第4話 ふにふにと。

 



 こちらの世界に来て三日が経った……っぽい。ずっと真っ暗だから時間の経過が良く分からないんだよね。

 私を召喚したルイスくんが起きたそうだ。


『えー。別に話さなくて良んだけど。謝ったら許してくれるかなぁ?』

『マリカ、何を謝る気ですの? ルイス様が貴女に謝るのなら解るのだけれど』

『いやー。来た時にね、たぶん踏んだり蹴ったりしたっぽいんだよねー』


 踏んだ後、転けて色々と触りもしたし? たぶん揉んだ……股間を。


『……揉んだの? 王弟殿下の殿下を?』

『ちょ、リーゼ! 何かエグい!』

『何よ! マリカが揉んだんでしょう!?』

『うーん……たぶん?』

『サイズ――――』

『おい! 俺を巻き込むな!』


 おっふ、ルーラントくんの言葉使いが崩れたよ。素直に謝っとこう。

 ん? 今、リーゼ『おうていでんか』って言った? 王、弟、殿下? 王様の弟ぉぉ!? くん付け駄目だよね? 様って言おう!


『マリカ、取り敢えず行くわよ?』

『ふぇぇぇい』


 リーゼの斜め後ろに立ち、右手で彼女の左肩を軽く握る。

 色々と試したけど、これが一番歩きやすかったのだ。目が見えない人がこうやって先導されてるのをたまに見てたけど、理に叶ってたんだなと妙に感動した。




 ルイス様は教皇様の執務室にいるらしい。そこはとてもいい匂いがした。ウッド調の…………何だろ、森っぽい匂い? 駄目だ、私にはおしゃれな匂いの説明は出来ない。森だ森! うん、いい匂い!


『聖女様、私は枢機卿のルイスと申します。私の力不足のせいで不完全な状態での召喚をしてしまい、大変申し訳ございません。聖女様の現状は聞き及んでおります。知らない世界に連れて来られて、私共の理解の及ばないような様々なご心労に堪り兼ねている事とは思いますが、私が責任を持ち、改善してまいります。癒やしの魔法など聖女様にご協力をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?』


 急に手を握られたと思ったら、男の人にしてはちょっと高めな声が聞こえて来た。そしてつらつらと色んな事を言われた。何か謝られているみたいだ。

 えと、魔法は発動してるから、このままで聞こえるんだよね? 分かってはいるけど、未だにドキドキしながら魔法を使っている。


『……もしもーし、聞こえますか?』

『はい、聖女様のお美しい声が聞こえておりますよ』

『……あ、はぁ。えっと……ルイス様、ごめんなさい!』

『やはり、ご協力は難しいですよね』

『あ! いえいえ、そっちは全力で協力します! そうじゃなくて、出て来た時? ルイス様の何処かを力一杯踏み付けてごめんなさい! あと、安否確認の為だったんですけど、色々触ってしまいました! ごめんなさい!』

『ぶふぅぅぅぅ! ゲホゲホ…………失礼致しました』


 急に咽たリーゼの肩がガタガタ震え出したけど、大丈夫かな? 風邪?


『ルイス様、あのー、大丈夫でしたか? 何か怪我とか……』

『っ、あ……いえ、その……癒えていましたので、大丈夫です』


 何か恥らったような感じだけど何でだろう? でも、それより聞きたい事が色々とあるのだ。

 先ず、頭が欲しい! コレ、死活問題デスヨ。

 次に、癒やしの力の使い方を知りたい。そんで、バンバン癒やして、私の有用性を示して、こちらの世界で安全に暮らしたい!

 病気が蔓延して、その対策として聖女召喚されたんだから『押し付けないでよ! こんなの誘拐犯と一緒じゃん! 早くもとの世界に帰して!』みたいな事は流石に言えない。私、そんなに豪胆なメンタル持ってないもん。チキンでガラスなハートなのですよ。

 だからなる早で病気を癒やす為に、今すぐ活動するよ! って言ってるのに、デュラムセモリナみたいな女が現れたら阿鼻叫喚になるから、ルイス様が目覚めるまでは暫し待ってくれと教皇様以下数名から説得されていた。


『聖女様、大変申し訳ございません、頭部を取り戻す方法はまだ解らないのです……あと、デュラハンです』


 あ、さっきの謝罪はその事についてだったんだ。なるほどー。マジか! お腹は減ってないのに飢餓感は凄いあるんだよー。謎だよー。死にはしないだろうけど……だろうけどぉぉぉ。


『どうにか経口で食事を摂る方法無いですかねー? やっぱり逆立ちで逆流させるしか無いのかなぁ』


 咀嚼したい。もぐもぐしたい。だけど反芻もぐもぐは嫌だ。牛とかしてるけど、ワタクシ人間なもので……。いえ、ワガママ言ってすみません。こんな気持ち悪い感じの生き物用のご飯作ってくれてありがとうございます。リーゼもルーラントくんも食べさせてくれてありがとうございますデス……。


『聖女様、お心の声が駄々漏れでございますよ』

『リーゼ……何で急にそんな気持ち悪い話し方?』

『あら嫌ですわ、聖女様ったらっ。元よりこのような話し方でしたでしょう?』


 ――――あ、何かすんません。


 何か言葉の端々にイラッとマークが付いているようなイメージをビビッと受信した。王弟殿下の前で何言うんじゃワレェ。的なやつかな?


『聖女様、誠に申し訳ありません! 早急に、最優先で、経口で飲食出来るような方法を探します。もう一日だけお待ち頂けませんか!?』

『え、あ、はい。よろしくお願いします?』


 急にルイス様が慌てたような声を出して謝って、一日待てと言って、消えて行った。……らしい。

 取り敢えず面会はここまで。となり、部屋に戻った。




 翌日の早朝、リーゼに起こされ、着替えを手伝ってもらい、頭をフラフラさせながらソファに座った。……頭、無いけどね!


『え、まだ五時? だよね、超眠いもん。リーゼ良く起きてたね』

『あら、侍女達は朝四時から働いているわよ?』

『え……ちゃんと寝てる? てか、休みとかあるの!? この数日ずっと側にいてくれたよね!?』

『大丈夫よー。マリカが寝たら私も寝てるし、お休みもあったわよ。ここでお茶してただけよ』


 そう言いながら淹れ立てのお茶を少し冷ましてから飲ませてくれた。温かい物が胃に染み渡る感覚を味わう……味わうでいいのかな? ま、いいか。


『で、何でこんなに早いの?』

『ルイス殿下がマリカに今すぐ会いたいって訪問されたのよ。入室の許可を出しても良い?』

『って、えぇ!? 今、めっちゃ優雅にお茶の時間取ってたよね!? 良いよ! 凄く待たせてんじゃん!』

『あら、淑女の部屋に早朝に押し掛けるなんて非常識な事をする男はね、どれだけでも待たせても良いのよ?』


 なんつーか、超お嬢様発言!

 そういえば、地位が高い人に付けられる使用人の地位も高い、みたいな事を言ってたっけ。そもそも、リーゼは本物のお嬢様だったね。


『ハァ。マリカは心の声を漏れさせない訓練をしなきゃね』

『えー? また漏れてるの? じゃなくて! 殿下っ!』

『はいはい。お通しするわよ』


 リーゼが離れて行ったので、殿下を呼びに行ってくれたらしい。

 急にひんやりした手で手を握られてビクッとなったら『申し訳ございません』と聞こえて来た。


『ルイス様?』

『はい。朝早くから申し訳ございません』

『いえ、大変お待たせしたみたいで、こちらこそ申し訳ございません』

『いえ、元はと言えば――――』


 なんでか二人で謝り倒し続けた。


『聖女様をお伺いした理由なのですが、昨日から色々と調べてみて、試したい事が出てきたので、早速ご協力をお願い――――』

『いーですよー。何するんですか?』

『えっ、ありがとうございます! 先ずは……隣に座ってもよろしいでしょうか?』


 今は、私の向かい側の床に跪いていたらしい。何て事だ! 私、王族を跪かせていたらしいよ。何様だよ!


『聖女様ですよ?』


 くすくすと笑われながら言われた。またもや駄々漏れだったらしい。

 ルイス様が右隣に座ったけど、妙に近い気がする。コレ、寄り添ってない!? 何か肩にどっかが触れてるよー? 何か温かいよー? あ、またくすくす聞こえる!


『ちょ、聞かないで下さい! 手、離して!』

『ふふっ、聖女様は可愛らしい方ですね』

『んなっ!?』


 慌ててルイス様の手を振り解いた。

 可愛らしいとか、人生で初めて言われたかも!? 絶対顔が真っ赤だ。……頭無くて良かったぁ!


『聖女様、少し体をこちらに向けて下さいませんか?』


 ふんわりと手を取られ、優しい声でお願いされたので、おずおずと右隣に座ったルイス様の方に体を向ける。そのまま動かないで下さいね、と言われたのでビシッと背筋を伸ばして固まる。またくすくす聞こえるけど気のせいって事にしておこう。


 ――――ん?


 暫く不動で待っていたら、顎につんつんと何かが当ってくる。


『へ?』


 顎に感覚がある! この世界に来て初めて感じた。で、何がつんつんしてるんだろう?


『何かに当ってますね? 聖女様、どこか触られてる感覚はありますか?』

『顎!』

『顎ですか…………ここかな?』


 今度は鼻の下がつんつん。ヤバい、ちょっとズレたら鼻の穴に行っちゃいそうだぞぃ! イケメンらしき人に鼻フックとかされるのはご遠慮願いたい!


『ブフッ……すみません、ソレは聞こえました。気を付けます』

『あのー、なにでつんつんしてるんですか? なんでつんつん出来てるんですか?』

『私の人差し指ですよ』


 どうやってか解らないけど、私の頭はあっちの世界とこっちの世界の狭間というか、亜空間に取り残されているらしい。そして、その亜空間とこちらの世界を魔力で繋いだらしい。


『今は指が二本入るかどうかの隙間しか開けれませんでしたが、繋げられる事は解りました』


 指二本分だけの隙間でさえもルイス様の魔力の半分を持って行かれたらしい。

 ルイス様はこの国で一番魔力が多いと聞いていた。その人の魔力が半分。これは、先は遠いと思った方がいいのかな?


『少しお待ち下さいね…………』

『ふあっ!』


 ふにふにっと唇にルイス様の指らしき物が当って、びっくりして口を開けてしまった。

 唇に、歯に、舌に、物が当る感じが嬉しくて、既に懐かしくて、ペロッと舐めてしまった。

 何の味もしなかったけど、柔らかかった。柔らかくて、少し弾力があって、温かくて……気付いたらわんわんと泣いていた。やっぱり声は出なかったけど、言葉を送る魔法でルイス様には届いてしまっていたと思う。だって、泣いた瞬間ビクッとして、次第にギューッて手に力が入ってたから。




******




 聖女様はとても明るくて素直で……優しすぎる方だった。

 不完全な召喚をしたのに、逆に謝られてしまった。心配して下さった。踏んだり触ったりしたと、少し照れたような声で言われた。

 確かに、男の象徴を踏み付けられた。あの瞬間、色んな意味で死ぬと思ったくらいの激痛に襲われた。だから、目を覚まして一番に確認してしまったんだ――――。




 慌てて布団を剥ぎ、ズボンのウエストを持ち上げ中を覗く。


「……無事、なのか?」

「ぇ…………ルイス……えぇ!?」


 声がした方を向くと、教皇が結構に引いた顔をして私を見ていた。


「あ……え…………あ! いや、そのっ……」


 しどろもどろに説明した。……せざるを得なかった。


「あー、うん。それは無事か確かめたくもなるよねぇ……うん」

「お見苦しい所をお見せいたしました」


 何だろうかこのいたたまれない空気。そして気付く。聖女様の力は患部に触れて発揮されるものだと。

 あの意識を刈り取られる程の激痛から考えて、痛みも、外傷も一切無いなど可笑しいと。


 ――――触られた!?


 全身が一気に熱くなった。手がこれだけ赤いのだ、顔など真っ赤だろう。

 きっとそうだ、間違いなく触られたのだろう。

 何故? いや、踏んだのは事故だったのだろう、そして気付いて下さった聖女様が癒やして下さったのだろう。

 きっと不快だっただろう。男の象徴に手を当て癒やすなど、性的な嫌がらせだと思われたに違いない。聖女様は乙女なのだから、余計にそう感じたはずだ。

 

「聖女様に……何と言って謝れば良いのでしょうか?」

「うーん。私達も伝えたんだけどね、特には気にして無さそうだったよ。不便そうではあるけど」


 ――――不便?


 もしや力を使うのに何かしらトラウマが!? でも言えないでいる、とかでは!?


「気にしていないなど、そんな訳ありません! きっと強がりですよ!」

「うーん。彼女、結構楽天家みたいでね。お前の事をとても心配しているよ」

「そんなっ……あれは事故だったのです! 聖女様はとてもお優しい方なのですね」

「え? あ、うん。でも、流石に『事故だった』は角が立っちゃうから、お前自身が言うのはどうかと…………いや、事故だったんだろうけどね……」

「流石にわざとでは……」

「いや、そうだろう。流石にわざとだったら私でも本気で怒るよ?」

「教皇……」


 やはり、教皇も男性だから解るのだろう。あの痛さは未だに身震いが起きそうなほどだった。


「でも確かに、謝るのは大切だね。きちんと心を尽くしなさい。そして彼女の為に行動なさい。私も枢機卿達もついているからね?」


 ――――行動?


「心を尽くす……行動……。触らせてしまった事への謝罪と…………あ、責任を取り婚姻、でしょうか!?」

「え? 触らせて? 婚姻? …………ルイス、お前、何の話をしているんだい?」


 ――――え?


「聖女様に私の局部を触らせてしまった事への謝罪ですが?」

「…………あぁ! あぁっ! あー! そうか、そうなるね。あ、いや、それも、そうなんだけどね…………あー、いやー、そうかぁ。うーん。いや、婚姻って……」


 何故か教皇が急に慌てふためき、歯切れが悪くなり、もそもそと独り言を呟いていた。




「なっ…………何故、そんな事に!」


 まさか、聖女様の首から上が無いなど……思いもしなかった。気付きももしなかった。


「いや、てっきりそっちの話だと思って聞いてたから。あははは! 婚姻って! ルイス、どれだけパニック起こしてるんだい!」

「…………だって。これは終わった、と思うくらいだったんですよ! それが治ってるものだからっ…………じゃなくて!」


 聖女様の頭部の問題だ。

 教皇曰く、目下の問題は飢餓感との事だ。


「彼女ね、ノリノリで実験しては痛い目に遭ってるのに…………さっ、逆立ちして、プププッ……首の所に食べ物入れればっ、ぎ、ぎゃく……逆流して口に来るんじゃないかな、っとかねっ……あはははは!」


 教皇様のツボが著しく刺激されたらしい。


「……逆立ち、ですか」

「うん。でも、『そうなると、嘔吐物食べてる感じだよね!? 私、牛違うし!』って叫んでたよ。あははは、本当に面白い子だよ」

「牛……ふふふっ。確かに、面白い方ですね」


 取り敢えず、聖女様が一番苦しんでいると申告された飢餓感をどうにか解消せねば。何が何でも頭部を取り戻してみせると強く決心した。

 



 先ず初めに思い付いたのは、召喚の間でもう一度儀式をする事。

 ところが、教皇に召喚の間は使えないと言われた。召喚の間は、一度使うと百年休眠するのだそうな。私は知らなかった。


「黙っていてすまなかったね。妙なプレッシャーを与えるのは良く無いだろうという配慮だったのだろうね。何代も前から陛下と王妃殿下と王太子殿下と教皇のみに知らされているんだよ」

「良かったのですか? 話してしまわれて」

「うん、きっとまた使うと言い出すと思ってね、陛下には話す許可を取ったよ」

「そうだった! 陛下は!?」

「まだ意識はしっかりしておられるよ」


 ホッとした。私が寝ている間に…………ん?


「聖女様に癒やしの活動をしていただいていないのですか?」


 流石に首無しのままで人前に出す訳にもいかず、私が起きるのを待っていたとの事だった。

 唯一召喚陣に触れた私なら、この世から消えてしまった時空間魔法を何か紐解いたのでは? 頭部の再召喚も可能なのでは? と。


「……確かに。原理や構築の仕方、陣の描き方、どれも現在の魔法の使い方とかけ離れていました。召喚陣に魔力を流すと同時に頭に入っては来ましたが……」


 私にソレを紐解き転用出来る程の知識はあるのだろうか? 魔力量は誰にも負けない。だが、知識となると私以外の枢機卿の数名の方が断然に研究熱心だった、と言わざるを得ない。ルーラントなどはその筆頭だな。


「幸いな事に、直近で命が危ないという人がいなかったからね、君が起きるのを待っていたんだ」

「申し訳ありません。解決法は必ず探し出しますが、直ぐにとは行かないかと思います」

「そうだよね。取り敢えず、陛下に会いに行こうか」

「はい」


 陛下に面会をし、頭部問題は現状直ぐには解決しないので、聖女様の治療を受けて欲しいと願い出た所、救護所に隔離されている重症の者から癒やすようにと言われた。




 陛下との面会後、聖女様へ挨拶と謝罪をした。

 見た目は、貴族のご令嬢のように薄く細く、容易く手折られてしまうのでは!? と思うほどの細身だった。思念魔法で会話をしてみると、教皇様の仰るように明るく溌剌で、誰よりも優しい少女だった。思考が駄々漏れしてしまい慌てふためく姿はとても可愛らしかった。

 翌朝、聖女様と向かい合わせになり、徹夜で悩み思い付き構築した魔法を口元に展開した。展開した瞬間に魔力がごっそりと持って行かれた。

 聖女様を安心させる為に使用した魔力は『半分』だと嘘を吐いてしまった。本当はほぼ空に近い。目眩と頭痛がし、脂汗がダラダラと流れ落ちてくる。だが、そんな事はどうでもいい、聖女様の頭部を取り戻す為にも、私は命を掛けるべきなのだ。それだけの事を聖女様にしたのだから。


「何かに当ってますね? 聖女様、どこか触られてる感覚はありますか?」

『顎!』

「顎ですか…………ここかな?」


 そう言った次の瞬間、右手の人差し指が柔らかい物に当った。

 ソレは弾力があり、ふにふにと押していると、急に硬いものに擦れ、次いでヌルリと艶かしい感触がした、何故か腰がズクリと疼いた。

 そして、聖女様と繋いだ手から強烈な感情が伝わって来た。

 困惑、悲しみ、寂しさ、辛さ、苦しさ、悔しさ、憤り……怒り。そして、少しだけの安堵。

 聖女様は声にならない声で泣き叫んでいた。

 聖女様の泣き声は誰にも聞こえる事が無い。

 聖女様はやはり耐えていたのだ。誰にも苦情を言う事無く、この状況を受け入れ、慣れようとしていた。

 

 ――――抱き締めたい。


 きつく抱き締めて、小刻みに震える体を温めて、『大丈夫』、『私に任せて』、『私を信じて』、『必ず光を取り戻してみせる』、と伝えて安心させたい。


 ――――召喚した犯人なのに?


 そうだった、私が彼女を苦しめている張本人ではないか。何をもって任せろと言うつもりだ。何をもって信じろというつもりなのだ。

 思念伝達の為に繋いだ手に力を込める事しか出来ない。

 

 ――――私は無力だ。



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