第12話 甘受とは。
ルイス様の言動にブチギレた次の瞬間から眼球と頭が超絶痛くて、のた打ち回ること十数分……。
ちょっとだけ頭痛も眼痛も脳ミソも落ち着いて来た。
そろりと目を開けると、自分の手が、指がぼんやりと見えた。そして、焦げ茶色のフカフカのカーペット。ピンクのワンピース。
――――ピンク!?
顔から両手を離して、ワンピースの裾を摘む。襟元を摘む。シンプルな寝間着って聞いてたのに、何かオシャレなデザインのワンピースでした。結構、乙女チックだ。
私、グラデーションボブ。顎辺りで切り揃えたボブヘアーで、裾の方だけ内側にくりんと丸まるようにしている髪型なんだけど……大人可愛いを目指してやった髪型なんだけどっ! 周りから『こけし』『マッシュルーム』『ちび○子』と言われていた、こけし女。
そんなこけし女が、フリっとした乙女専用のワンピース着てますが!?
因みに、顔は『愛嬌がある』しか言われた事がありませんけど、何か?
「何これ! 絶対、似合ってない!」
「「……」」
周りがシーンっとなった。
「……貴女、マリカなの、よね?」
あ、リーゼの声だ! と思って顔を上げたら、黄色系の優しい色合いのバターブロンドの髪をシニヨンにまとめた超弩級の美女がいた。
「誰っ!?」
「リーゼだけど……」
「リーゼが予想より遥かなる美女!」
「え、ありがとう?」
「聖女様なのか?」
「その声、ルーラントくん!?」
リーゼと同じバターブロンドをショートカットにした、リーゼとそっくりのタレ目のイケメンがそこにはいた。リーゼの旦那様、カレルヴォさんは紺色のストレートロングを高い位置でポニーテールにして、切れ長の目がちょっと鋭くてワイルド感な騎士様だった。
「この世界の人…………顔面が凶器」
「「えぇ!?」」
多少、メンタルがやられたけども、皆と話して落ち着いて現状把握。
私、ルイス様にブチギレて、頭が無い事にもブチギレて、魔力がグワーッと溢れ出して、ルイス様が設置した魔法陣に干渉して、その魔法陣を物凄い速さで構築し直して、頭をスポンと出した……らしい。
「魔法陣とか構築できませんけど?」
「…………だよな。あ、ですよね」
ルーラントくんはキャパオーバーで素が出てきているね。
取り敢えず、私はやりたい事がある。
「ルイス様と話してもいい?」
「……許可出来かねます。また襲われかねません」
「やだ。ルイス様、殴りたい」
凄く悲しかった、凄く辛かった、凄くムカついた。
ルイス様のバカって言いたい。ほっぺたべチーンて叩きたい。大嫌いって面と向かって言いたい。
「良いんじゃないかしら?」
「リーゼ!?」
「痴話喧嘩に手を出すと、狼に食べられるって言うじゃない?」
聞いたことありまっせん! 何で狼に食べられるの!? 超怖い。
あと、痴話喧嘩じゃないもん。たぶん。
結局、ルーラントくんとカレルヴォさんが部屋の外で待機していていいのなら、と許可をくれた。
ルイス様が軟禁されている部屋に入り、そっとドアを閉めた。
「っ…………ハァハァ、う、ぐっ……」
ルイス様らしき人物はベッドに俯せで寝転がり呻いていた。
初めは泣いているのかと思ったけど、胸を掻きむしり何かに苦しんでいるようだった。
「ルイス様……え、大丈夫ですか? 気分が悪いんですか?」
ベッドに近寄り、跪いて顔を覗き込む。
ルイス様はホワイトブロンドの髪を乱し、緑の中に茶色や黄色の色が混ざっている不思議な色合いの瞳を潤ませてこちらをチラリと見た。
「ルイス様?」
「その……声っ、は……マ、リカ…………聖女様?」
二人とも時が止まったように見つめ合っていた。
私の顔は真っ赤になっていると思う。だって、こんなにイケメンだと思ってなかったのだ。
目はアーモンド型でちょっと吊りがち、緑と青と茶色が入り混じったような不思議な色合いの瞳だった。スッと通った鼻筋、艶々と潤んだ唇。サラサラだとは思ってたけど、光り輝くほどのホワイトブロンドだった髪の毛。美少女と言っていいほどの青年。
こんなに美しい人と私は指を絡めたり、抱き締め合ったりしてたのか!
こんなに美しい人が…………あえ? 何かハァハァしてない? 艶々の唇ってか、ヨダレ垂れてますけど!?
「ルイス様、どこか痛いの!? 苦しいの?」
「っ……貴女は…………っハァハァ…………貴女がマリカ?」
はい、すみません、私が茉莉香です。マッシュルームなこけしですみません。
「っ……ハァハァ、んっ、マリカ……なんて美しい黒い髪だ……マリカ…………愛しい、私のマリカ…………ん、あっ……」
ヤバい。ルイス様、何か熱に浮かされてるみたいな顔でおかしな事呟いてる!
――――あっ、治せば良いんだ!
ルイス様の手を取ろうとしたらスッと避けられた。
「ルイス様、体調が悪いんですよね? 治します。それから…………お話し、しましょう?」
「んはっ…………いや、です。ぁ、んっ、ハァハァ…………私は貴女の魔力をかっ、あぁっ……ハァハァ、甘受していたいのです……あっ、んっ!」
あれ? 何でハァハァして…………魔力を甘受………………あっ!? 何でかルイス様に私の魔力が流れてるって事!? あれっ? これ、喘いでるの!? 前にルイス様が言ってた『魔力流し』の症状!?
そうだと気付いた瞬間、ルイス様がどエロく見えて来た。頬を赤らめて、目を潤ませて、唇艶ぷるで、ヨダレ垂らしている、恍惚とした表情の美青年。
甘受じゃ無いですやん。嫌々、仕方なくじゃなくて、ノリノリですやん! エロエロですやん!
スンと一気に冷静になった。
「ルイス様、正気に戻りましょうねー。お願いですから、平和的に、話し合いましょうねー」
ルイス様の腕をガッツリ掴んで、本気で、心の底から、正気に戻ってと願った。
ルイス様が、ベッドに座って両手で顔を覆って、二つ折りになるくらいに俯いている。
真っ赤になった耳がサラサラヘアーの隙間から見えるので、恥ずかしかったのだろう。
「ルイス様?」
「っ…………申し訳ございませんでした」
「あの、ルイス様、お話を聞きたいのですが」
「…………如何なる処分もお受けいたします」
いやいや、話を聞きたいって言ってんじゃん。
「…………じゃあ、顔見せて下さい」
「っ、はい……」
ルイス様が真っ赤なお顔を上げて潤んだ瞳で私をジッと見つめた。ちょっとしたドッキンコ! と心臓が鳴ったのは無視。
取り敢えず、えいっと、ルイス様の頬を平手打ちしてみた。ベチン! というちょっと痛そうな音と共に、私の手と心にも痛みが走った気がした。
ルイス様の頬は少しだけ赤くなった。
「ルイス様のバカ。あんなの助けじゃないよ。只の絶望だった! ルイス様のバカ。ルイス様の変態。ルイス様なんて大嫌い!」
「っ、はい。申し訳ございません」
「…………ルイス様のバカ。ルイス様のイケメン。ルイス様のアホ。ルイス様の意気地なし。ルイス様の根性なし。ルイス様のバーカ、バカバカバーカ」
「はい……」
ルイス様が泣きそうな顔で笑った。胸が、締め付けられそうなほど、悲しそうな顔だった。
ルイス様の手をキュッと握った。
――――本当の事、言おう。
『ルイス様、すきっ』
「っ!? 聖女様!?」
怖かったけど、悲しかったけど、好き。
いつでも私の事ばっかり心配して、私の為にって行動して、ほとんど優しかった。時々厳しかったけど、私の為だった。だから、好きの気持ちは消えない。
「聖女様…………私は貴女を襲ったのですよ? 服を剥ぎ、貴女の純潔を散らそうとしたのですよ?」
「……私の為に、だったんでしょ?」
でも、出来る事なら…………もっと別の方法を取って欲しかった。見られるのも、触られるのも、出来れば……好きだから、であって欲しかった。恋人みたいな触れ合いが良かった。好きって言われて、好きって言って、キスして、抱きしめ合って……が良かった。
「ルイス様のばかぁ…………ゔぁぁぁぁぁん! ルイス様なんて大嫌い! 大っ嫌いぃぃ!」
好きになんてなりたくなかった。
義務感で優しくされるなんて真っ平だ。
単純おバカだから、優しくされると好きになっちゃうんだぞ!
バカだから、向けられた好意を全力で受け取って、裏なんて考えもしないんだからねっ!
わんわんと泣き叫んだ。
ルイス様は、ちょっと迷った後に立ち上がってギュッと抱き締めてくれた。
「うぅっ…………へぶっ……ぅっ」
「聖女様、落ち着かれましたか? さ、ベッドに座って? 鼻水かみましょうね? ほら、ちーん」
ちーんと鼻水かんでもらってハッと気付く。
「自分ででぎだぁぁぁ……ルイス様のばがぁぁ」
「ああっ、泣かないで……聖女様、申し訳ございません」
「聖女違うぅぅ」
「…………っ、マリカ?」
名前で呼んでくれた。私の顔を見て、愛おしそうに笑ってくれた。嬉しくて私もにへって笑った。そうしたら、ルイス様の顔から物凄く近くにあって、唇がふにって、何か柔らかい物に触れた。ふにふにな物に気を取られていたら、ちゅ、と小さなリップ音が聞こえた。
そうしたら、また唇にふにって柔らかい物があたった。
「ふあ…………んっ……キス?」
「ふふっ、はい、キスですね」
私、ルイス様とキスしてた。
「んっ、ルイス、さま…………何でキスするの?」
「っ! マリカ、嫌ですか?」
「……ううん」
「ではもっとしましょう?」
「……うん」
何度も何度もキスした。触れるだけのとか、ちょっと大人なやつとか。
キスしていたら、ベッドに押し倒された。
ルイス様の手が胸に移動し、ふにっと優しく揉まれて、「あっ」とえちぃ声を出してしまったその瞬間に「「そこまでです!」」と、ルーラントくんとカレルヴォさんが部屋に乱入して来て、私のファーストキスタイムは終了した。
******
マリカとの素晴らしい触れ合いは、無粋な二人組の乱入によって終わってしまった。
「マリカ、出ておいで?」
「無理」
マリカは布団の中に逃げ込んで、蓑虫のようになってしまっている。
「お前達二人が無粋な事をするから」
「何をぬけぬけと。聖女の純潔を散らすなと言っているでしょうが!」
「チッ…………」
舌打ちした瞬間、マリカが布団からピョコっと顔を出した。
宵闇のように黒々とした美しい髪型少し乱れているのがとても可愛らしい。
だが、新月の夜空の様な瞳を涙で濡らし「そっちが目的だったの?」と聞かれて頭が真っ白になった。真っ白になって返事が出来なかった数瞬の間にマリカが「ぴぇぇぇん」と泣き出してしまい、自分の失態を悟った。
「あぁっ、マリカ、泣かないで……違いますから、決して同意なしには致しませんから!」
「同意しても駄目です」
「煩い! 今はそれどころじゃないんだ! あぁぁっ、マリカ、ほらまた鼻水が出てますよ、ちーんしましょう? ね?」
「ふびっ……ジブンでしゅる」
もそもそと起き上がったマリカは私達に背を向けて鼻をかむと、もそもそとベッドから下りて「お部屋、戻る」と俯いて出ていってしまった。
付いて行こうとしたが「やだ」と一言だけ言われてしまった。
「お前達のせいだ……」
「そもそも貴方が襲わなければこんな事には! っ、陛下と教皇に報告しますからね」
「ふん……勝手にしろ」
元より、覚悟は出来ている。
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