院長が周りを見回した。

「バスタブか何か、水を大量に流してもいいところが欲しいのだが。流石にここを水浸しにはしない方がいいだろう?」


水・・・ですか。

何か嫌な予感がしてきたんだけど。

清早に協力させるつもりなのかな、この人。


「ああ、こちらに休憩用の浴室があります」

机の後ろの扉を開いたら、そこに浴室があった。

しかもそこそこ大きい。


おいおい。

長ったらすっかりここで生活しているんじゃん。

度を過ぎたワーカホリックは駄目だよ。ある程度は仕事と遊びをバランスさせなきゃ。


拘束アレスト

学院長が拘束術を重ね掛けし、ルシャーナ神の聖刻鎖で縛った青を浴室へ引きずっていく。


「手伝いますよ」

幾ら意識が逝っちゃっているとしても、足を引きずってあちらこちらにぶつかりながら引きずられるのはあまり良くないだろう。

悪魔を祓えるらしいから、復活後に痣だらけと言うのも哀しいし。


青の体をバスタブに横たえ、学院長が俺の方に向いた。

「お前の精霊に、聖水をかけるよう頼めるか?」


やっぱり・・・。

『清早?頼んでも大丈夫か?嫌だったらこのオッサンなら何とかなると思うから断っていいぞ』


頭の中で尋ねた俺に、清早があっさり姿を現して答えた。

「大丈夫。こんな小物、怖くも痛くも無い。ウィルの周りが汚染されるのも困るからね」


清早の手から水が飛び出し、青の体にかかる。

そっか、精霊の造りだす水ってもしかして聖水だった訳?

自然の気が沢山籠っていそうではあるが。


神に祝福された水・・・という訳ではないかもしれないが、水精霊が生み出す水も十分下級悪魔には脅威なのか、青の体が暴れはじめる。


「これ、暴れるな。幾つか質問に答えれば、解放してやろう」

あれ、解放するんだ?

・・・もしかして、命から解放するって言うやつ?


「俺様が誰だか分かっているのか!大悪魔ガバルナ様の第3の部下、シャシュガナル様であるぞ!」

知らないって。


いかにも小物な台詞に突っ込みを入れそうになってしまったが、何とか自分を抑えた。


「ほう、大悪魔ガバルナ殿か。かの方は色々忙しいと聞いたが、最近は人間界にちょっかいを出すほど暇になってきたのか?」

俺に比べ、学院長はずっと大人だった。


「遊びさ!ガバルナ様ぐらい偉大な悪魔ともなれば、遊びも大掛かりになるのさ」


「なるほどな。今度の遊びはどんなものなのだ?」


「そんなもの、何で俺が教えるんだ!」

がなり立てた青の体を占領している悪魔を見て、学院長がこちらに頷く。


「おりゃ」

清早が更に水を青にかけた。


「イテイテイテイテ!止めろ、俺が薄れちまうじゃないか!」


「じゃあ、答えるのだな。ガバルナ殿ぐらいの悪魔ともなれば我々が何をしようと、ゲームの面白みが増えたぐらいのことだろう?」


憶えていろよ~などというチンピラ丸出しな悪態をつきながら悪魔が続けた。

下級悪魔って思っていたよりも人間臭いんだな。

もしかして、街中のチンピラって下級悪魔が遊びに来ている仮の姿のも混じっていたり??


「若いのが、この国を乗っ取るのに手伝ってくれって交渉してきたんだ。

ガバルナ様の術の出力用に人間の糧を出すから、手伝ってくれって。糧に出された人間の一人に面白いのがいたから、そいつが尽きるまでだったら手伝ってやろうと言うことになったんだよ!」


面白い、ね。

悪魔にとっての面白いってどういうポイントが重視されるんだろうか。


学院長が大きなため息をついた。

「成程。ガバルナ殿にとっては面白い時間つぶしかも知れんが、人間にとっては困った重大事項じゃな。だが・・・お前さんのような下級悪魔じゃあ人間の若いのなんて皆同じに見えるんだろうなぁ。

どうしたものか」


「何を言うか!俺はガバルナ様の第3の部下、シャシュガナル様だぞ!人間の見わけぐらいつく!」


「だが、名前が分からねば、顔の見わけがついてもしょうがないのだよ」


「ザカリー・バアグナルだよ!この国の偉い奴の息子らしいけど、親父が死ぬのを待っていたら自分がジジイになるからガバルナ様に縋ったんだとさ」


バアグナルね。

宰相の名字がそんな感じじゃなかったっけ・・・?

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