第11話 出てこいやぁ!
城下町の治療を二日間して、その次の日は、隣の領地に向かった。
隣の領地も王都の城下町と同じくらい栄えているそうだ。近いので日帰りでも行けるそうなのだが、隣の領地に泊まればその移動の分を治療に当てれると言って、領主様のお屋敷に泊めてもらった。
『リーゼ、付き合わせてごめんね』
『何よ? 気にしなくていいわよ』
『でも、旦那さんとラブラブ的な……』
『旦那様ついて来てるし』
――――なぬ!?
『護衛の騎士が旦那様よ? 言わなかったかしら?』
聞いておらぬ! 聞いておらぬぞぉぉぉ!
フンガフンガと怒っていたけど、どのみちごめんなさいな気持ちになってしょぼくれた。
リーゼは『あら、一緒に小旅行みたいな気分なのよ?』と言って笑ってくれたけど、馬車別々だったし。帰りはリーゼは旦那さんと一緒の馬車にしてもらおう。
王都の隣の領地を回り終わり、翌日には更に隣の領地に出向き、更にその隣の領地と、どんどんと巡った。
いつの間にか、こちらに来て三ヶ月が経っていた。
色々な地域を巡る度にリーゼと護衛の旦那さんとルーラントくんを巻き添えにしてしまい申し訳無さが募っていく。
ルイス様に言われて、四日に一回はお休みの日を作ってはいる。本当は毎日でも活動し続けたいけど、他の人に迷惑が掛かるから。
ルイス様は皆が言い難いことを言ってくれる。ちゃんと注意して、諭してくれる。とても有り難い存在だ。
だけど…………チロルちゃんの時の痛みが、苦しみが、少しずつルイス様との距離を作り出してしまっていて、最近は何となくよそよそしくなってしまっていた。
今日は、国内で最後の重症患者さんを癒やし終えて、明日は王城への帰路だ。夜寝る前にルイス様がおやすみを言いに部屋に来てくれていた。
相変わらずソファに二人で並んで座り、左手の指を絡めて繋ぐ。だけど、やっぱり少し余所余所しい。そんな空気を払拭するように、ルイス様が努めて明るい声で聞いてきた。
『マリカ様、明日は王城に戻り、明後日一日はお休みとなりますね。何かされたい事はありますか?』
『チロルちゃんに会いに行ってもいいですか?』
『マリカ様…………何度も申しましたが、孤児院は救護所と同じ敷地にありますので、許可出来ないのですよ』
軽症の人を癒せる段階までまだ来てない。この国の重症な患者さんが終わったら、協定を結んでいる隣国へ、更にその隣国へも行かないといけない。そんなの、解ってる。
だけど、明後日のお休みの後、隣の国に行かなきゃなのに。会いに行くねって約束して、もう三ヶ月も経ったのに。ずっと、ずっと、頑張ってたのにっ。何がしたいかって、聞いてきたくせに!
ルイス様なんて……ルイス様なんて、嫌いだ。
『マリカ様』
ルイス様がそっと抱き締めて来た。
ルイス様の胸に手を置いてグイグイと押し退けようとしたけど、離れてくれなかった。
『離して!』
『マリカ様…………』
更にきつく抱き締めて来るルイス様にイライラする。全然人の話を聞いてくれない。イライラし過ぎて、ずっと考えないようにしていた事まで考えてしまう。
あの日以来、何も進んでいない頭部の再召喚。魔法陣を大きくする事も、チャレンジする事も、何もしていない。ルイス様しか出来ないのに。ルイス様の魔力いっぱい使ってしまうのは申し訳ないけど…………。あの日、口の所だけでも魔法陣が設置出来たのなら、別の日に目、鼻、耳って、ちょっとずつ増やして亜空間とこっちを繋げる事は出来ないの?
私はいつまでもルイス様にお世話されてないといけないの? ずっとこうやってしか生きれないの?
――――もう嫌だよ!
『……マリカ、様』
左肩にルイス様の頭がもたれ掛かって来たと思ったら、首筋に温かい何かが押し当てられたような吸い付かれたような感触。そして、チリッとした痛みが走った。
『……え?』
たぶん、キスマークを付けたのであろう痛みの後に、ぬるりと熱くて滑った物が首筋を這った。
――――舐め、られてる?
『申し訳ございません。力不足で申し訳ございません。必ず、必ず取り戻しますので……もう少しだけお時間を下さい』
ルイス様は謝りつつ、更にキスマークを増やしていた。
『ちょ……ちょっと…………何で? やだ……やだってば!』
『私は、愛しています…………』
肩をグイッ押されて、ソファに仰向けで倒れた。押し倒されて物凄く怖くなった。嫌だと叫んでも喚いてもルイス様にしか聞こえない。
グッと胸を掴まれた。グニグニと揉まれているのが分かる。ルイス様の力が強すぎて胸が痛い。訳が解らなくて、悲しくて、怖くて、体が動かない。
左手は指を絡めて繋いだままなのが余計に悲しくて、怖い。
『嫌だ…………止めて……下さい』
『……マリカ、私が貴女を解放します』
胸を揉むのを止めたと思ったら、寝間着のワンピースの前を触りだした、前ボタンを外されているらしい。
『マリカ、美しいです』
『っ…………』
どうしたいいのか解らない。解放するって意味が解らない。
好き……だと思っていた人に押し倒されて、胸を触られて、服を脱がされかけている。恥ずかしかった。美しいと言われて、一瞬、嬉しかった。でも、凄く凄く、物凄く、悲しかった。
このままだとダメだと思い、強張った右手をなんとか動かしてソファからテーブルの方へ伸ばし、テーブルの上を探る。
――――確か、ここらへん。
カツンと指先が硬い物に触れた。ソレを鷲掴みして思いっ切り投げた。どこかに当たって大きな音を出してくれたらいい。この行動でルイス様が正気に戻ってくれたらいい。
――――お願い、誰か!
助けを求めたくて、テーブルの上にあった寝る前のお茶のカップやソーサーを思いっ切り投げた。
それから、瞬く間に誰かにルイス様が引き剥がされて、私はリーゼに前ボタンを留めてもらって、肩から厚手のショールを何枚も掛けてもらった。
……凄く寒くて、体がガタガタと震えていたから。
ショールをギュッと握り締めていた手に、誰かの手が重なって、びっくりして振り払ってしまった。
もう一度、今度はふわりと両手で包むように触れられた。
『聖女様、ルーラントです』
『っ……ルーラントくん?』
『はい』
『…………ルイス様は』
『軟禁いたしました』
――――軟禁?
軟禁って、監禁みたいな事? 閉じ込めるやつ?
『はい。別の部屋に閉じ込めています』
『……何で?』
『貴女を襲ったから、です』
『私……のせい?』
『違います。貴女の聖女の力を失わせようとしたからです』
聖女の力を失わせる? どうやって? 何で? 意味が、解らない。私の事が嫌いだから?
『…………どちらかと言えば、貴女を愛しているから、だと思います』
ルーラントくんが盲目的に、と付け加えた。
私が、聖女の活動が辛そうだから、助けたかったと言っているらしい。聖女は純潔を失えば聖女の力を失う可能性が高いから、と。
だから襲ったの? 抱いて純潔散らして、聖女じゃなくなったなら、私は救われるって思ったの? そんな無責任な事、思ったの? 私の意思は無視なの? それによって私が苦しむとか思わなかったの?
――――この世界で、私が存在する意味を奪うの?
ルイス様に怒りが湧いた。
頭が沸騰するくらいに怒りを覚えた。
寒さからの震えが、怒りからの震えに変わるくらいに。
叫び出してしまうくらいに。
『だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
『聖女様!?』
『何それ! ムカ付く! すっごいムカ付く! 頭が無いのって不便! 何で、頭無いの!? 亜空間って何!? 出てこい頭! 私のモノでしょうが! 言う事を聞け! さっさと…………出てこいやぁ!』
そう、叫んだ。力の限りに叫んでイライラを活力に変えたかった。
そうしたら、目が潰れそうなくらいに、眩しい光に襲われた。
そうしたら、べっくらするくらいの目眩に襲われた。
「何これ、頭いったぁぁい…………眼球、超いったぁぁい……」
ついつい、癖で顔を両手で覆ったら、覆えた。……意味分かんないな。いや! 覆えてるよ! なぜに……って、眩しくて何も見えない! いやいや、眩しいって何ですか? とかセルフノリツッコミで半笑いになってしまった。
――――あれ? 何か、ザワザワ聞こえる!?
******
マリカ様が、辛そうで見ていられなかった。
だから…………聖女の力から解放して差し上げたいと思った。純潔性を失えば……。
そうだ『魔力流し』をしよう。二人で楽しもう? マリカ――――。
ガシャンと何かが割れる音が聞こえて来た。
ハッとしてマリカを見ると、手にはソーサーを持っていた。机にあった、ティーカップは無くなっていた。さっきの音はティーカップが割れた音か。
ナイスコントロールと言うべきか。マリカは、見えていないのに、ソーサーで窓ガラスを割った。
バタバタと数人が走って来る音が聞こえる。奴等が入ってくる前に終わらせねば。
マリカのスカートをめくり、下着に手を添えようとした所で、ルーラントが飛び込んで来た。
「なっ……何をされているのですか!」
「マリカを救おうと思ってね。聖女の力など無くなってしまえばいいんだよ」
「国民が……世界が、貴方を殺せと言いますよ」
「それでいいよ。マリカを呼び出した私の罪だ」
「この国を人を戦争に巻き込むのですか!?」
「私を犯人だと、国は関係無いと、差し出せばいい」
ルーラントと話していたら、首の後ろをグイッと引っ張られ、床に打ち捨てられた。
「ゲホッ…………酷いじゃないか、友よ」
「何が友だ。こんな無体を強いて。私は、お前が聖女を害すようなら切り捨てて良い、と陛下に言われている」
「あ、そう」
騎士とは厄介なものだ。陛下の命令は絶対か。
「旦那様! マリカの目の前ではお止めください!」
「すまない、リーゼ。そうだな、取り敢えずコイツは監禁しておくよ。殺るのは城に帰ってでもいいだろう」
魔力で対応すれば、騎士くらい簡単に倒せる。が、今の私には何も出来ない。護衛騎士でもあり友人でもあるカレルヴォに引き連れられ、宿屋で借りている部屋に監禁された。
部屋から抜け出しマリカの元に駆けつけたいが、出来ない。三ヶ月前、マリカの口元に陣を設置してから魔力が五分の一から回復しない。
陣を定着させ、隙間を保持する為に私の魔力を消常時費している。それだけの魔力を使用しているのに、指二本分しか空間を繋げられなかったのだ。
一応、広げようと色々と試したが、数ミリ大きくなっただけだった。
マリカには伝えられなかった。
マリカを悲しませたく無かった。
それと同時に、マリカは私に頼り切りになる、私が彼女に全てを与える事が出来る、全てを管理する事が出来る。
そんな倒錯的な妄執に駆られていた。
これからどうなるのだろうな…………。
色々な事を半ば諦めつつもソファに座り考えていると、マリカに設置していた魔法陣の消失を感じた。それと同時にマリカの物であろう温かな魔力が流れ込んで来て、慌てて断ち切った。
「っあ…………なんだ、これ……ん、はっ…………」
心臓が、腰が、腹が…………疼く!
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