第10話 星暦552年 赤の月 29日 完成

「うん、良い」

作業台の上に置いた湯沸かし器を見ながらアレクが満足げに呟いた。


機能としては、ある意味火器コンロの小型版でも代用できないことは無いレベルだが、我々の作った湯沸かし器はそんな単純な物を遙か彼方に置き去ったスグレモノになった。


まず、発熱・除熱効果。

俺が造った加熱の術回路のお陰で普通に火器コンロにやかんをかけるのと同じぐらいの速度でお湯が沸く。そしてシャルロが開発した感熱性の高い素材を使ったセンサーで好きな温度に温度設定してお湯を保温できる。

除熱は流石にそこまで機能は良くない。魔石の利用効率を考えると、温い液体を入れて冷やすよりも凍結庫フリザーで造った氷を入れて飲み物を冷やしてからこれに入れる方がいい。だが、一度冷えた飲み物は大して魔石を消費せずにそのままの温度を保つ。


そして、保温性。

感熱性の高い素材を造った際にシャルロが『ついでに』見つけた遮熱性の高い素材を内側の容器に使っているので、今までの商品に無いぐらい、保温性がいい。

だから一度求める温度になった後はごく僅かな魔石の消費で保熱が可能になった。


更に、機能性。

凝り性のアレクがひたすら研究した結果、水量がどれだけあろうと、上の蓋の一部を押し下げるだけで一定量のお湯が出る仕組みが出来た。パディン夫人に押しやすい力のレベルを試してもらい、ダビー氏に造りやすい構造にする為の単純化などを手伝ってもらい、今まで無かったのが不思議なぐらい使い勝手のいいモノが出来た。


うん。素晴らしいよ、俺たち。

アレクの兄貴はきっと驚くだろうぜ。

見事な商品をゲットしたと褒められるんじゃないか?


ちなみに術回路と素材は魔術院、容器の構造は技術院に特許申請してある。

とは言っても、容器の構造に関しては『火傷事故を減らせる』ということで使用料をタダにアレクが設定していたけど。


なんでも、特許料を取る気が無くても、申請はしておかないと勝手に他の人がそれを申請したりすることがあるらしい。

少なくとも無料であろうと登録さえしておけば自分の発明物を使うのに使用料を請求されるなんて羽目にはならないで済むし、無料にしてあるので横流しされてもそれ程腹が立たない。


しかも無料で使いたい工房が、俺たちの特許の模造版が登録されない様見張ってくれるはずだ。


「うん、凄く良い物が出来たよね。却って単純なものだから色々工夫に集中できた感じ。

依頼品が無い時は、現存の魔具を改良するのも面白いかも」


「今回は幸いにもいい術回路が造れたな。毎回こうも都合よく行くとは思えんが、幸先のいいスタートだった」


ふふふ・・・と怪しくアレクが笑った。

「幸先がいいと言えば、ティーバッグは大成功らしいぞ。生産が追い付かなくって工場の方では毎日残業の嵐らしい。ウィルの高級用ティーバッグも順調に大型契約が伸びているそうだ」


ほほう。

『怖いほど喜んでいた』アレクの母親の営業戦略の勝利のようだな。

あれはアレクが俺個人の名前で特許を申請してくれた(勿論アレクには申請の手数料を取られたけど)のであれが売れたら俺の収入が増えるから、嬉しいことこの上ない。


「大型契約先に、最初の3カ月ぐらい湯沸かし器を試用品として提供したらどうかな?

気に入ったら3カ月後に買い取って下さいって言って」

シャルロの提案に思わず俺とアレクが彼をを凝視してしまった。


「凄く良いアイディアじゃないか。お前がそんなやり手なことを思いつくなんて、びっくりだ」

おっと。ちょっと正直すぎたかな?


「ふふふ~。この前、母上がフェリスちゃんに会いに来た時に話していたら、提案されたの。新しい商品は出来るだけ多くの人に効果的に試してもらうのが重要だって。

だからティーバッグを大量購入するところなんて良いんじゃない?」


シャルロの長兄の娘さんはオレファーニ家の皆から溺愛されてアイドル路線を爆進していて、メロメロなシャルロもしょっちゅう実家に遊びに戻っているのだが、どうやらフェリス嬢は日中にシャルロが家族と話し合う場も提供してくれているらしい。


アレクが頷いた。

「確かにな。社交好きな貴族や大商人の奥方に提供するのもと良いかもしれない」


うっし。

これなら順調に俺たちの商品が売れそうだぜ。


やっぱりじっくり集中して時間をかけて拘って開発すると良い物が出来るよな。

乾燥機だってそれなりの物を造ったつもりだったけど、やはり色々忙しい最中にやったから内容が少し雑だったかもしれない。


・・・雨季前にバージョンアップということで改良版を売りださないか、提案してみようかな?

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