第十三章 入り乱れる人々 

大森智香は今の自分の行動に明らかに戸惑いを感じていた。しかし、彼女の身体の震えはもう誰にも止めることは出来なかった。脅えの震えではなく、何かをしなければ・・・という気持ちを昂ぶらせる心の状態であった。しかし、

 「あたいに、何が出来るの?何が出来るのですか、お母様?あっちで・・・あの一年で習い、教えてもらった呪術や剣の技術は・・・みんな忘れてしまいそうなのです」

 智香は叫び声を上げた。

 「ああ、どうすればいいの?でも、お母様、あたいは、孝子だけは絶対助けて見せます。お願いでず。あたいに、いや私に力を与えて下さい。どんな力でもいいのです」

 この後、彼女の言葉は詰まったが、

 「お母様」

 と、智香はもう一度語り掛けた。何処にいるか分からない存在に・・・。彼女は手を、両手を強く握り締めた。人が願いを強く願う時のように。そう願う時、母真奈香が智香にいつも言い聞かせていたことだった。そして、彼女の手の中には、さっき一矢から返された双竜王の珠が一つ握られていた。

 「あぁ・・・」

 彼女の昂ぶる気持ちは誰にも抑えられなかった。

「あたいは、何をしようとしているの?どうやって、孝子を助けるというの?」

 (だめ。だめ。こんなことでは、だめ!)

 智香は、「孝子・・・」

と、叫んだ。

「孝子・・・目を開けて」

 だが、孝子は気を失ったままだった。


 「来るか!誰だ、お前は・」

 五郎太は何も武器を持たずに動き回る少女を睨み付けた。彼には今の状況は分からない。彼は洋蔵を探しだし、求めてきたのだ。そこに、たまたま白虎と青龍がいたのである。彼は洋蔵に目をやった。こいつは誰だ、という目をしている。

 五郎太が智香のことを聞いて来ているのを、洋蔵はすぐに察した。だが、今智香のことを説明している時間はなかった。また、する積もりもなかった。五郎太には関係のなかつた。

 洋蔵の動きは早かった。洋蔵は智香の動きの早さに驚いていた。それに、智香から伝わってくる気の強さは数分前感じた気とは比べものにならないくらい強いものだった。

 (だが・・・)

と洋蔵は思う。お前の気は人間が心の中で願う気・・・ただの気持ちだ。闘う気ではない。

 「まだだっ」

 と洋蔵は叫び、五郎太に突進する智香の前に立ちはだかった。まだお前は俺の力には及ばないと言いたいのだ。

 智香は洋蔵の前で立ち止まった。

 「退いて。あんたには関係ないのよ。あたいは、孝子を助けたいの」

 智香は興奮していた。

 「たかこ・・・」

 洋蔵は振り向き、五郎太に抱かれている少女に目をやった。

 「孝子・・・か。そうか、そういう名なのか。そうか、あの時にもいたな」

 五郎太は智香を抱かかえ直して、にやりと笑った。自分では納得しないような表情を見せた。

 「あなたには関係ないことです。私がやります」

 洋蔵は五郎太をにやりと一瞥した。だが、五郎太には洋蔵の気持ちを理解する気はないようだった。洋蔵は少し不快な表情をしたが、そんな五郎太を無視して智香と闘う体制に入った。

 「俺とお前はどうしても闘わなければならない宿命なのだ」

 「どいて。知らない。あたいは、何も知らない。四百余年前に何があったのか、私は知らない。いろいろ考えたけど、やっぱり知りたいとも思わない。宿命なんて、あたいは知らない」

 「ぎゃー」 

智香は絶叫した。今の智香にとって、洋蔵が言い続ける宿命なんてどうでもよかった。母真奈香は何かを言い残したかったのかもしれない。しかし、彼女は意図的に何も言い残さずにいなくなってしまったのか。だとしたら、

「お母様は、あたいに何をしなさいというの?」

 「どかぬ。さあ、俺とお前の宿命を、呪われた宿命の決着をつけよう。今ここで決着をつけよう」

 洋蔵は闘うという気概を持った智香は十分感じていたのだが、気持ちの何処かで洋蔵には理解し難い躊躇を感じ取れた。

智香はふっと呟く。

「なぜ、あいつの心がこんなにもひしひしと伝わってくるの。何なの。あいつは何なの?」私はなんなの。彼女は言葉には出さなかったが、今彼女の乱れっぱなしの気持ちは体の中を激しく渦巻いていた。疑問だらけの今だが、一つだけはっきりしているのは、

 「やる。絶対に孝子を、あたいの孝子を助ける」

 ことだった。

智香は闇の空間に思いっきり叫んだ。

 「誰か知らないけど、あたいに闘えと言っている人よ、お母様・・・ああ、そうであってほしい。でも、今はそれを望まない。ただ、今は、力を、あたいに、力を」

 智香は祈った。母真奈香は言った、望みなさい、何よりも心から望みなさい、そして祈りなさいと。だから、

「あたいは今、心から望み祈ります。力を、闘う力を私に下さい」

 智香は手を重ね合わせた。その次の瞬間、智香の体に変化が現れた。だが、変化した智香の体はすぐに消え、元の彼女の姿に戻った。

 この時、五郎太は瞬間脅えた表情を見せた。だが、智香の変化が一瞬だったので、彼の脅えも消えた。


 白虎はうっすら目を開け、そんな智香の様子を見た。

 「あれは・・・」

 白虎の言葉は消えた。


 一矢は動きかけた身体を止めた。

 「何が・・・あの子に何が起ころうとしているのだ」

 一矢は心の中で、やはり面白いという気持ちはあった。そして、その気持ちとは別に、あの子、智香に対する感情の揺れをはっきりと意識していた。彼にはその感情のゆれが何なのか分からなかったのだが・・・。

 今は・・・あの子を助けるしかないと一矢は決心した。まだ、あの子には無理だ、と一矢は思った。だが、智香に何かが起こりかけているのも事実だった。そうだとしても、まだ無理だ。そう思う一矢自身もこの闘いに勝つ自信はなかった。


 大森智香は、確かに声を聞いた。聞き覚えのあるやさしい声だった。

 「誰ですか?」

 智香は尋ねた。

 返事はなかった。時間はゆっくりと進んでいた。智香に闘う宿命を背負っている事実を認識させようとしているかのような時間の経過だった。

 「私は、あたいは、なぜ闘わなければならないのですか?この人のいう、宿命ですか?洋蔵の言う、呪われた宿命ですか?いやです。あたいは、そんなのはいやです。あたいは、みんなと・・・美和ちゃん、孝子、卓くんたちと仲良く暮らせればいいのです。それに」

 智香は、ここで言葉が詰まってしまった。こう言いながらも、彼女は洋蔵に立ち向かって行こうとしていたのである。

 「なぜ?」

彼女は自分に問い掛け、苦笑いをした。

 「待て!」

 飯島一矢は智香の前に立ち、彼女の身体を抱きしめた。智香は一矢にぶつかっていったことになるが、彼女の身体は一矢に吸い込まれるような形になった。

 「俺がやる。奴と闘い、君の友達を助けてやる」

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