第13話 脳筋聖女
ルイス様とちゅーした。
何か、すんごかった。
二人でベッドに倒れ込んで、さぁ! って時に、ルーラントくんとカレルヴォさんが部屋に飛び込んで来た…………。
恥ずか死ねる。
取り敢えず、ルイス様の部屋から逃げて来た。
「あら? マリカ一人なの? 二人は?」
「置いてきた」
ふらっとリーゼに近付き抱き着く。くんか、んくか……いい匂いがする。
「えっ、何!?」
「…………ルイス様と恋人になった」
「あら! まぁ!」
リーゼは我が事の様に喜んでくれた。
私より大人な階段を登っているであろうリーゼに聞きたい事があった。女同士だからちょっとは聞きやすい。
「あのね、エッチしたら、聖女じゃなくなっちゃうの?」
「……えぇ。たぶん、らしいのだけど」
何か、召喚された聖女は処女なんだって。だから、神聖な癒やしの力が使えるのだろうって。つまり、私は呼び出されて、皆に『この人は処女です!』と大発表されているのか。何のいじめだ。
「なんでたぶん?」
文献や古文書に過去や他国の聖女が婚姻していた、というのがあるんだそうな。結婚していたと言うことは……と思うが、白い結婚もあり得るから何とも言えないのだそうな。
白い結婚とはなんぞや? とは聞けなかった。
そもそも、この国で聖女が召喚されたのは二百五十年くらい前でほぼ何も解らないんだって。だけど、今度行く協定を結んでいる隣の国は百年前に召喚した聖女がいたらしく、その時の情報がかなり詳しく残されているそうだ。
「マリカの頭の再召喚とか、何かしら情報が得られるかもしれないからって、それを閲覧させてもらう代わりにマリカを派遣すると協定を結んだの」
聖女の情報は国益だから基本は秘匿されているらしい。人の命を天秤にかけたのか……と思いはしたものの、資料の閲覧を断られても派遣する予定だったと聞かされて、少しホッとした。
「でも…………なんか知らないけど、頭、出ちゃったよ?」
「貴女が魔法陣を再構築していたようにしか見えなかったわよ!?」
「火事場の馬鹿力、的な?」
「…………聖女の魔力が干渉して正しき魔法陣に訂正されたのかも、ね」
「おっ、それ頂き! その案で通そう!」
「はぁ……で、いつまで抱き締めてるのよ?」
「あ、ごめーん」
ちょっと癒やされたかったのだ。
今日一日で色々ありすぎて疲れた。久しぶりにいっぱい泣いてくたくただ。
もう寝ようかな、と思ってリーゼに挨拶してベッドに行こうとしたら、窓が割れてるから別の部屋に移動するわよと言われた。なんで窓割れてんだろ?
王城に戻ったら、ルイス様は連行されて行った。
王城に戻る間、別々の馬車に乗せられて何も話せなかったから、色々お話したかったのに。
戻った次の日、陛下と謁見した。頭が戻って良かったなと言われた。陛下はルイス様を渋ゴツくした感じだった。
ルイス様は暫く謹慎させられるそうだ。会いたいと言ったけど、駄目だと言われた。
「万が一にでも間違いは起きてはならんのだ。これは聖女を守る為だ。…………我慢してくれるな?」
私の純潔を守る為に、か。
「……はい」
それしか言えなかった。
隣の国には、ルイス様無しで行く事になった。護衛の騎士様は六人に増えた。今まではルイス様で賄えていたらしい。ルイス様は無双が出来るのか。
じゃあ、カレルヴォさんは? と思ったら、無双状態のルイス様と渡り合えるのがカレルヴォさんなのだそうな。カレルヴォさんは私の護衛と言うか、ルイス様の監視と暴走抑制の為の同行だったらしい。
ルイス様の信用度は地の底だったもよう。
「聖女殿、よくぞ来てくださった。国を挙げて歓迎する」
「もったいなきお言葉です」
隣国、ネスカリアには馬車で六日掛かった。通り掛かった村々で重症の人を見付けては癒やして行った。
各領地を巡ったけれど、細かな村々にまでは手を伸ばせていなかった事を今更知った。この数ヶ月で自分の魔力量の残量などは感覚で覚えた。生体鑑定出来るお医者さんにも太鼓判押されたくらいに把握出来るようになった。
だから、移動の間は出来る限り癒やして進んだ。
なるべく早く、早く早く、皆を癒やして、お城に帰って、ご褒美にルイス様の謹慎を解いてもらうんだ。そんで、頑張ったよ、褒めて! ってルイス様に言うんだ。ルイス様に「よく頑張りましたね」って笑顔で頭撫でてもらって、ちゅーしてもらうんだ。
――――頑張ろう!
ネスカリアの人達を癒やす日々の中、聖女の資料を読ませてもらっていたルーラントくんが私に見てもらいたいものがあると言って来た。
頭が召喚できちゃったので、協定は破綻なのかなと思っていたら、ネスカリア王はとても懐の広い人だった。
丁度お休みの日だったのでルーラントくんと一緒に資料室に行った。
そこには様々な資料があったのだけど、物凄く見慣れたノートがあった。学生は誰しもお世話になると言っていいほどの学習用ノート。バイト先は連絡帳として使っていた。
「こちらはネスカリアの聖女様の日記だそうです。異国の文字で読めなかったのですが、何となく聖女様の着用されていたユニフォームにあった文字と類似している気がしまして」
「ここの聖女って百年前だよね?」
「はい」
このノート絶対に百年前には無かった。……と思う。
少し擦り切れたりページが反り返ったりしているノートを手に取り、くるりと裏返す。
販売者、材質、日本製、バーコード。
くるりと戻し、表紙を見る。
『灯里の日記5 勝手に見たらダメ! まぁ、誰も読めないか(笑)』
タイトル酷いな。あと、『5』なのか。
取り敢えず、『1』から読む事にした。
『マジ無い。ホント無い。明日が誕生日なのに、異世界しょうかん! しょうかんの漢字書けないし!』
一日目の一行目から物すごく同意してしまった。私も『召喚』が書ける可能性はゼロです。あと、私も翌日が誕生日でした。
『何かイケメンの馬……「き」が分からん。馬の横に何かあった気がする。もういいや……き士様が私の護衛だって!』
『イケメンき士、性格悪い。イケメン三日でお腹いっぱい』
『イケメンき士に変な秘密結社に売られかけた。イケメンき士、死刑になった。一週間ですでにひろうこんぱいだよ』
おっふ。のっけからヘビーだった。灯里、あかり、かな? 一週間で、命の危機が訪れ過ぎだよ!
灯里さんは、大洪水で国の半分が水没し、疫病が流行った事から呼ばれたらしい。灯里さんは先ず、衛生概念の周知と堤防の建設をした。……ん!?
「こちらの聖女様は魔力が少なかったらしく――――」
ある程度の癒やしもしていたそうだけど、どちらかと言うと、知識を広めた方の貢献度が高いらしい。そういえば、この国の道路や建物や服装、食べ物などは凄く既視感があった。
私が呼び出されたエウロピアは砂利道なんだけど、ここネスカリアは舗装気味の道路なのだ。
また、建物や服は、エウロピアは完全なる洋風建築と洋装、ネスカリアは時々和風建築と和装……と言うか、日本で流行ってた洋服とか、浴衣とか、土足厳禁の部屋とかが一部存在したのだ。
百年でこういう風に浸透するんだなぁと思ったら、なぜか背中がゾワッとした。資料室は窓がないから寒いのかな。
日記を読み込んで何個か解った事がある。
灯里さんは私とあまり変わらない時代から召喚されていた事。
過去の聖女は範囲魔法で癒やす事が出来ていたらしいという事。
灯里さんはそれを教えられたけど、二メートル範囲で魔力を使い果たして気絶した事。
灯里さんの魔力量は測定器で三万だった事。
イケメン騎士の後に付けられた、モッサリした騎士様がとても優しくて可愛くて、恋仲になって、結婚した事。
結婚したら、魔力が八万に増えて小躍りした事。
子供が沢山出来てとても幸せに暮らしたこと。
「……タピオカドリンク作ろうとしてたんだ? そして作ったんだ? そして、流行らなかったのか…………どんまい」
「タピオカドリンクですか? 流行ってますよ?」
まさかのタイムラグ! 流行ってた! 良かったね灯里さん!
「そなの? 飲みたい! あ、日記読み終わったよ」
「どうでした?」
解った事をルーランとくんに話すと難しい顔をしていた。先ず、資料の方には範囲魔法の記述が何処にも無い事。そもそも触れずに治せるのかと言う疑惑。灯里さんの魔力が八万だという記述も無い事。灯里さんと私はあまり変わらない時代に生きていた事。そして、灯里さんの魔力があまりにも少ない事。
「もしかしたら、魔力や癒やしの力が強い聖女では無く、その時に必要とされていた聖女が召喚されているのかも知れないですね」
ふむ。そういえば、灯里さんのお母さんは保健医さんで、お兄さんは道路工事のアルバイトをしていて、二人から教えてもらった事を元に色々と活躍していたようだった。
ルーラントくんの説はありかも。ただそうなると、だ。
「私、何も無いけど」
両親共に普通の会社員。終わり。
「聖女様は計り知れないほどの魔力をお持ちですよ」
「あ! 灯里さんは八万になったって言ってたけど、八万ってどのくらい?」
「私の半分ですね。と言っても伝わりませんよね……ルイス様は七十万強です。この世界で見てもダントツの多さです。で、聖女様は多分その三、四倍はあるだろうなと予想しています」
「……えっと、普通の人は?」
「平民の平均値は五千程度ですね」
敢えて伝えて無かった事をここで聞いてみる。
「……あのね、灯里さんは結婚する前は魔力三万だったんだって。で、結婚して八万に増えたって小躍りしてたんだけど…………」
「…………本当にですか?」
「うん。流石にそこについて嘘は吐かないよ」
「もう少し資料を読みますので、早まらないように」
「べべべべぶぇつに、その……あの…………きっきたいとかしゅてななないよぉぉ?」
「はいはい」
ルーラントくんがシラッとした目で見てきた。…………酷くない!?
「あ、あとね、範囲魔法の仕方書いてあったんだけど、試していい?」
範囲魔法の呪文と魔力の広げ方が細かく書いてあった。薄く広く上空を覆うように自分の魔力を広げるそうだ。ドームのような物を作るらしい。灯里さんはこぢんまりしたテント風のが出来て地団駄を踏んだらしい。
灯里さんが二メートルと言うことは…………。
ルーラントくんにメモ紙をもらって計算する。
『魔力予測値200万÷3万=約67倍、2メートル×67倍=134メートル』
――――よし、百三十メートルでやってみよう!
早速、範囲魔法発動じゃあ! と思ったら、ルーラントくんに怒られた。
「先ず、何故最大値で試そうとされるのですか! 脳筋ですか! それから、今日はお休みの日だと決めたではありませんか! いくら貴女の魔力回復が驚異的に早くとも、一日は休まないと精神的に参ってしまいます」
「でも、試すなら全力で……休みなら誰にも迷惑掛けないし……」
「馬鹿ですか!? 全力でやって倒れたら明日以降の予定が崩れると何故解らないのですか! 脳筋め! 休みだからこそ迷惑です! ルイス様に言い付けますよ!」
「うっ…………ごめんなさい」
取り敢えず! と、ルーラントくんが提示してくれたのは、十メートルで試す事。「明日ですからね!」と付け加えられた。
それなら、展開だけしてキャンセルすれば良くない!? と思い立った瞬間に、顔面を鷲掴みにされた。
「顔に出てます、脳筋聖女様」
「ごべんなはい……名案だと思いましたです」
「
「…………ふぁい」
灯里さんの日記も読み終わったし、脳筋脳筋とディスられて悲しかったので、スゴスゴと部屋に戻った。
この国のって言うか、この世界の文字読めないし。役に立たないから帰っていいってルーラントくんに言われたのだ。…………最近、私の扱い酷くない?
翌日、満を持して十メートル展開チャレンジ。
何がどうなるか解らないので、救護所の外でやってみる事になった。
『この範囲にいる皆が元気になって家族や大切な人の所に帰れますように。元の生活に戻れますように。笑顔が戻りますように。今、蔓延している恐ろしい病が皆の中から消えますように』
そして呪文。
『我が力よ、舞え、開展せよ、覆い尽くし、降り注げ、聖なる力よ、皆を包み癒やせ。十メートル級、エクステンシブヒール』
上空にぽわーんと雲みたいなものが現れて、指定した範囲に薄い膜が広がった。ちょっとキラッと艶めいてる? そしてちょっと黄ばんでる? いやいや、まさかね。
薄い雲状の膜はポロポロと小粒の何かを落とし始めた。建物は通り抜けているようだった。道にポロポロと落ちた粒は勝手に色々な方向に転がって、歩いていた人にぺたりとくっ付いたり、通り過ぎたりしていた。
なんじゃい? と思っていたら、小粒っぽい何かはパァァァっと光り、くっ付いた人、粒を手に取った人、皆を光で包み込んだ。誰にも行き着かなかった小粒は一斉に私に飛んできた。三十個くらい。
「ぎゃっ!」
豆まきの鬼レベルで衝撃を覚悟したけど、特に何も感じなかった。
「お?」
「えっ……」
「何だ……これ……」
「うそっ……治ってる!」
「聖女様だわ!」
「聖女様の奇跡だ!」
何か辺の人がザワザワとし出したので、慌てて救護所の中に入ったら、中でも大騒ぎだった。
色んな人から揉みくちゃにされながらお礼を言われた。救護所にいた全員の何かしらが綺麗サッパリ治ったそうだ。
そして、魔力消費はまさかのほんのちょこっと。
「五分で回復するくらいしか消費してないよ?」
「次の所では、病を指定してみましょう。先程は様々な方に効果がありました。病を指定すればもっと消費が少なくて済むかもしれません。そうすれば国を覆えるほどの…………いえ、これは過剰に期待しては駄目ですね」
でも、私は聞いちゃった。ルーラントくん曰く、脳筋だから、やってみたくなるよね? あくまでもルーラントくん曰くだけどね!
次の救護所に着いてこの国の大きさ形を思い浮かべて、自分がいる位置も思い浮かべて、この恐ろしい伝染病、重篤な病や怪我で命が危ぶまれている人、全てに届けと願った。但し、殺人や多くの人を苦しめている重犯罪者は除く、伝染病だけは伝染しないよう改変! と付け加えておいた。多分、出来そうな気がしたから。
上空にどんどんと膜が広がっていく。どんどんと広がってポロポロと小粒の物が落ち始めた。何か真珠みたいな玉だなーとぼんやりと薄膜の張った青空を見上げる。
「聖女様!? 何をしたんですか!?」
「えー、イケそうな気がしたからこの国全部覆ってみた。ちゃんと範囲と症状と人と指定したよ」
「何という危ない事を!」
「大丈夫だよー? 魔力、半分くらい残ってるもん」
「は?」
たぶん、色々指定したのが良かったのだろう。
瞬く間に辺りから光と歓声が溢れ出して、喜んだ人達に囲まれそうになった。騎士さんに慌ててガードされて馬車に詰め込まれてネスカリア王城に連れ戻されてしまった。
次の日、各方面からの報告で、殆どの伝染病者と重篤な病や怪我の人が治っていたと報告を受けたと陛下に言われた。
「何故、一部の者は治っていないのであろう?」
「重犯罪者を対象外にしました」
「重犯罪者の範囲は?」
快楽的な、超論理からの、妬みによる、殺人やそれに近い罪を犯した人、多くの人を苦しめ、罪に問われるだけの事をしでかしている人。
「伝染性のみ消すようにと願いました。出来て無かったら癒やしに向かいます」
「ふぅむ…………いや、良い。布令を出そう。治っていない者は王城に来れば手厚く保護する、と」
陛下がニヤリと笑っていたので何か考えがあるんだろうな。
「む! そうであった、聞けば先代聖女殿と同郷だそうだな? 我が国は先代聖女殿の知識を存分に取り入れておる。聖女殿も過ごしやすかろう? どうだ、我が国に移住せぬか?」
「嬉しいお誘いですが、エウロピアに大好きな人を待たせていますので!」
「ならばその者も一緒にどうだ?」
「王弟殿下は流石に国から出せない気がしますよ?」
「あの白い悪魔だと? 騙されてはおらぬか!?」
失敬な。
てか、白い悪魔って何だ!? 二つ名? わはは、厨二病っぽい!
「おぉぉ、うむ…………頑張れよ」
「はい!」
ネスカリア国王陛下に応援されて幸せルンルンで退室して、翌日にはエウロピアに戻る事になった。
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