第3話 星暦552年 赤の月 4日 湯沸かし器

初作品の乾燥機は、ダビー氏のアドバイスに基づいて色々手を加えた後、シェフィート商会に売り付けた。

久しぶりに降った雪で遊びに夢中になってびしょぬれになった厚手のコートがあっさり乾いたことからも便利であることが確認できたし。


その話をしたら買い取り交渉に来ていたアレクの兄さん(ホルザック:長兄ね)もそれなりに乗り気になっていた。


勿論買い取る前に自分の方でも濡らしたコートやらタオルやらソファーやらに対して使ってみて効果を確認していたようだが。


俺たちが作り上げた乾燥機の一番大きなところはその首振り機能と、自動温度制御だ。熱くなったら発火する前に消え、温度が下がったら再び熱くなる。術回路そのものが画期的というよりは幾つかの術回路の利用方法が新しいと言えよう。


これがちゃんと特許で保護されるかは微妙に心配だったのだが、魔術院に確認した結果、術回路の使い方と言うのは術回路そのものと同じぐらい魔術の効果的な利用の為には重要であるから、保護するに値するという結論がめでたく出たのでちゃんとこの発明も特許で保護される。


とは言え、利用している熱吸収とか発熱の術回路に対する特許料を俺たちも払わなきゃならないんだけどね。

いつか、俺たちも術回路そのものも開発して全部自前の魔具を造りたいもんだ。


乾燥機に関しては俺たちの1カ月分ぐらいの生活費と、売上の一部(100分の2)を受け取る権利とで売れた。

まあ、造るのに1カ月ぐらいかかったから丁度いいくらい?願わくは人気商品になって継続的にお金を産んでくれると嬉しいが。


◆◆◆


「アレクが既に話したかもしれないが、シェフィート商会としては幾つか開発してもらいたい商品がある。我々としても新しい商品と言うモノはそれなりにリスクがあるからね。君たちに頼むのはまず小さいものから始めたい」


パディン夫人が淹れてくれたお茶を手に、ホルザック・シェフィートが俺たちに説明する。


「今回頼みたいのは、湯沸かし器だ。一々台所で火器コンロにやかんをかけなくても良いように手軽にリビングルームでお茶を入れられるようにしたいと妻が言っていてね。調べてみたところそう言う商品に対する需要はそれなりにあると思うから、造ってもらいたい」


なるほどね。学院長なんかはポットに入った水へ直接バルネの術をかけてお湯を沸かしていたが、普通の人はそう言う訳にはいかないよな。


ある意味、小型の火器コンロをリビングに置いてもいいんだが、無駄だし見た目も悪い・・・かもしれない。


ふむ。

そう考えると、見た目もすっきりとリビングに置いても問題の無い物にしないといけないな。


「分かりました。報酬は乾燥機と同じでいいでしょうか?」

アレクが俺たちと目を合わせて意志を確認してからホルザック・シェフィートに返事した。


ホルザックの左眉が少し吊り上げられる。

「湯沸かし器の単価は乾燥機のそれよりも大分安いぞ。そう考えるとちょっとその報酬は高くないか?」


「その代わり湯沸かし器の方が売れる個数が多いでしょう。

何でしたら、一時金を半額にする代わりに売り上げに対する報酬を100分の5ということでもいいですよ?」

アレクが応じた。


基本的に報酬に関する交渉はアレクがすることで既に俺たちの間では話しがついている。

元々、このビジネスを始めようと決めた時にシェフィート商会が依頼したいと考えている幾つかの商品については聞いていたし、アレクが考えている報酬も説明されている。


販売個数が多いと考える湯沸かし器の場合なんかは、一時金よりも売り上げに比例した報酬の方が良いらしい。

高いのを少数と安いのを多数だったらどちらも売上総額は変わりが無いと思っていたのだが、新しい商品というのは安い目の方が『役に立たなくても諦めがつく』と考える人が多いので単価が低い物の方が総売り上げが高くなる傾向があるんだそうだ。


「分かった。乾燥機と同じで良いとしよう」

あっさりホルザックが最初の額に応じた。

やはり売上比例の報酬が多い方がいいと言うのは本当だったようだ。

・・・そうなるともっと頑張ってそちらにして欲しくなってくるが、まあ俺たちのビジネスも新しいから信用を築きあげるまではあまりごり押しはしない方が良いだろう。


「そう言えば、俺たちが造る商品には何かシリーズ名をつけてくれないかな?」

この間、スタルノと話していてふと考えたことを思い出して提案する。


「どう言うことだ?」


「俺たちの商品に対する信頼を分かりやすい物にする為というか。名前そのものは人気が出そうなものを適当にそちらで決めていいんだけどさ、『スタルノの魔剣』が普通の魔剣より高く売れるように、俺たちが開発したっていうのが分かるような共通のネーミングをつけて欲しい」

スタルノが鍛えた魔剣は普通の魔剣より5割増しぐらいの値段で売れる。それが彼の名前に対する信頼だ。


彼の魔剣には彼の銘が入っているから例え中古になっても『スタルノの魔剣』というネームバリューは残る。

俺たちの商品は俺たちが造るものじゃないから勝手に銘を入れる訳にいかないが、出来れば名前で決まったシリーズ名を使ってくれれば将来的には『あのXXシリーズの開発者が造った商品』ということで他の商会で売る場合にもプラスになってくれるのではないだろうか。


「なるほどね」

お茶を口に含みながらホルザックが考える。

「確かにこれから色々新しい商品を売りに出すなら、君たちが造ったものなら信頼できると思わせるようなブランディングをしておく方が売りやすいかもしれないね。分かった、何か適当なシリーズ名を考えさせて君たちの商品だけにそれを使うようにしよう」


うっしゃ。

後は街中の人間が買いたくなるような湯沸かし器を考えるだけだ。


機能もだが、どんな見た目がいいか、リサーチもしてみないとだな。

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