第7話 治療の順番

 



 ルイス様にギュムムッと抱き締められて脳みそが一瞬でショートした。

 彼氏いない歴が年齢とイコールの私としては、人生で何番目かの衝撃な訳で。

 因みに一番に燦然と輝いているのは大学に合格した事だ。まさか、スポーツ教育学部でみっちり頭を働かせるとは思って無くて受けちゃったけども!

 あ、大学の事を考えたらちょっと冷静になった。

 ルイス様の手には届きそうに無いので、革のゴワゴワ防護服を辿ってルイス様の頬を見付けて手をあてた。

 明らかに変な格好だろうなぁ。


『あのー、ルイス様ぁぁ、ジョリーンさんはどうなってるんでしょうか!? 治ったんですかぁ? 報告をー!』

『大丈夫です、私は元気ですわ』


 なぜかジョリーンさんが返事してくれた。元気らしい。皮膚の爛れなど、全て治ったと言う。今、周りが大騒ぎになっているとの事だ。ルイス様が全く離してくれないのはその大騒ぎから守ってくれてるのかなーとか――――。


『違います』


 …………違うらしい。

 そして、相変わらず私の思考はダダ漏れのようだ。

 



 暫くして落ち着いたルイス様に謝罪を受けつつ、次の人の所へと足を進めた。


『オルトバン、宰相補佐をしている男性です。焦げ茶色の髪に金色の瞳で……まぁ、目付きが悪いですが、優しい男ですよ。妻子がいましたが…………先月に二人とも。その事は本人も知っています。二人の葬式をしたい、二人を安らかに眠らせたい、と言っていましたので……』


 自分だって起き上がれないくらいに衰弱しているのに、とルイス様が痛ましそうに言われた。


『オルトバンさん、こんにちは。宰相さんの補佐なんて凄い仕事をされてるんですね! 何か格好良い! ルイス様が目つき悪いって言いましたけど、優しい人だとも言いましたよ! そんなに悪いんですか? ちょっと気になってしまいました。あと……ご家族のことお伺いしました。間に合わなくて……ごめんなさい』


 どうか、オルトバンさんの病が消え去りますように。奥さんと子供さんのお葬式が出来ますように。どうか、穏やかにお二人を見送れますように。来るのが遅いと責めらけてもいい。どうか、せめて、オルトバンさんだけでも助かって欲しい。そう願った。

 ジョリーンさんと同じく弱々しく全く力の入っていなかった手が、ギュッと握り返してきた。


『聖女様、オルトバンです。間に合わなくて、と仰られましたが聖女様のせいではございませんよ。ありがとうございます。私は、感謝しかしていません。本当にありがとうございます』


 オルトバンさんは、ハキハキと話していたけど、手は震えていた。きっと思うところはあるんだと思う。でも、感謝しか言われなかった。ルイス様の言うように、本当に優しい人だなと思った。

 オルトバンさんの次は、軍のお偉いさんだった。そこからは無駄に暑いだけの革の防護服は脱ぎ捨てた。

 文官さん、騎士さん、侍女さん、と色々な職業の人を癒して行った。中には小さい子供も数人いた……。


『聖女様、ありがとうございます。次がこの救護所で最後の収容患者です』


 そう伝えられて、誘導された先の手を握った。

 その手はあまりにも小さ過ぎて、あまりにもグッタリとして、あまりにも力無くそこにあるだけのようで、体がビクリと震えた。


『え…………赤ちゃん?』

『はい』


 はい、って。赤ちゃんが、最後? 何で?


『あの、この子、何歳……何ヶ月?』

『えぇっと……一歳と三ヶ月との事です』


 名前はエイミー、女の子、王子殿下の乳母さんの子供。ルイス様が淡々と教えてくれた。乳母さんは何人か前にお話したミランダさんだろう。その人の子供だったんだ。……何で、赤ちゃんがいます、って教えてくれなかったのかな? ルイス様も、乳母のミランダさんも。

 モヤモヤ、イライラするけど、今はエイミーちゃんを楽にしてあげないと。


『聖女様?』


 今は、ただエイミーちゃんの回復を祈りたい。

 ふと、エイミーちゃんの腕が動いた。何か小刻みに振動しているから泣いているのかもしれないなと思ったら、直ぐにミランダさんが来てエイミーちゃんを抱き締めた、らしい。手を離したからもう何も判らない。

 きっと微笑ましい光景なのだろう。美しい光景なのだろう。私は見れないけど。……私の心は全く晴れないけど。

 

『聖女様?』

『…………これで終わりですか?』

『はい』

『次はどうしたらいいですか? どこに向かったら良いですか?』

『あの、聖女様、その…………何かご機嫌を損ねる様な事をしてしまいましたか?』

『…………いえ』


 あぁ、そうだった。私、ダダ漏れなんだった。どうしたら良いのかな。何で全部、漏れ出ちゃうんだろ。…………あ、癒やしのと一緒なのかな? 心から望めば、良いのかな? うん、心から、今は伝わって欲しくない。取り敢えず、今はその気持ちだけは持とう。そして、早く次に行かないと。


『聖女……様?』

『次はどこですか?』

『陛下も感染しておりまして、出来れば陛下の寝所に向かっていただけたら、と』


 次は国王陛下か。陛下は後回しなんだ?

 

『陛下がこちらを優先するようにと仰られましたので』


 それなら、ここでの治療の順番は誰が何を基準に決めたんだろ?


『地位と、症状で決められています』


 相変わらず心の声に反応され、返事をされてしまう。


『じゃあ、何で侍女のジョリーンさんが一番だったんですか?』


 症状は確かに悪かったっぽいけど、他の侍女さんで同じくらいの症状の人は結構後からだったのに。


『陛下がとても気にされていたので……勿論、一番症状が酷かったのもあります』


 なんだ。多少の贔屓もしてたんだ。でも、やっぱり地位が物を言う世界だったんだ。って、そりゃそうか。王様やら王様の弟やら、教皇様やら色々いるもんね。


『ルイス様、国王陛下の所にお願いします』

『あ、はい』




 ぽてぽてと体感二十分ほどほぼ無言で歩いた。途中リーゼを呼んでトイレに連れてってもらった。地味に恥ずかしかった。

 王族の居住区と言う所に入った時に、そこの一番奥が陛下の寝所なんだと教えてもらった。

 扉らしい所を通過して『失礼します』と取り敢えず言った。

 もふもふの絨毯を歩いて、また座らさせられた。今度は、イスの座面を触らせてくれたおかげでそっと座る事が出来た。

 ルイス様に誘導された先の手を握ると、ギュッと握り返された。


『聖女殿、救護所での活動を聞いた。感謝する。この先、何があろうと貴殿をこの国で保護すると誓おう。何か希望があればできる限り叶える。今現在で何か希望はあるか?』


 ちょっと低めの落ち着いた耳障りの良い声が聞こえて来た。おいくつなんだろう。

 きっと、陛下は悪い人じゃない。だって、自分より救護所を優先するように仰ったって聞いた。保護すると約束してくれた。希望を聞いてくれた。

 ルイス様も悪い人じゃない。

 ただ、私がこの国の常識に慣れてないだけなんだろう。

 だだ、慣れてないから違和感や憤りを感じるんだろう。


『……先ずは、治癒をしましょう?』


 陛下の事を聞いた。

 一歳になる息子がいて、政略結婚だったけど、仲の良い王妃様がいて、今は二人目を妊娠中なんだって。発症してからは一度も会ってないから、心配なんだって。

 あぁ、お父さんなんだなって思った。奥さんも子供も大切にしてる普通のお父さん。早く治って奥さんに息子さんに会えるといいね。早く治って、息子さんを抱っこさせてあげたいな。


『っ!? 聖女殿…………感謝する』

『……どういたしまして…………』


 はぁ、何だか凄く疲れたな。今、何時なんだろ。早く王城を出てあちこちの病院に行かないと。きっとここより酷い症状の人達がいる。きっと苦しんでいる人達がいる。だから、もっと頑張らないと…………。




******




 救護所で最後の患者を癒やされた後から、聖女様が何となく暗くなられた。

 陛下の寝所に向かう間もほとんど話してくださらなくなった。

 私は何かしたのだろうか? 何か不興を買うような事があっただろうか? 救護所を出てからは、心の声さえ届かなくなった。


『聖女様、あと三歩で登り階段です』

『はい』


 お返事に元気が無い。明らかにおかしいのに『何もないですよ』と言われてしまう。しつこく聞いては煩われてしまう気がして、結局道を伝える事しか出来なくなった。

 後ろを歩くリーゼに聞くが「分りかねます」とだけ言われてしまった。すれ違う者達のギョッとした視線やヒソヒソと首が無い事への恐怖だったり、嘲笑だったりの声は聖女様には届いていない。

 途中リーゼを呼んだと思ったら、リーゼに「お花を摘みに行ってまいりますわ」と言われた。そこで思い出して慌てて水分補給などを勧めたが、『先ずは陛下を』と断られてしまった。




 陛下の寝所に到着し、早速陛下を癒やされた。

 そして…………ふらりと倒れられた。

 イスから落ちそうになる聖女様を慌てて抱き留めた。

 簡単に手折れそうな程に細い体の聖女様。だが思ったより筋肉も体幹も体力もあるようだとはこの一日で気付いてはいた。

 何が起こったのかと、周りに詰めていた家令や執事、侍女、大臣達がザワザワと慌てだした。


「静まれ」


 ベッドから起き上がられた陛下の一声で全員が一瞬で口を噤んだ。

 たった五歳の違いでここまで威厳を出せるのか、それとも陛下のみに備わったものなのか……。

 陛下の側に控えていた侍医が聖女様の脈などを調べ、鑑定の魔法を使った所「疲労と魔力の使いすぎ」との事だった。まさか魔力を変換させて聖女の力としているなど思ってもいなかった。


「睡眠と休養をしっかりと取られれば直ぐに回復されるでしょう」


 侍医の言葉に皆がほっとしていた。

 聖女様を部屋までお運びしようとしたが、侍女と騎士に任せて、私は報告をと求められた。

 渋々ながらその場にいた親友でもある騎士に聖女様を渡す。


「頼みましたよ」

「畏まりました」


 陛下の寝所を出て行く親友とリーゼの二人と、聖女様を見送り陛下に向き直った。陛下が心底驚いた顔をしていたので、どうしたのか尋ねた。


「ルイス、惚れたのか?」

「なっ…………」


 何を仰って、と言いたかった。が、否定したくないほどに彼女の事が気になってしまっている。そして、陛下の顔が少し厳しいものに見えてしまった事もあって、言葉に詰まってしまった。


「皆、席を外せ。宰相とルイスは残れ」


 皆が陛下の回復に祝いの言葉を述べつつも一斉に退室し、三人だけになった。


「ルイス、聖女は止めておけ」


 言われた事の意味が飲み込めず、呆然としてしまった。


「あの娘はお前にいい感情は持っていないようだったぞ」

「なっ……」

「治療の前後に、我等への不信感と城から出たいと言う声が聞こえた。気絶する直前で気が緩んでいたのだろう」


 不信感!? …………信用出来ないと思われている?

 様子がおかしかったのはそういう事だったのか? 何が原因だ!? 全く解らない。救護所に着いた時は、意欲的に治癒を施してくださっていたのに。

 多少なりとも好意は存在すると思っていた。抱き締めると、とても照れていらっしゃっていて、可愛らしかった…………疼くほどに。


「それにな、聖女の純潔性の問題もあるだろう?」

「っ…………はい」

「解っているのならいい。二度は言わんぞ」

「…………承知、しました」


 今後は国内の救護所を回り、その後は聖女様の様子を見て、他国との調整に入ると言われた。

 食事の問題等から私が側に付くのは許されたが、監視も付けるとの事だった。

 監視は、聖女様になのか、私になのか……。



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