第10話 差し伸べる手
城下町に行く準備が調った! らしい。
なんてったって、見えない聞こえない話せない。見猿言わ猿聞か猿のトリプルモンキーな私はただのお荷物な訳で。リーゼに大人しく座っておくようにと言われたのだ。
ルイス様に手を引かれ、馬車に乗り込んだ。それはもうウッキウッキーと。
『馬車! 人生初の馬車! 略して初馬車!』
ウキウキ……返して。こんなに揺れるの? こんなにお尻痛いの? 小刻みな上下の振動が辛い。きっと『あー』って伸ばして言おうとしても『あああああ』って小刻みなやつになる気がする!
あと、時々ガクン! ってなるの何? 事故かと思ったけどそのまま止まらないみたいだから…………普通の事なの?
『大きな揺れは、車輪が石か何かに乗り上げてしまったからですよ。お尻痛いですか? あぁ、そうだ! 私の膝の上に座られて――――』
『結構です! 我慢できますっ!』
慌ててルイス様の言葉を遮った。昨日から、ルイス様が無双してて辛い。
先ず、手は指を絡めて恋人繋ぎ。ぴったり寄り添って来る。馬車は横に座ると言って聞かない。
付添のリーゼは……逃げた。リーゼと座るって言ったのに『おほほほ』とだけ笑って、対面の座席に逃げた!
ルーラントくんと騎士様とお医者さんもいるらしいけど、その三人は後続の馬車なんだって。
『マリカ様、城下町の救護所に着きました』
逃げたリーゼの事をプリプリ考えていたら、ルイス様に到着したと呼び掛けられた。
ルイス様に支えられつつ、地上に降り立つ。
目的地は割と近かったようで、乗っていたのは十分程度だった。
誘導されるがままに歩いていくと、いつの間にか建物に入っていて、患者さんの前に到着していたらしく、イスに座るようにと言われた。
先ずは、お医者さんが私の魔法量を確認した、らしい。
『本日も、右手をお借りして、患者に触れさせますね』
『はい、お願いします』
確認の後は、昨日と同じように左手をルイス様と繋ぎ、右手は患者さんの手へ。
名前、性別、目の色や髪の色、お仕事などを聞いた。
『ヨハネスさん、おはようございます。救護所で働かれているそうですね。患者さんが暴れられて、目を怪我されたとお伺いしました。それでも皆さんの看病を続けられたそうですね。回復したら、復帰することを望まれていたそうですね。凄いです、ヨハネスさんを尊敬します』
どうか、ヨハネスさんの綺麗な緑色の瞳がまた光を、世界を取り戻せますように。どうか、ヨハネスさんから、病気が消え去りますように。
話し掛け、そして、心から祈り、願った。
手がとても温かくなった。私が唯一感じる事の出来る感触と温度。回復したんだろうなとしか解らない。
ルイス様は、回復時に患者さんの全身が眩く光って美しい、と教えてくれた。いつか、見てみたいなと思う。
『せ、聖女様?』
優しそうな初老の男性の声がした。ヨハネスさんらしい。私の現状をルイス様から聞いたそうだ。
『聖女様こそ、大変でしょうに。ありがとうございます。私も、聖女様を尊敬いたします』
『うわわわ、ありがとうございます。あ! 目は? 目は治りました?』
『はい、光を取り戻せました』
良かった。目が見えないのって辛い。当たり前に見えていた色とりどりの世界が既に懐かしい。
それから、気付いた事がある。視覚を通してバランスって取ってたんだなと思う。体幹は悪くないはずなのに、最近よくヨタっとしたり、グラ付く事があるのだ。
そんな事をつらつらと考えつつ、次の患者さんの所へ移動した。
一番目の救護所では六人を癒やした所で次の救護所に向かう事になった。四十人近くいたらしいのに、六人だけ。
重篤な人だけと約束していたけど……申し訳無さと不甲斐なさが押し寄せてくる。そんな感情に苛まれていると、ルイス様が繋いだ手にギュッと力を入れてくれる。それだけで、次も頑張ろうって思えるから不思議だ。
『マリカ様、着きましたよ』
『はい!』
明るく返事して馬車から降りる。ルイス様に手を引かれて階段を登った。
『最後の一段ですよ』
『はーい』
フラッとしつつも階段を登り終えると、ルイス様に痛ましそうな声で『申し訳ございません』と言われた。何のこっちゃい? と思ったら、また頭の事だった。私がつらつらと『見えないから』とか考えるから、ルイス様にも伝わってしまっていたらしい。
『大丈夫ですよ! 頑丈だけが取り柄ですから!』
そう言って次の患者さんの所へと案内してもらった。
ここでは八人の予定だそうな。私の魔力は五分の一くらい減ってるけど、ちょこちょこ回復もしているそうだ。昨日は確か二十人以上は出来たから――――。
『陛下を入れて三十八名ですよ』
…………四十人近くは大丈夫だったから、まだまだ大丈夫! もっともっと頑張るからね!
『はい、ありがとうございます』
ルイス様と繋いでいる右手が少し持ち上げられて、ふにっと柔らかい感触。またちゅーされた! 何で!? 何の挨拶!?
『これは挨拶では無く、「愛しい」と伝えたかっただけですよ』
魔王ルイス降臨!? 急に!? へるぷみー! れすきゅーみー! クーリングオフ、ぷりーず!
世界の中心でヘルプを叫ぶ勢いで、心の中で思いっ切り叫んだ。
『せーじょしゃま、ありあとね!』
『うん。チロルちゃんも、元気になってくれてありがとうね』
膝の上によじ登って来ようとしたチロルちゃんを抱き上げて、向かい合わせの格好で膝にストンと座らせる。赤色の髪がふわふわの三歳の女の子。男も女も大人も子供も老人も関係無い。全ての人が感染の危機にある。もっともっと頑張んないと!
『せーじょしゃま、おむね、ぺったんこ』
『はいぃぃ!?』
チロルちゃんが抱き着いて来たと思ったら、まさかのディスり。
『ママ…………』
あ、小さい子は心の声も届けてしまうって言ってたっけ。三歳の子が使えるって事は本当に簡単な魔法だったんだね。
取り敢えず、チロルちゃんのママをと思ってルイス様の手を探し、伝えたら、もう亡くなられたと。親族がいないらしく、治ったのならば救護所と同じ敷地にある孤児院預かりになるのだそうな。
『聖女様、そろそろ次の患者を』
『あ、はい』
次の人の所に移動しようとしたらチロルちゃんが大泣きを始めてしまった。『次の人の痛い痛いを治してあげたいから、応援してくれる?』と聞いたら、『ゔん!』と鼻声で元気に返事してくれた。
取り敢えずチロルちゃんも連れて次の人の治療も行った。
二ヶ所目の救護所の治療も終わり、次に移動します。となったが、チロルちゃんがまた泣き出してしまった。スカートにへばり付いて剥がれないのだ。
『ルイス様…………連れて行ったら……だめ?』
『……今後、別の子供にまた泣き付かれて、また連れて行くと言い出さない保証はありますか? この子供は犬猫ではありませんよ? 誰が世話をするのですか? 誰が生活費を用意するのですか? この子供を連れ帰って、その後の事は考えてありますか? この子供だけが特別では無いのですよ?』
『っ…………』
何も考えて無い。泣いているから、可愛そうだから、それしか考えて無い。浅い所でしか考えて無かった。
『…………チロルちゃん…………必ず会いに行くから。絶対に会いに行くから。孤児院で――――』
『やー! やーらー! ママー!』
『っ! ごめん。ごめんね』
無力だ。私、何も出来ないじゃん。
ルイス様に急かされ、抱き締めていたチロルちゃんは誰かに受け取られ、引き剥がされ、手が離れるその瞬間まで『ママー!』と泣き叫ばれた。
その後、四ヶ所の救護所に行った。どの場所にも親を亡くした小さな子供はいた。ルイス様が言ってたのはこう言う事か。チロルちゃんだけが特別じゃ無い。
私は差し伸べる手を持っていない。
治す事しか出来ない。
だけど、頑張らないと。
もっと、急いで皆を治さないと。
またチロルちゃんみたいに、他の子供達みたいに、親を亡くして寂しい思いをしてしまう子が出てしまう。子供を亡くして絶望してしまう親が出てしまう。家族を亡くして嘆く人が増えてしまう。
――――私のせいで。
******
聖女様の活動は順調だった。
二ヶ所目の所で、子供に縋り付かれ絆されていたが、説得を受け入れて諦めて下さった。これ以上聖女様の負担を増やす訳にはいかない。
それに、あの子供だけが特別では無いのだ。同じような子供が、この城下町に何人も溢れている。その全てに手を差し伸べる事は出来ないのだ。
『…………頑張らないと』
『ごめんね、大丈夫、大丈夫だよ』
『…………ごめんね』
『ママに会いたいね』
『早く、次の人を!』
『ごめんなさい…………間に合わなくてごめんなさい』
『頑張らないと!』
『…………私のせいで』
聖女様から聞こえる声がどんどんと小さくなり、落ち込んだり、やる気を出したり、謝ったり、と細切れにしか聞こえなくなってしまった。また、不興を買ったのだろう。たぶん、あの子供の事で。
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