最終話 聖女は幸せに暮らしました。
――――ふばぁぁぁぁ!
何か、物凄く寝たぁ! って気分で、目を擦りながらむくりと起き上がった。
私何してたんだっけ? あぁ、何か気だるい。気だるいけど、寝るのはもういいやって気分。
「あれ? 何でピンク着てんの?」
頭を取り戻して以来、断固拒否していたピンクのワンピースを着ていた。リーゼに着替えさせられた? こけしには似合わないから嫌だって言ったのに。
急にガシャァンとガラス系が割れる音がして、ビックリしつつ音がした方を見ると、何かやつれ気味のルイス様がいた。
「るい――――」
「マリカ! マリカ! っ、ああぁぁぁぁぁぁ!」
「ぉえ? るい――――んぐっ!?」
ルイス様にガシッと抱き締められた。そして、ルイス様は何でか泣き叫んだ。悲痛な声で。
何事かと聞こうとしたのに、次の瞬間には貪るほどのキスをされた。
「えっ……二ヶ月!?」
ワタクシ、二ヶ月も寝ていたそうです。
ルイス様と…………えちえちした……えちえちしちゃったよ! うほぅ!
…………ゴホン。
ルイス様とエッチして幸せいっぱいになった。その、幸せいっぱいの勢いで世界を私の魔力で包んで、癒やしの範囲魔法、世界補完バージョンを繰り出したそうな。
魔力がスッカラカンになってしまい、落ちた、と。
「マリカ……苦しかったり、痛かったり、何か不調は起きていませんか?」
ベッドに戻されて、頭やら頬やら腕やら肩やらを……まぁ、全身? サワサワ、ナデナデ、チュッチュされた。
別にきつくも無いのに、ベッドに入っていなさい! と怒られた。
しょんぼりである。
ルイス様はベッドの横にイスを置いて座ってる。私もイスに座りたいなぁ。苦しくも痛くも無いのになぁ。
「うーん、不調? あ、このワンピースやだ」
「…………気に入りませんか?」
「うん。似合わないもん」
「似合っています」
なぜかルイス様はムスッとした。何でだ?
「似合ってないよ。コレ、可愛すぎるもん」
「私はっ、貴女に似合うと思って…………作らせた」
作らせた? ルイス様が? この寝間着のワンピースを? え、コレ、フルオーダーとか言うやつなの!?
「…………似合っています」
「ええっとぉ……はい、ありがとうございます?」
「マリカ、本当にどこにも異常は感じないのですか?」
「へい、全く、一ミリも、欠片も」
「……聖女の力なのか?」
ルイス様が難しい顔をしていたが、私はそれどころでは無いのだ。
「あのー」
「はい?」
「けっけけっ結婚んんっ、とかって、その…………どう、なるんですか? ルイス様は王族だし…………お姫様…………こっ、ごんやぐぅぅ……」
思い出したら、涙と鼻水がドバッと、溢れ出してしまった。
あの日、浮かれて失念してたけど、ルイス様は王族で、他国のお姫様と婚約する予定だった。って事は、国同士の約束だったはずだ。それを、やっぱやーめた! とか、出来るはずが無い。
「ハァ…………なんだ。そんな事ですか」
「っ!? ぞんだごどって、だにっ!? わだじ、うぅっ…………ルイズざばのばがぁ! ギライッ」
そう言った瞬間、ドサリと後ろに押し倒された。
「ふべっ!?」
本気で不安になってるのにって、言いたかった。でもルイス様に押し倒されて、覆い被さられて、スカートたくし上げられて、頭が真っ白になった。
「大体、その『ルイス様』も止めて欲しいんですよね。一回しか呼んでくださいませんでしたね? 貴女は誰のものか、私は誰のものか、ココに、もう一度教え込みましょうか?」
そう言って、見せられたのは…………モッサリした布のオムツだった。
「貴女が目覚めない間、ココのお世話は誰がしていたとお思いで?」
「!? なっ…………え!?」
そうだ…………排泄する、よね? 人間だもの。
「なななななんで、ルイス様がっ……そっ、そこのおしぇわをっっ」
「私以外に見られてたまるものですか!」
すみません、ヤンデレ感のある発言よりも、介護されてた衝撃の事実の方がデカ過ぎて、また泣きそうです。主に羞恥の方で。
「っ…………お嫁にいけない」
「私がもらうと言ってるでしょうが!」
「……ルイス様と結婚していいの?」
「ルイス!」
「るっ、るるるるイスっ」
噛み噛みで呼んだらじっとり睨まれた。
「るっ、ルイス、あの、普通のパンツ……穿きたいです」
「何故?」
なぜ? なぜぇ!? 二十一歳なのにおむつなのは恥ずかしいから、デスヨ!
「この前の仕切り直しをしましょう」
「っ!? り、りーぜぇぇぇぇぇぇ! たーすーけーてぇ!」
叫んだら、リーゼは直ぐ様駆け付けてくれた。
リーゼには目覚めて良かったと泣かれた。カレルヴォさんは自分が昏倒してしまったせいだと言った。そもそもは、ルイス様のせいでは無かろうか。そして、私がぶっ倒れたのは、たぶん、私のせい。皆に謝った。
目覚めて数時間後、陛下に謁見して、陛下にも謝った。こんな脳筋疑惑の聖女が来て申し訳ない。
「何を言うか。元は……私が呼び出すよう命令した」
だから、と陛下が続けた。私を恨め、と。決してルイスを恨むな、と。
「今更そんな事を言うのか、とは思うだろうが…………。頼む、ルイスと結婚してくれぬだろうか? あいつは聖女殿を心から愛しているようだ。あいつは、あまり幸せな子供時代を送れなかったのでな、全てを包む聖女殿の優しさに、母性に、縋っているだけだと思っていたが……どうやら本気のようなのだ」
『全てを包む聖女殿の優しさ』とはこれいかに。ワタクシにそのような要素は微塵も見受けられませぬのでございまするがぁ!
「はははっ! 謙遜するな」
いや、謙遜とかでなくですね、はい。
でも、これだけは確認しよう。確認大切! 言質も大切!
「ルイス様とお姫様の婚約はどうなるんですか?」
「聖女殿が世界を癒やしたのでな、全てが白紙に戻された。先月、各国代表が集まり行われた話し合いでも、聖女殿は我が国で保護し、各国からの要請をルイスが受取り纏め、聖女と共に癒やしの活動をする事となった」
勝手に決めて済まぬな、と謝られたけど、そこは割とどうでもいい。
「……結婚していい?」
「あぁ! 愚弟をよろしく頼む」
「はいっ! 陛下ありがとうございます! よっ、イケメン!」
「ふっ、フハハハハハ!」
「イヒヒヒ!」
二人で笑っていたら、ルイス様が謁見室に入って来て、なぜかめっちゃ睨んで来た。ボソリと「浮気か? マリカはイケメンなら何でも良いのか?」とか「……殺るか?」とか何か物騒な言葉を呟いているを拾ってしまった。
「ルイス様っ! 陛下がね、結婚して良いって! えへへへ。嬉しいね! えへっ…………えへへへ」
取り敢えず、報告と、ちょっと本気の照れ。と、本気の涙が溢れてしまって、ルイス様に抱き着いてギャンギャン泣いてしまった。
ルイス様と手を繋いでニコニコ笑顔で城下町を歩く。
体調も大丈夫と太鼓判を自分で押して、外出許可をもぎ取った。
オムツはちゃんと普通のパンツに替えたよ!
ちょっと前にギャン泣きしたけど、やっぱり目元は赤くならず、スッキリ。美しく……は無い。もともとその要素は持ち合わせていないので気にしなーい!
目的地の前に着いて、教会のような建物の中を覗いた。
建物の中では、小さな子や少し大きな子が一緒になって歌を歌っていた。なんの歌かは知らないけど、とっても良い歌だった。
「…………チロルちゃん」
私は聞いてたから覚えている。『深めの青い瞳に、夕焼けのような赤い髪』ふわふわの髪の毛を揺らしながら楽しそうに歌っている女の子、あの子が絶対にチロルちゃんだ。
「あー! ママ! ママー!」
歌っていたチロルちゃんが、ドアから覗き込んでいた私達を見て……私を見て『ママ』と呼んでくれた。膝をついて手を広げ、走ってくるチロルちゃんを抱き止めた。
「チロルちゃん、久しぶり。遅くなってごめんね」
「ママ、まぁまぁぁぁぁ! うわぁぁぁぁん」
「チロルここ、楽しい?」
「……ゔん」
「そっか、良かった。よく私って分かったね?」
何でも、私の肖像画があるそうな。チロルちゃんが「みせてあげる! とくべつ、だよ?」と、手を引いて連れて来てくれたのは院長室だった。チロルちゃんと院長室のドアをちょこっとだけ開けて中を覗く。院長らしきおじいさんが、机で書類仕事をしていた。
「ん? またチロルかい? 静かに見るならば入ってもいいよ」
「はーい! しちゅれいしまっす」
「失礼しまーす!」
「失礼する」
「え……」
チロルちゃんに「これだよ!」と指差されたのは、ピンク色のワンピース姿のデュラムセモリナな聖女の絵と、ルイス様と美しい黒髪ボブの白いドレスの女性の絵の二枚だった。
「デュラムセモリナはまだしも、この美人誰!?」
「…………デュラハンです」
「デュラハンさん? どこのどなたでごぜーますか……浮気ですか? もしや、これが例のお姫様ですか!?」
黒髪が少ないというか、ほぼいないっぽいから、唯一の……とまでは言わないけど! チャームポイントだと、強みだと思ってたのに。ルイス様、綺麗って言ってくれたのにっ!
「これね、ママとおーじさまだよ!」
ママ? わたすですか!? わたす、こんなに目ン玉くりんくりんしてまへんよ! こんなにチーク乗ってませんよ。そもそも……。
「こんなに白くない!」
「…………焼けていない所はこのくらいの色でした」
「……」
「……んんんっ!」
しまった、煩くしてしまっていた。院長に騒いでごめんなさいと言って逃げようとしたら逃がしてもらえなかった。
両手を握られ、感謝やら色々と言われた。
ちょっと、後ろめたかった。だって、えちえちして幸せで――――。って、ねぇ? 言い辛い。
チロルちゃんに孤児院の中を色々と案内してもらって、またね、ってしようとしたけど、私もチロルちゃんも泣き出してしまい、すったもんだの後、チロルちゃんを引き取る事になった。
「「えへへへー」」
「……はぁ」
ベッドに二人で並んで寝そべる。チロルちゃんと。
ルイス様はベッドの横に座って溜め息を吐いている。
「そこは私の場所だと思うのですよ」
「ママとねんねするの!」
「ちょっと詰めて下さいよ! 私が入りません」
「狭ーい」
「せまぁい!」
「煩いです」
三人でバカみたいにワーワー言いながら眠った。
結婚式はチロルちゃんを引き取った三ヶ月後に国を挙げて行われた。
ドレスは…………薄ピンクだった。ルイス様が頑として譲ってくれなかった。ルイス様が可愛いって言ってくれるんならいいかと諦めた。チロルちゃんも可愛いって言ってくれたしね!
誓いのキスは……大人のキスでしたっ!
「マリカ、今日はチロルは私が預かりますから、安心して……まぁ、楽しみなさいよ」
「なななななにをいっているのかなぁぁ!? なんのふぁなしゅかなぁぁぁ!?」
「……初夜」
「ふばぁぁぁ!」
はっきり言われた!
「初夜って、初めての夜…………始めてじゃ無いよ?」
「……
「途中?」
幸せいっぱいだったよ? あと、割と満身創痍だったよ? 気絶するように寝てたよ? 二ヶ月も。
「それは貴女が魔力を使い果たしたせいです。私はあの後も続けるつもりでしたよ? あの日からずっとオアズケさせられてるんですよねぇ。今日は、あの日みたいに休憩は挟まずに行きましょうね?」
魔王ルイスの笑顔が黒いです! 怖いです! イケメンです! 確実に何か大変な事にされそうです!
…………でも、大好きでっす! 愛してまっす!
「さっ、深く深く愛し合いましょうね?」
「ばっちこーい!」
うん、ルイス様がニコッと笑ってくれるのなら、きっと大丈夫。どんな事が起ころうと、ばっちこーい! なのだ。『聖女は幸せに暮らしましたとさ、おしまい』って物語みたいな幸せいっぱいの人生にすんぞぉ!
******
「ママー、ルーカスが髪引っ張るー!」
「チロルの髪の毛綺麗だからね。うんうん。その気持ちは解るー」
「もー、助けてよ。パパァ!」
――――はぁ、全く。
「ルーカス止めなさい、お姉ちゃんがハゲてしまう」
「うだぁぁ」
「マリカ、イーライに行く準備は終わったのですか? 出発は明日ですよ?」
「まだー」
――――はぁ、全く。
マリカと結婚して、二年後には子供も産まれて、幸せいっぱいの日々だが、マリカの大雑把さに娘も私も翻弄されまくりだ。
だが、まあ、幸せだな。
これからも、様々な国からの要請に応えて、癒やしの旅はしなければならないだろうが、マリカがいて、チロルがいて、ルーカスがいるのなら、それがどこであれ幸せだと思える。
「ほら、手伝ってあげますから、準備しますよ!」
「はぁい」
「はい!」
「だぁ!」
「ふふふっ、素直でよろしい」
―― fin ――
【完結】首なし聖女と枢機卿 笛路 @fellows
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