第8話 触れないで!

 



 起きたら、ベッドにいた。

 ここはどこ、私は誰? 状態である。いや、私は茉莉香ですがね。私はいつの間に寝たんだろうか?

 こういう時に、見えない聞こえない状態なのは結構困る。

 取り敢えず上半身を起こして、ぐっと背伸びをした。何か体がバキバキだ。

 手を下におろした瞬間に右手を握られた。この手の感触はルイス様な気がする。


『聖女様、お加減はいかがですか?』


 風よ、運べ、心よ、響け、我が声を届けよ、センドワード。で、よしっと。


『おはようございます、ルイス様。因みに、今何時ですか? あれ? 陛下はどうなりましたっけ?』


 むむむんと考えるけど、陛下の寝室に入った後くらいから記憶がふわんふわんだ。魔法の呪文はサクッと一発で覚えられたのになぁ。


『魔法の文言は魂に刻まれますので、覚えられない者はいないとは思いますが……陛下は聖女様が治癒して下さいましたよ』


 何だ。私、天才!? とか地味に思ってたのになぁ。

 なるほど、魂に刻まれるのか…………魂って何だ? 刻む場所が無くなったらどうなるんだ。私の魂の大きさってどのくらいなんだ。刻む文字の大きさってどのくらいなんだ。誰が決めるんだろ。神様か? 神様の野郎か!

 神様ぁ! せめてバスケボールくらいはあって欲しいです。そして文字は極小でお願いしたいです。自前の記憶力は頼りにならないんで!


『っ……ゴホゴホッ、聖女様、喉は渇いておられませんか?』

『あ、カラカラです! ルイス様は……風邪ですか?』


 ゴホゴホ言ってるから大丈夫かなって心配したけど、噎せただけだから気にしないで欲しいと言われた。そして今は夜中だそうな。私は魔力を使い過ぎてぶっ倒れたとの事。

 …………お昼ごはんと夜ごはん食べ損ねたよ。




 ルイス様に飲み物をもらい、遅めの夜ごはんも食べさせてもらった。眠くないのならこれからの事を説明したい、と言われた。


『ルーラントが魔力測定器を取りに行ってくれていますので、戻ったら測ってみましょう』


 魔力測定器とか言う物があるそうな。

 生体鑑定とかいう何か色々見る力を持った人もいるらしい。生体鑑定はその人の生命力や魔力がステータスバーになって見えるらしい。

 魔力測定器はその人の魔力上限や残量が数値で見えるらしい。


『鑑定はバーだけ、ですか?』

『そうです。バーだけが見えるので、何割が残っている、等の確認しか出来ないのです。それでもとても貴重な能力で、殆どの者が医者などになります』


 修練を積むと、状態異常等の判別も出来るようになるのだとか。何かRPGモノっぽくてカッコイイ! 修練! 何か、カッコイイ!

 ちょっと妄想に耽っていたら、測定器が届いたと言われた。


『右手を拝借しますね』


 ルイス様に誘導されるがまま、右手をペタッと何かの板みたいな物に乗せた。ひんやりしてて気持ちいい。石版かなぁ? 


『クリスタルの板ですよ。ふふっ、また心の声を聞かせてくださるようになったのですね』


 …………また、聞こえてたのか。

 そう言われて、色々と思う事があって、ルイス様達とちょっと距離を開けたくなっていた事を思い出した。

 癒やす順番の事で、少し悲しかったり、何か裏切られたような気持ちになっていた。でも、そんな気持ちは長くは続かなかった。負の感情って疲れる。

 ルイス様だって誰かに命令されているわけだし、順番だって誰かが決めてるわけだし。その順番だって、きっと皆から苦情なんかが来ないようにって決めたんだろうし。

 割り切れないけど、従うしか無い事って割とあるんだと思う。今回のもきっとソレだったんだ。って納得するしか無いのかも。

 

『クリスタルの板ですか。手は載せているだけでいいんですか?』

『はい、直ぐに結果はクリスタルに浮き出て来るんですよ。あ、結果が出ま…………』


 『出ま』の続きの『した』が、待てど待てど聞こえて来なかった。ただ、右手を急に掴まれ、膝の上に放り投げられた。




『もしもーし、ルイス様ー?』

『……』

『もしもし?』

『……』


 え、何コレ。無視なの? 見えない聞こえない状態なのに、無視するの? えぇぇ…………。

 何分経ったか知らないけど、急に『少しお待ち下さい。あと、危ないのでその場から動かないで!』と言われて、左手を離された。

 何かあったのは分かるけど、せめて説明して欲しい。危ないから動くなと言われたからには動けない。両手を膝の上に乗せて大人しく待機。


 ――――暇。


 頭が無いから頬杖も付けない。

 知ってた? 頬杖付けないのって結構ストレスなんだよ? 

 知ってた? 何も見えない聞こえない状態って凄く眠くなるんだよ?

 知ってた? ずっと暗闇の中で無音でいるのって、結構…………怖いんだよ?

 知ってた? ずっと暗闇の中で無音でいるのって、家族の事、友達の事、帰れない事、帰りたい事、色々と考えてしまうんだよ?

 何でこんな事になってるんだろうな……。

 ぐるぐるグズグズ、考えたく無いのに考えてしまう。思いたくないのに、思ってしまう。心の中まで闇が侵入して来てしまう。

 膝の上に置いていた手に、誰かの手がふわりと重なった。


『せ――――』

『っ!』


 ルイス様の声が聞こえて、慌てて振り解いて、両手を胸の前に引き寄せた。触られたくない、触れたくない。今、この感情を聴かせる訳にはいかない。

 今度は、左の二の腕が擦られた。


『聖女様、驚かせてすみません。ルイスです。手を握らせていただけませんか?』


 驚いただけだと思ってくれたらしい。それに乗っかりたい、けど、まだ無理。たぶん嫌な感情が漏れ出てしまう。


『聖女様?』


 馬鹿だ。寝たふりしとけば良かった。それか本当に寝てしまえば良かった。

 一瞬だけ触って、直ぐに離そう。そう心に決めて、ルイス様が擦っている左腕に右手をそっと伸ばしたら、行き着く前にガシッと右手を握り込まれてしまった。


『はっ、離して下さい!』

『聖女様?』


 ――――嫌だ!


 嫌だ。聞かれたくない。怖い。嫌われたら終わる。死んでしまう!

 …………嫌だ、死にたくないよ。




******




 聖女様の魔力量を測定し、癒やしの活動をし過ぎて魔力欠乏に陥らないようにしようと思い、教会の測定器を借りた。

 貴重なクリスタルで作られた測定器は、大きさは二十センチ、厚さは三センチのクリスタル板になっている。割と貴重でこの国には五枚しか無い物だ。

 この板に手を乗せ十数秒待つと、名前、最大魔力量、魔力残量、所持能力が板の中に浮かび上がって来る。


『クリスタルの板ですか。手は載せているだけでいいんですか?』

「はい、直ぐに結果はクリスタルに浮き出て来るんですよ。あ、結果が出ま…………」


 聖女様の右手を乗せ、結果を待っていたら、測定器が眩く光り、ピシッピシッとヒビが入りだした。

 慌てて聖女様の右手を外した。


「何だこれは……どうなっている!?」

「解りません! このような事は初めてで……」

「ルーラント、動くな!」


 聖女様から遠ざけるべきかと思い、ルーラントに手渡したが、ルーラントが一歩動く毎にヒビが酷くなり、ポロリと欠片が落ち始めた。

 二人ともただ静かにクリスタルの板を見詰め続けた。

 眩い光は落ち着いたものの、淡く虹色に輝き、ヒビ割れは酷くなり、床にクリスタルの欠片がポロポロと落ち続けた。

 聖女様が呼んでいるのだが、目の前で起こる異様な光景に気を取られていた。


「ルイス様…………どう、いたしましょう」

「…………取り敢えず、教皇に報告と、掃除を。欠片で聖女様が怪我されてしまう」


 聖女様にはその場から動かないでとお願いし、教皇に報告をしたり、掃除を手配したりとバタバタとしていて聖女様を放置している事を忘れてしまっていた。




 気付けば一時間も経っていた。

 慌てて聖女様に謝罪と報告をと思い、膝上の手に手を重ねると、ビクリとされて、振り解かれてしまった。胸の前でキュッと両手を守るように握り締められていた。

 驚かせてしまったと思い、腕を擦って私だと伝えると、おずおずと左手を差し出してくださったので、嬉しくてギュッと握り締めてしまった。


『嫌だ! 嫌だ。聞かれたくない。怖い。嫌われたら終わる。死んでしまう! …………嫌だ、死にたくないよ』


 まさか、そんな悲痛な叫び声が聞こえて来るなんて思わなかった。


「聖女様…………」


 聖女様から溢れ出し、私に流れ込んで来る感情は、恐怖、嘆き、怒り、苦悩、郷愁、そして……救いを求める声だった。

 暗闇が怖い、聞こえないのが怖い、ルイス様に嫌われたら終わる、なぜこんな目に、何で私だったの、こんな状態もう嫌だ、聖女なんて嫌だ、誰も責めたくない、誰のせいでもないって解ってる、家に帰りたい、返して、還して、帰して。…………助けて。


「っ…………皆、部屋を出ろ!」

「ルイス様!?」

「いいから! 出てくれ! 今日はもういい」

「「はい」」


 掃除をしていた者達やルーラントやクリスタルの確認をしに来た枢機卿達を慌てて部屋から追い出した。


「聖女様」


 なるべく柔らかく聞こえるように、ゆっくりと聖女様を呼んだ。


『っ! ごっ、ごめんなさい。手を、離して下さいっ』

「聖女様――――」

『聞かないで! お願いだから、聞かないで下さい』

「マリカ様、失礼します――――」


 言葉では伝わらないと思った。

 聖女様の名前を呼び、そっと抱き寄せた。

 細い体を胸の中に包み込み、右手で背中をゆっくりと擦る。左手は絶対に離さない。離してたまるものか。

 聖女様は初めは硬直していたが、徐々に力が抜け、肩を震わせ出した。


「マリカ様、聞かせて下さい、全て。私を恨んで、憎んでいいです。私が貴女を呼び出しました。私が貴女から奪いました。私が貴女を選んでしまいました。だから、私を責めていいんです」


 聖女様。

 優しいマリカ様。

 どうか、責めて下さい。

 貴女に嫌われようと、恨まれようと、憎まれようと、私は絶対に貴女を裏切りません。

 貴女の為ならば、何だっていたします。



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