第6話 聖女活動
なんやかんやあったけど、取り敢えず救護所に行く事になった。
リーゼの肩を握ろうとしたのに、なぜかルイス様が右手を握って来た。…………手を。
え、恋人ですか!? みたいに繋いで、ルイス様はそのまま歩き出した。
『ほわっ!?』
『向かいながら少し説明をしますね』
『あ、はい!』
転けないかなとかソワソワしつたけれど、思いの外ゆっくりと、そしてナビゲーションしながら進んでくれたので、暗闇の中でも安心して歩けた。
そして、穏やかな声のルイス様の話に耳を……脳を? いや、耳でいいか。耳を傾けた。
曰く、この世界には疫病が蔓延し、接触感染を起こしているのだそうな。見た目は虫刺されのような感じ。それが全身に広がってジュクジュクとした患部になって、衰弱して、死んじゃうそうだ。
見えないから、初めは水疱瘡のひどい感じかなと思い浮かべた。けれど、聞いているともっと酷いようだ。ジュクジュクの化膿した傷口のようになっているのだろうか。
回復した人は一人もいないと言われた。
救護所には自力で体を動かせなくなってしまった人達が収容されていると言われた。
『収容……そんな所に行って大丈夫ですか? 移ったりしたら大変ですよ!?』
『大丈夫ですよ。聖女様に癒やしの力があるのは確認出来ていますので、伝染る事は無いと思われます』
『違いますよ! ルイス様が、です!』
ルイス様がヒュッと息を飲んだような気がした。そして、繋いでいた手がなぜかギュッと更に強く握り締められた。
『私、ですか?』
そりゃそうだ。だって私は聖女的な何かで大丈夫そうな雰囲気あるけど、ルイス様無防備じゃん。
接触感染のみだって聞いたけど。それでも、大丈夫なのかなって思っちゃう。
いまいちこの世界の事が解って無いけど、何となく近代ヨーロッパくらいなイメージだ。取り敢えず、ビニールとかラテックスの手袋とか無さそうで、ソワソワと心配していたら、革製の防護服で入るから大丈夫だと言われた。
『革……暑そう』
『……ええ。物凄く暑いです。あ、あと二歩で右に曲がります。……暑いですが、身を守る為なので。もちろん聖女様にも着ていただきますよ』
いえ、着たくないです。…………とは言えないよねぇ。革、いやーな予感がするんだよねぇ。革……。
それから、とルイス様が説明してくれた。
今は王城内の救護所に向かっているらしいのだけど、そこには重篤化した患者さんがいるのだそうな。
触れるだけでも痛がり、痒がり、喉にも症状が出だすと食事も出来なくなってしまうのだとか。
『聖女様の御手を私が誘導しますので、聖女様は触れながら、癒えて欲しいと心から願って下さいませんか? 未知の病の者に触れるのは恐ろしいかとは思いますが……どうか、お願いいたします……』
『え、はい! いいですよー』
そこはバッチコーイなので良いのだ。怖いのは革製の防護服、その一点のみ!
右だ左だ下だに歩く事三十分。今更お城の大きさを体感した。出来るなら見てみたいものだ。どんなお城なのかなぁ。お城の周りってどんな風になってるのかなぁ。
『聖女様、着きました。先ずは防護服を着ていただきます』
どうやって着るのかなーと思っていたら、肩にポンと手が置かれた。
『マリカ、手を前に伸ばしてちょうだい』
『リーゼいたの!?』
『ちょっと、聞いてるの? 手を前に伸ばしなさいってば』
あ、リーゼの手は握って無かった。空いている左手でオーケーのポーズを取って、前に倣えをした。
モサッズシッとした何かが腕を通り、肩に掛けられ、後ろでギュムッと縛られた。たぶん、後ろ空きの割烹着みたいな形なのだろう。そして右手には分厚いグローブのような物が着けられた。着けられた一瞬で既に手が暑い。
とある違和感に、あれ? となった。覚悟していたアレが無い。
蒸れ蒸れの革特有の、獣臭。
――――ふばぁ!
そうだった。私、デュラムセモリナ状態だから匂いとか解んないんだった! はっはっはー! 私は無敵だぁ! サンキュー、デュラムセモリナ!
デュラムセモリナに感謝していたら、左手がそっと取られて、少し緊張した様なルイス様の声が聞こえて来た。
『デュラハンですよ。……聖女様、これより中に入ります。センドワードは革を通すほどの伝達力は無いので左手だけは素手です。私の手以外は絶対に触れないようにしてください』
聖女だから感染しないんじゃ無いのかな? つか、さっきそう言ったよね? とか聞けない雰囲気だった。あと、癒やしのヤツは革越しにイケるの? とも聞けなかった。ただ、ルイス様がギュッと手に力を入れたので、実はルイス様にも癒やしの力も聖女の力も良く解ってなくて、でもやらざるを得ない、させざるを得ない状況になっているのかもしれないな、と思った。
『失礼しまーす』
何かドアを通過したっぽいから取り敢えず挨拶しといた。ルイス様にしか聞こえて無いけど。
『聖女様、後ろにイスがありますので、腰を下ろされてください』
腰を下ろす? 腰からズテーンと転ける映像が頭に流れた。たぶん違うな。座れってことだよね? と思いつつ、そわーっとお尻を後ろに突き出しつつスクワット。
『ブフッ…………せっ、聖女様、一度真っ直ぐ立たれて下さい。少しの間手を離しますね』
温かかった掌から熱がスルッといなくなって、暗闇で急に一人ぼっち。少しゾワッとする何かを感じて二の腕を擦っていたら、膝裏にトンっと何かが当たって、膝がカックンとなった。お尻からステーンと転けるかと思った。
『っ!? 申し訳御座いません!』
イスにどうにか座った状態で、後ろからルイス様に抱き止められていた。何かささやかな胸ががっちり握られている気がしなくもないが、防護服で防護され過ぎていてイマイチ確証がない。ただ、ルイス様の慌てた声は聞こえて来た。
どうやらルイス様は、テレビとかでよく見る、男性がイスを引いて淑女を座らせる、ってやつをやってくれたらしい。が、見えないからね! あと、そんな事されたの親戚の結婚式で一回だけだったからね! あれ、ただの膝カックン攻撃だからね! と、言いたいけど、背中の上部や腕に感じる温かみと、全身から噴き出した汗にアワアワして…………アワアワしてただけだった。
ささやか過ぎる胸を握った記憶は、抹消をお願いしたいです、はい。
深呼吸して、真面目に聖女活動開始だ! と言っても、自力ではほぼ何も解らない。ルイス様に誘導された所へ手を置いた。
ぽふっと何かに触れた気がする。そんな程度。どこだここ。あと、誰だこれ。
『では聖女様、お願いします』
『はい!』
治れー治れーとむんむん唸ったけど、特に何も起こった気がしない。それもそのはず、何も起こってないらしい。
ルイス様の『私は治っていたのに…………』とかふわっと聞こえた気がして何の事か聞いてみたけど、明らかにキョドった声で誤魔化された。
無い頭を捻って考える。……物理的にも精神的にも。
心から願ってと言われた気がする。心から願うって何だ? 祈るって何にだ? 私はどうやったら心から願ったと、祈ったと思えるんだろうか。
――――あ!
そもそもだ、健康を、治癒を、回復を願うのはその人の事を思って……なんだと思う。
早く治って欲しい、早く元気になって欲しい、笑顔が見たい。私はその思いを、怪我を病気をしているこの人に伝えたいと思った。
何の確証も無いのに、そうしたい、そうすべきだ、そう思った。
『ルイス様、この人の事を教えてもらえますか?』
男性か女性か、名前、どんな髪の毛、どんな目の色、何の仕事、どんな趣味、何でもいい。今すぐ知りたい。
『え……ジョリーン、女性で、陛下の侍女です。……髪は麦穂の様な色で、目は雲のない晴天の様な色でした』
『お話は出来ますか?』
『いえ、厳しいかと』
『…………分かりました』
一度ルイス様と手を離し、左手で右手のグローブのような革手袋をスポーンと取って膝の上に置いた。
そして、さっき手を誘導されたであろう所に素手になった右手を置いた。そこには、誰か…………誰か、じゃ無い。ジョリーンさんの手があった。キュッと握ると、グチュッとした感触が手に伝わって来た。全身が爛れてしまうと聞いた。聞いただけでは解らなかった事が掌を通してやっと理解出来た。
『ジョリーンさん。こんにちは! 私、マリカって言います。ジョリーンさんは国王陛下の侍女さんだそうですね。ルイス様が、ジョリーンさんの瞳は、雲のない晴天の様な美しい空色だ、って教えて下さいました。私、諸事情で目が見えないんですけど、いつか、ジョリーンさんの奇麗な瞳を見てみたいなって思いました。だから、こんな病気、やっつけちゃいましょう? 痛いのも、痒いのも、辛いのも、苦しいのも、吹っ飛ばして、雲のない晴天の下でルイス様にジョリーンさんの瞳のほうが綺麗だし! って言ってやりましょう? だから…………どうか、痛みが消えますように。どうか、ジョリーンさんが笑顔になれますように……』
ジョリーンさんの手をキュッと握る。
細い指、全く力の入っていない弱々しい手。でも温かい手。どうかこれ以上ジョリーンさんを苦しめないでと心から願った。
ふいに右手がギュッと握り締められた。
――――え?
弱々しかったジョリーンさんの手がギュッと握り返して来たのだ!
『ジョリーンさん?』
気付けば、グチュッとしていた感触は無くなり、スベスベの手と手を握り合っていた。
『……はい』
『わぁ! どうしたんですか!? 魔法使って大丈夫ですか!?』
『っ……はい、大丈夫ですよ。私、凄く、凄く元気ですので…………』
今にも泣き出しそうな声なのにジョリーンさんは凄く元気だと言い張る。左手を繋いでいたルイス様に慌ててジョリーンさんが返事をしてくれたと伝えると、なぜか抱き締められた。
『いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
ジョリーンさんの手を握ったまま力の限り叫んでしまった。苦情はどうかルイス様にお願いします、と息も絶え絶えで伝えると、妙にずっしりした『えぇ、勿論ですわ』という返事が聞こえた。
******
理解が及ばない事が次々と起こった。
先ず、聖女様が患者の事を知りたがった。
陛下が一番気にされていた侍女を優先してしまった。私情を挟んだ事を覚られてしまったのだろうか。
彼女の事を教えると、聖女様が防護用の手袋を外された。
そして、あろうことか素手で侍女の手に触れられた。
「なっ、何を!?」
聖女様は如何なる病にも感染しない、と言われているだけで、本当に感染しないのかなどは誰にも解らなかった。なぜならば、前回の聖女召喚より二百五十年もの歳月が経っているのだから。
慌てて聖女様の左手を取った。すると、聖女様がジョリーンに話し掛けていた。
こんな病は吹き飛ばそうと、ジョリーンの瞳が見たいと、笑顔になって欲しいと。
「聖女様、貴女と言う人は…………なんと……」
次の瞬間ジョリーンの全身が淡く輝き、見るも無残だった爛れた皮膚が瞬く間に治っていった。
皮膚が所々剥げ落ちた腕や頬、溶けてしまっていた鼻頭、腐ってしまっていた足先、その全てが綺麗に再生していくように治っていた。
魔導書には患部に触れて癒すと書かれていた。だが、患部も何も、手に触れただけで全身が癒えているではないか。これが奇跡で無く何と言うのだろうか。聖女の力とは、こんなにも神の様な力なのか。
「何と! 一瞬で!?」
「初めは首無しなど、悍ましいと思ったが……」
「……これが聖女力か」
「聖女様にはどんどんと治癒して頂かなければ!」
「「あぁ!」」
私達の周りに詰め掛けていた者達が騒がしい。
ここには王城関係者ばかりが収容されているから、私を目の前にして、『我先に!』というような者はいないとは思うが、それでも『治癒を』と急かす者達は数多くいそうだ。
『ジョリーンさん?』
「……はい」
『わぁ! どうしたんですか!? 魔法使って大丈夫ですか!?』
聖女様ののんびりした声が頭の中に響いた。
聖女様の反応からするに、侍女がいつの間にかセンドワードを使ったのだろう。
『ずっと寝たきりだったのに、いきなり魔法使ったりして大丈夫なのかな!? こんなに細い指、弱々しい手、心配だなぁ。でも、握力凄いや! 元気って言ってるけど、本当かな? あ、手のグチュッとしたのが消えたから、何か発動したのかな? ジョリーンさんの病気、治ったのかなぁ? もう、苦しくないのかなぁ? もう痛くないのかなぁ?』
何というお方だ。どこまでも他人の心配をされている。どこまでも心の内を私に晒して下さる。……いや、これは魔法に慣れておられないだけだろうな。
このような心優しい聖女様に来て頂いて良かった! と思ったが、一瞬で自分の所業を思い出した。
私はこの心優しい聖女様の日常を、ご家族を、ご友人を、将来を奪ったのだと罪悪感に苛まれた。
侍女が反応した事を嬉しそうに話される聖女様に、何と返事をすれば良いのか解らなくなった…………。
気が付いたら、聖女様を抱き締めていた。
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