第四章
津田英美は展示フロアの一番奥にある小さな応接室で、あいつ・・・高梨達也と向かい合って座っていた。英美は、この若い男の・・・
実際の所英美は達也の歳は知らない、達也が年上だろうが年下だろうが英美には関係ない,
取り払えるものなら今感じている恐怖を消してもらいたいのである・・・達也の何処に今感じている恐怖感が潜んでいるのか、呼び出される度に考える。確かに体格はいい。馬鹿でかいという印象を受けるが、彼が恐れているのは、それからの印象から受ける恐怖だけではない。彼はそのことを良く知っている。高梨達也には別の面にある。
「何か、御用ですか?」
英美は達也を恐る恐る見た。身体が震えるのは、どういう言葉が返って来るのか気になっているのである。
「だから、呼んだのです」
高梨達也の表情に変化はない。芸術家らしい繊細な顔は確かに整っていたが、感情が豊かな顔はどこか女性的にも見える。英美の体は彼の発する言葉一つ一つに震えた。
「あの子、何と言いましたか、おおもり・・・智香ですか。良く見張っていて下さい。双竜王の珠というものを持っているはずです。いいですか」
高梨達也はこういうと黒いジャンパーの内ポケットから淡く輝く珠を取り出した。その珠の輝きは鈍かったが、鈍い輝きの波長は波打ち生きているように見えた。
津田正友は一瞬顔色を変えた。だが、すぐにその顔色の変化を気付かれまいと強引に消した。
「これです。こういう珠です。これは偽物です。実によく出来ていますが、贋物です。絶対にあるはずです。何処かで見かけませんでしたか?あの子の家の何処かにあるはずです。探して下さい。あの子が体から離さずに持っているかも知れません。本物を、この手で持ち、私が確認しました。ところが、私の不手際から二つの球とも、この手から手放してしまいました。もし見つかったら、あの子が持っていたのなら、あの子から盗んで、私に持ってきて下さい」
高梨達也は感情を込めずに、たんたんとしゃべっている。。彼の目は英美を見据え、心の中を読み取ろうとしている。
英美はうすく光っている珠に目を奪われていた。彼の体は小さく震えていた。その震えに彼は気付いていたのだが、達也に対する恐怖心が伴っているため、震えが止まらず、どうしようもなかった。この男に気付かれない素振りをするのが精いっぱいだった。
「でも・・・」
英美は言った。言ったのはいいが、後の言葉が続かない。彼には自分が、それに似た珠を持っているのか分からなかった。孝子の部屋に入ったのは彼が一番最後だった。しかも、砂代が入り続けて刑事らしき男が入った。二人は部屋の中の荒れ様に気を取られていて、そのため後から入った英美の行動は誰にも見られなかったのである。光りを失っていた珠を手に取り、隠したのは反射的な動作だった。その後、宙に浮く大きな化け物に気付いたが、英美にはそれに反応する余裕はなく、孝子の部屋から出た。
英美の体は恐怖のため極度に緊張していて、少しでも気を緩めれば倒れてしまいそうだった。彼にはこの珠の意味を知らない。今の所、たまたま目に入ったので手にしたというのが正しかった。だが、今彼はある欲望を持ってしまった。彼が大森六太郎の秘書のような仕事をして知った六太郎の秘密と不思議な輝き方をする珠を、彼の想像が結び付けてしまった。その想像から得たものを、彼は誰にも言わなかった。
「でも、何ですか?」
高梨は冷ややかな声で聞いてきた。
「いや、何でもありません」
英美は答えた後、高梨を見つめた。彼の目は怯えていた。
「今日のあなたは、変ですね。どうかしたんですか?変ですね・・・」
高梨は笑った。声を出さない。この男が声を出して笑っているのを、英美は一度も見ていない。そんな彼を、余計に不気味に英美は感じていた。
「別に、何でもありません」
英美は身体中に力を込め、動揺する気持ちを抑えて答えた。
「それなら、いいんですが。いいですか、お前は私に従う義務があるのです。その目は何ですか。疑問を持っているようですね。お前は私の恐ろしさを良く知っているはずです。もう忘れましたか?」
高梨の言葉は優しい。しかし、英美自身がこの男の恐ろしさを良く知っていた。忘れるはずがない。それを思い出す度、いや心に隙を作った時は、いつも英美にそれが襲い掛かって来ていた。
「ふふっ、観念したようですね」
高梨は満足気に笑った。
英美は店に戻る途中、二度後ろを振り返った。だが、三度は振り返らなかった。彼は確かに高梨達也に限りない恐怖心を抱いていた。それでも、彼は自分の欲望を心に堅持していた。彼は大森六太郎に従い、何度も志摩に行った。その時の六太郎の不可解な行動を目にしていた。六太郎は志摩に行くと、決まって何処かに消えた。彼は不可解に思い、何度か後を付けたことがある。しかし、いつも六太郎を見失ってしまった。
英美には大森六太郎の秘密が何であるのか分からない。しかし、何か分からない所に彼の興味はあった。英美には六太郎の秘密を見つけ出す自信があった、きっと俺を満足させるものであるに違いないと。英美は胸の内ポケットに手を入れ、あの珠が入っていることを確認した。
英美はにやりと不敵な笑いをした。この珠が、高梨達也の言っている珠なのか、彼には分からなかった。六太郎が時々話していた大きな力を得て、この果てしない空間を支配することの出来る珠なのか、彼には分からない。だが、彼はかってに確信している、これがあの珠だと。
(それにしても、俺がそんなものを得て、どうするんだ!)
まあ、いいか。そんなことは、その時考えればいい、と英美は思うのだった。
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