第8話 星暦552年 赤の月 14日 現象

「すいません、お忙しい時に」

パディン氏が恐縮しながら先ほどからお礼を繰り返している。


「いえいえ。これは俺たちの家ですし、この冬の寒い最中に無理を言ったのはこちらですから」

新年の寒い時期に引越してきた俺達だが、家の中は適当に住みやすいように手を加えたものの外の敷地に関してはちょこちょこ問題点があった。


例えば、庭のかなりの部分が外から丸見えなこととか。

かと思えば日当たりのいい部分は雑草モドキ(もしかしたらハーブ菜園の残骸なのかもしれないけど)に占領されている。


ということでパディン夫人の旦那がリタイアした植木屋でそれなりに暇を持て余しているとのことなので幾つかの点を改善してもらうことにした。


本当ならば地面の固い冬の最中にそんなことはしたくなかったのだろうが、俺たちとしてはラフェーンやアスカの姿が通りからあまりに見やすいと色々困ることがあったのでちょっと無理をいって来てもらった。


来てもらって早速敷地の南端に生垣を植えてもらったのは良かったのだが、東側に取り掛かった時にパディン氏の鍬の刃が折れてしまったのだ。


ノルデ村には鍛冶屋はない。なので王都に行かなければならないから今日は休むとパディン氏が言ってきたので俺が修理を買って出た訳だ。


金床代わりに掘る予定だった地面に鍬を置き、折れた刃を繋ぐように置いて周りに要らぬ鉄を幾らか積んでから、魔力で直接鉄の温度を上げ、槌で叩いて刃を繋ぐ。


何度もたたきながら折れた刃の繋がりを強く密なモノに変えて行く。

魔力をコントロールすることで刃の温度を透き通るような赤から黒ずんだ黒まで何度も温度を練る。


鍬の歯が元々の状態よりも更に強くなって初めて満足して俺は手を離した。


やっぱり鍛冶はいい。

ここにもプチ鍛冶屋を開こうかな。こう言う修理の需要はそれなりにあるだろうし・・・。


「どうもありがとうございました。術を唱えなくても鉄をあんなに熱く出来るなんて、驚きました」


「ははは、これは魔力で直接刃の存在を揺さぶって熱くしただけさ。出来る範囲は小さいが、代わりに術を唱えるよりも効率的なんだよ?」


そう、術と言うのは魔力を意志と言葉でまとめた形に練り上げるプロセスだ。

だからただ単に魔力を放出するよりも複雑なことができる。だが、ただ単に温度を上げると言ったような単純なことをするならば直接魔力を放出して対象物の構造そのものを揺り動かして熱を与えていく方が早く、効率的に出来る。


考えてみたら、炉なしでも鍛冶が出来るじゃん、俺。


・・・というか、術回路も術を構成させるのではなく、単に熱を出すように魔力を放出させればいいじゃん!


あっけにとられたパディン氏を放置して俺は家へ駈け込んだ。


◆◆◆



「術なんていらないんだ!」


工房に駆け込んでくるなり叫んだ俺をアレクとシャルロがあっけにとられたように見つめた。


「「は?」」


息を整え、そこに入れたあったシャルロのお茶を奪い取って一気に飲み干す。

「あ!

程良く冷めてこれから飲むところだったのにぃ・・・」


水を入れたポットを手に持ち、俺は直接魔力を放出させて熱湯へ変えた。

「熱っていうのは最も原始的な現象なんだ。術なんてモノをかけなくても、魔力の放出方法を工夫すれば効率良く物は熱することができる。

だから術回路も術を造ろうとするのではなく、単に効率的な形で魔力を放出して欲する現象を生じさせればいい」


中の水を沸騰させたポットにティーバッグを放り込んだ俺を驚いたように見つめていた2人だが、アレクの方が先に立ち直った。


「なるほど。

欲する現象次第だろうが、加熱は確実に単純な現象だな。

やり方は既に分かっているのか?まだ考え中ならば俺も手伝うが」


俺が答える前にシャルロが声を上げた。

「ねえ、そう言えばこの湯沸かし器の形ってどんなものにするの?そっちのデザインとか注ぎやすさももう考えた方がいいかも」


・・・。

そういえば、術回路に夢中になっていてデザインのことは放置していたな。

「俺の方は大丈夫だ。魔剣作りに色々試していた術回路モドキが使えると思う」


「では、術回路の方はウィルにアイディアがあるようだし、私が形に関しては幾つか試作品を造ってみよう」

お茶を注ぎながらアレクが決める。


しっかし。

術を造ろうと悪戦苦闘していた自分が哀しい・・・。

な~んか、盲点って思っていたよりも多いなぁ。


でもまあ、これで開発が進む可能性が高いと考えれば、文句は言っちゃあいけないな。

後はちゃんと想定通りに発熱現象を効率的に引き出せるかだな。


外側はアレクに任せるとしても、機能に関してチェックする為に試作品を作ってみよう。











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