第5話 恥ずか死ねる。

 



 えー、ワタクシ、只今、絶賛恥ずか死に体験中でございます。

 人の指舐めて、ギャン泣きって。

 先日めでたく二十一歳になったのに、ギャン泣きって。

 ルイス様はただ黙ってて手を握り締めてくれた。

 超優しいんですけどぉぉぉ! 超紳士なんですけどぉぉ!

 あと、泣いたら、涙が零れて、口に入るかと思いきや、次から次に亜空間に持って行かれるというか、消えて行ったっぽい。経口にて塩分摂取失敗。ただ単に水分を大量に失っただけだった。……残念。


『落ち着かれましたか?』

『……ふぁび』


 ヤバい、鼻水で窒息死しそう。鼻かみたい。啜るのは……ちょっと……乙女としてどうなの!? 的な気分。

 いや、でも、苦しいし、啜るか!? 人間、やれば出来る! よね? ヨシッ――――。


『フグッ……聖女様っ!』


 あれ? 今、めっちゃ吹き出したような声が届きましたけど!? あ……また駄々漏れしてたの!? もうっ! この魔法、不便!


『……申し訳ございません』


 痛ましそうな声で謝らないで欲しい。駄々漏れさせて、アホみたいな思考を聞かせてるのは私なのに。


『聖女様、先程空間を繋げた陣から指二本は入ると思います――――』


 ルイス様が、ティシューを人差し指と中指で摘んで鼻先に持って行くから『チーン』してみましょうと言い出した。

 なんでそんな斬新な指使いかと思ったら、親指は届かないかも、との事だった。

 ちょっと待って欲しい。顔は見えないけど、リーゼ曰く『超絶イケメン』。そんな人に介添えチーン?


 ――――無い無い無い無い!


『リッ、リーゼ! リーゼに! リィィゼェェェ!』

『私しか指を入れられません』

『…………りぃじぇぇ』


 そうだ! 涙が垂れずに消え去ったんだもん、鼻水もきっと『ふん!』ってやったら、『ドバッ』と出て、『ショワッ』と消えるはず!


『外に出た分はそうでしょうが、鼻腔内に鼻水が残ったままになって、結局は苦しいのでは? ティシューでしっかりとかんだ方がスッキリすると思いますよ?』

『こっ…………心の声を聞かないで下さいよぉぉぉ!』

『ふふふふ。申し訳ございません?』

『ひぃぃぃ』


 そっと二の腕を擦られてびっくりして変な声が出てしまった。


『申し訳ございません、つい…………』


 あぁぁ、また痛ましそうな声。ホント、こちらこそごめんなさいです。

 結局、素直にルイス様の提案を受け入れ、『はい、チーン』と言われながら鼻をかんだ。恥ずか死に体験、第二弾である。

 ワタクシ、にじゅういっちゃいなのよ?


『あ聖女様、お食事が届きました。お食事にいたしましょう』

『ふぁーい。今朝は何の細切れですかー?』


 毎度、何のご飯かを聞いて妄想しながら喉を動かしている。微妙に飲み込む動作をしないと落ちて行かないのだ。そして、それで味わっている気分でお腹を充たしているのだ。


『聖女様、指が二本入る隙間なら、スプーンやフォークが入ります。経口で摂取可能――――』

『飲み物! 飲み物ちょうだい! 冷たいの!』

『えっ、はいっ』


 ルイス様が慌てて手を離していなくなってしまった。急に包まれる無音の世界。背中がゾクリとする。

 嫌だ、一人は、暗闇は…………怖い。

 体温がぐんぐんと下がって来ているような感覚に苛まれて、自分で自分を抱き締めて、二の腕を擦って温める。


 ――――あ。


 さっき、ルイス様がやってくれたのは、こういう意味だったのだろうか。温めてくれようとしていたのか。それなのに変な声出して申し訳無かったな。


『お待たせいたしました』


 ふんわりと手を取られ、ルイス様の少し高めの優しい声が脳内に響いた。

 ……ホッとした。


『はい、口を開けて下さいね。今から入れますよ?』

『あー』


 冷たくて硬い何かが顎やら鼻の下やらに当ったりを繰り返した後、口の中にスプーンが入って来て、口の中が水分で潤った。


『っ…………お水だっ………………お水、おいっ……おいじぃぃぃぃ』


 またもやわんわんと泣いてしまった。わんわんと泣きながらもっとよこせとルイス様を急かす。でも、スプーンで入ってくるのはちょこっとだけ。ストローで飲ませてとお願いしたら、『ストロー』とは何ですか? と言われてしまった。


『ストロー無いんですか?』

『そのような名前の物は聞いたことがありません。どのようなカトラリーでしょうか?』


 カトラリーって、何だっけ? スプーンとかだっけ? ストローってカトラリーに含まれるのかな? って、今はそうじゃ無くて。


『えっと、細長い筒状で、コップとかにさして、飲み物を吸って飲む道具?』

『あっ! 葦の茎ですね! 直ぐにお持ちします』


 ――――足のくき?


 何を持って来られるのかとドキドキしたら、一センチ強のぶっとい植物の茎だった。足じゃ無くて葦か。なるほど! って事で葦の謎ストローで水をしこたま飲んだ。


『あー! 染み渡るぅぅぅ。お水ってこんなにも美味しかったのかぁぁ!』


 水だけで感動してまた泣けそうだ。でも水分が勿体無いから我慢我慢。あと、鼻水『ちーん』はもう嫌だ。乙女心がズタンズタンだ。

 恥ついでに、そういえばー、と気になった事を確認してみる。


『涙や鼻水は出たらショワッと消えますよね? 何で、スプーンに乗せていた水は消えなかったんですか? ってか、スプーンもか、ってか、ルイス様の指……私の頭も、だ…………え?』

『人体に関してで言えば、魔力を纏っているからだと思われます。一応、人体からされる物にも魔力は含まれているのですが、多分微量過ぎて消失してしまうのだと思われます。そして、スプーンなどには私が魔力を纏わせて入れていますので、消失を防げているのだと思います』


 ――――なるほど?


 どうやって魔力を纏っているのか、纏わせているのか解かんないけど、ルイス様が出来てるから安心、って事でいいのかな? 排出……うん…………考えないでおこうっと。


『はい、牛肉のミディアムレアなステーキですよ、あーん?』

『あー、んっ!』


 サイコロ状に切られた、蕩けるような上質な牛肉のステーキ。食べれるようになったらお肉が食べたい! ステーキ食べたい! と言い続けていたから朝から用意してくれたらしい。

 朝からステーキ!? とお思いだろうか。経口摂取出来なかったこの飢餓感があれば朝からでもステーキは食べれる!

 そもそも、私は平時でも朝からステーキがイケる派だ!

 って事で、あーんで口の中に入れてもらった。

 そっと噛むとジュワリと肉汁が溢れた。ワインベースらしきソースと肉汁が混ざった複雑な香りが鼻から抜けた。

 口の中では、ステーキを数回噛んだだけなのに、サラリと溶けるように無くなるという事件が起こっていた。

 ファミレスとかで食べていた、いつまでも咀嚼を続けないと飲み込めないようなお肉じゃ無い。超高級なお肉。いや、もうお肉様と呼ぼう。

 噂には聞いていた。いいお肉は溶ける、と。噂は本当だった!


『お肉様うまっ! お肉様うんまい! お肉様うーまーいー!』

『聖女様、お肉ばっかりじゃ無くて、パンや野菜も食べましょうね?』

『おにく…………も一個、だめ?』

『っ! ……も、もう一個食べたら、お野菜にしましょうね?』


 ――――わーい、お肉様もう一個ゲット!


 お肉様、お肉様、野菜の野郎、お肉様、お肉様、お肉様、パン、お肉様、お肉様、野菜の野郎、お肉様、お肉様、お肉様、お肉様、シメのパン、デザート、と食べ続け、お腹をパンパンにした。

 お肉様、美味かった。


『うぅぅぅ、お腹いっぱいで苦しいぃ。苦しいのに、お腹いっぱいになったら眠くなって来たぁ』

『今寝ると…………多分戻しますよ?』


 ――――ですよね。


『じゃあ、じゃあ! 働きましょう!? 聖女のお仕事、しましょう!?』


 やり方知らないけどね! きっと、何かふわわわわ! って凄い魔法とか使うんだろう。だって聖女だもん! 魔法少女だもん!


『あー、聖女様……その、ご期待に添えなくて申し訳無いのですが…………患部に手を当てていただければ、治癒力が自動で発現するようですよ』

『…………聞こえてまひた?』

『はい、バッチリと』

『…………っ』


 穴掘りたい。そして埋まりたい。

 きっと、こんなに馬鹿なのが来るなんて思って無かっただろうな。きっと、がっかりしたろうな。あぁ、穴があったら入りたい。


『ふふっ。ええっと、土で汚れますので――――』

『っ! これ以上聞かないでっ!』


 クスクスと笑うルイス様の声が頭に響いた。

 慌ててルイス様と繋いでいた手を振り解き、無い頭を抱えて蹲った。心の声がダダ漏れで恥ずかしすぎて、少しでも小さくなりたかった。




 恥ずか死に体験、第三弾。

 二度あることは三度あるのだね……。ふっ、経験豊富になったもんだ。これで私も大人の仲間入りさ…………。なんて、体操座りでいじけて暫くイジイジしていたら、そっと背中を撫でられた。

 完全にお子ちゃま扱いな気がするんですけどぉ!?


『聖女様、申し訳ありませんでした』


 ルイス様の優しい声が頭の中に響いた。

 しょんぼりイジイジしていても仕方無いし、取り敢えず行動だ。

 ガバッと立ち上がってルイス様の方を向うと思ったけど、勢い良く立ち上がり過ぎてルイス様を見失った。いや、見えてませんけどね……。

 手をふよふよと前や横に彷徨わせていると、右手をギュッと握られて『私はここにいますよ』と何だか艶っぽい声で言われた。今、顔があったら真っ赤な気がする。


『ぅはぁい!』


 対して、私の素っ頓狂な返事。艶も色気もへったくれも何もない。……まぁ、いつもの事か。


『どうされました?』

『早速ですが、聖女活動したいです! ここで色々言われても全くもって理解できそうにも無いので、現地で実技を交えて教えていただけると助かります!』


 こういう時は素直に教えを乞うのが一番! 見栄だの何だの張ったって、仕事は進まない。バイト先の店長が言ってたもんだ。『アホならアホなりに努力しろ。アホなら素直に聞け。そしてメモれ! そしたら、アホでも許す!』ってね! 

 …………あれ? 物凄いアホって言われてただけじゃね? あと、今、メモれなくね? 脳内のメモリー機能は大学受験の時に爆散してもう無いよ!? 

 あと、店長ごめん。無断欠勤します!




******




 聖女様は、センドワードの魔法にまだ慣れていないらしく、心の声も届けてしまっていた。小さい頃は良くやってしまう、可愛らしい失敗だ。

 心の中も素直で可愛らしい聖女様。恥ずかしがる姿も可愛らしくて、ついつい笑ってしまった。

 そうしたら、強い拒絶の感情と共に『これ以上聞かないで!』という言葉が頭に響いた。聖女様は蹲られて、自身で自身を抱き締めていた。

 その姿はとても頼りなく、儚く、守って差し上げなければ、と妙な使命感に駆られた。


「聖女様、申し訳ありませんでした」


 謝りつつ、聖女様の背中を撫でた。

 丸めた背中が、無防備な首筋が、聖女様から漂う甘い花の香りが、私を誘う。

 慌てて頭を振り、聖女様の前に移動し、片膝を付いて話し掛けようとして、ささやかな膨らみに目が奪われた。

 聖女様は、簡素なタイプではあるがドレスワンピースを着られていた。胸元は丸く開いていて、日焼けして健康そうな肌とは違う真っ白な可愛らしい柔らかそうな膨らみが膝で押し潰されて、上に盛り上がっていたのだ。


 ――――触れたい。


「っ!?」


 私は、今、何を。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る