第9話 星暦552年 赤の月 18日 ユニコーンの能力
「誰もが僕みたいにお金に関して鷹揚とは限らないって」
子供が生まれたとかで呼ばれた長兄のところで貰ったシャンペンを飲みながらシャルロが言った。
◆◆◆
オレファーニ侯爵家では成人した長男と当主が2年おきに王都と領地での勤務を交代するらしい。
国でも有数の貴族であるオレファーニ家には広大な領地があり、そこの統治はフルタイムの仕事だ。
だが、有数の貴族であることから国王の命の下で働かなければならないことも多々ある。
長男が若いころは当主の弟が助けていたらしいが、長男が成人してからはアシャル・オレファーニ子爵が跡取りとしてこの役割を引き受けている。
今年・来年は長男が王都で働く番らしく、そこでの初めての子供の誕生祝いにシャルロも招待された。
と言うか、水精霊の加護があるシャルロはもしもの時の医療要員として夫人が産気づいた時に呼び出しをくらっていた。
で、産気づいたものの当然子供は直ぐには出て来ず・・・待っている間はシャルロの近況報告で時間を潰したらしい。
そして出てきたのが、冒頭のコメント。
誰が何をしていたという報告をしていたようだが、それを聞いて長兄殿は俺が不満を持っているのではないかと危惧感を抱いたらしい。
「3人で頑張っているけどさ、魔術師らしい部分をやっているのって僕とウィルだって兄さんが言うんだよ。だから、収入の分け方に不満を感じているんじゃないかって」
最初から豊かな貴族の家に生を受け、家族だけでなく自然にまで溺愛されたシャルロはかなり何事に関しても鷹揚だ。その点、普通の家庭に生まれ(多分)たものの孤児となって盗賊として生きる羽目になった俺は苦労をした分、金に対してシビアだろうと言う読みをしているようだ。
「あ~。
そりゃあ、お前ほど鷹揚な人間はいないだろうよ。元々恵まれている上にそのポヤポヤな性格だ。
だが、俺だってそれ程極端に世知辛い人間じゃあないつもりだぜ?
まあ、昔はそれなりに金に対して貪欲だったが」
確かに、貧しくて苦労した人間には底なしに金に貪欲になるタイプもいる。
だが、大多数は単に『金の無い状態に戻ったらどうしよう』という不安に強迫観念を感じているだけだ。不安を感じているから『絶対に大丈夫な状態』を求めて、金がいくらあっても十分ではないと感じるのだ。
だが、俺は違う。
何と言っても、最悪の場合は俺には
特に、魔術院や警護隊の注意をひかないようターゲットの選択に気をつければね。
まあ、バレた時のリスクが大きいから安易にその
アルタルト号から得た資金もまだ半分ぐらい残っているし。それなりに気をつけて資金を貯蓄・運用するつもりだから
「アシャル兄さんはアレクが魔術師じゃなくても出来ることをやっているみたいだって言うんだ」
シャンペンをもう一口飲みながらちょっと悲しそうにシャルロが続ける。
自分の大好きな兄が自分の友人のことを低く見るようなことを言ったのが哀しいのだろう。
「まあ、魔術師にも『魔術師でなければ出来ない仕事』をより尊いと思うような人間もいるがな。
俺にとっては『金を稼ぐのに役に立っているのか』が全てだ。確かに、シェフィート商会との交渉も、特許の申請での横取り防止も、湯沸かし器の一番注ぎやすい形と水量のリサーチも、魔術師でなければ出来ないことじゃあない。
だけど、これらは俺たちがちゃんと収入を得ていくためには絶対に必要なことだ。
言いかえれば、俺は『魔術師のアレク・シェフィート』と収入を分けているのではなく、『商才があり、細かいことにもとことん拘るアレク・シェフィート』とビジネスをしている訳さ」
そう、俺はアレクの働きに不満は無い。
アレク本人は少し自分がちゃんと報酬分の仕事をしていないと落ち込んでいるようだが。
シャルロの顔が明るくなった。
「そうだよね、アレクも仲間としてちゃんと役割を果たしているよね!」
「そ。だからお前も変なこと考えて落ち込むなよ!」
リビングから廊下へ続く扉に向かって声をかける。
「ほえ?」
シャルロの驚いた声に扉が開き、アレクが姿を現した。
「だが、私のやっていることは誰にでも出来ることだ」
おやおや。まだ納得していなかったか。ご自分に厳しいね、このお坊ちゃまは。
「『魔術師でなくても出来ること』であって、『誰にでも出来ること』じゃあない。
お前にしか出来ないことだと俺は思っている。
魔術師としてのスキルでは無い部分が役に立っているのが不満か?」
「だが、魔術師が何人か組んで魔具を開発している場合、普通の人間が関与してここまでの報酬を得ることなんて、無い」
「魔具や術回路の開発バカが折角良い物を造っても、世間知らずなせいで商会に騙し取られるような形で本来の価値のほんの数分の一しか報酬を貰えないと言うことも良くあることだろうが。
第一、まだ2個しか商品を造っていないだろ、俺たちは。お前のような秀才タイプのコツコツしたリサーチが役に立つ商品だって絶対にあるよ」
常に有能であったアレクにとってはあまり嬉しくない評価かもしれないが、こいつは努力型の秀才だ。
シャルロや・・・俺(もかな?)のような閃き頼りの天才タイプではない。
「そうだろうか・・・」
ああもう、鬱陶しいなこいつ。
何だってここまで落ち込んでいるんだ?
「俺やシャルロのような、ある意味閃きと思いつきで生きている人間ばかり集まっても実務がこなせないだろうが。新しいアイディアとかを思いつく方が派手で貢献しているように見えるかもしれないが、現実路線を見据えて商業のことを分かっている人間も必要なんだよ。
確かに、お前さんの担っている役割は魔術師じゃなくっても出来るかも知れないが、俺たちにはお前ほどのコネがあり、お前ほどの細部への拘りがあり、お前ほどの商才があって信頼できる知り合いなんて、一般人だろうが魔術師だろうが他にいないんだ」
ふう。
アレクが深く息を吐いた。
少しは肩に入っていた力が抜けたかな?
「ちょっと実家で兄の部下が話していた会話を一部聞いてしまってね。
少し落ち込んでいんだ」
「最初からお前は開発よりもビジネス・マネージャーとしての役割重視だっただろうが。だから取り分2割の代わりにシェフィート家とのビジネスに関して手数料を取ると言う形にしたんだろ?
・・・と言うか、お前が仕事を持ってくる場合は別に相手がシェフィート家でなくても手数料制にするべきじゃないか?」
「まあ、その点に関してはそのようなビジネスが発生した時点で考えよう。私としては流石に実家のライバルを儲けさせたくは無いから、シェフィート商会がどうしても優先度が高くなるし、他の商会にしても私のことを警戒してあまりこちらにビジネスを持ちかけては来ないだろう」
グラスを持ってきてシャルロの兄さんのシャンペンを注ぎ、アレクに一杯渡して俺も飲む。
うん、流石侯爵家。美味しい。
「まあ、それなりに順調に行っていれば俺はいいんだ。細かいことはその段階になって考えよう。
一人で開業しようと思ったら色々実務的な点が面倒だと俺は思うが、お前さんはそう言うことが好きなんだろ?ちょうど良いじゃないか」
「そうだな」
「アレクももっとラフェーンと時間を過ごさなきゃ」
アレクが復活したのを見てシャルロが唐突に提案した。
「「は?」」
「ユニコーンは気の濁りを払う能力があるんだよ。だから変なことを聞いて悩んでいる時もラフェーンの傍にいたらもっと客観的に物事を見れるようになるから」
そうだったのか。
「幾ら乙女に見えるからと言って、嫌がらずに純白のユニコーンの使い魔殿ともっと時間を過ごすんだな!」
ふふふ。
俺がからかうのもアレクがちゃんとラフェーンと時間を過ごさないことの原因かもしれない。
悪いな。
でもねぇ。
ここまで笑えることはどうしても見逃せない。頑張って面の皮を厚くしてくれ。
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