第3話 ぬぁんじゃこりゃぁぁぁぁ!
暗闇の中でやっとこさ見付けたドアを開けたら、その先も暗闇だった。誰か電気付けてよ。
あれ? 人が近付いて来た気がする。背負ったA子さん(仮名)を撫でているような、揺すっているような? もしや知り合い!?
A子さん(仮名)を片手で支え、知り合いらしき人に手を伸ばす。
あ、顔面鷲掴みにしちゃった。ん? これ髭かな? おじいさん? お父さん的な? それにしても、何かサラサラした良い服着てるなぁ。あ、手みっけ!
知り合いらしき人の手を掴んで、どうにかこうにかA子さん(仮名)を引き渡した。
『ふぃーっ』
何度目かの無音の独り言を漏らしながら、左手は腰に当て、右腕で額の汗を拭おうとした。気持ち的に凄く汗かいた気がしたからね!
右腕がスカッと……あらぬ方向へ進んだ。
額を拭おうとした腕が、額に当たる事無く、後方へ。何度やっても頭があるはずの場所をスカッと通り過ぎる。
おずおずと両手で頭の存在を…………いや、私ってば何言ってんのかな? あははは! 頭の存在って…………。
『ぬぁんじゃこりゃぁぁぁぁ!』
めっちゃ叫んだはずなのに、無音。脳内にだけ自分の声が響いた。
そんな事よりもっ、どうなってるの私の体っ! 首から上が無いんですがぁぁ! 何でぇ? 待って待って、他は?
取り敢えず自分の体を触って確かめる事にした。
肩、腕、肘、手、指、胸……胸が無い、無いが、元から無い。次っ! お腹、股、太股、膝、脛、足首、足先。あるっ!
無いのは頭だけ。
首からスパッと切れたように、頭だけが無い。頭を抱えたいのに、頭が無いっ!
切り口的な所は……怖くてしっかりは触れなかった。
あー、何だっけ、こういうのいたよね? 両手を腰に当て、無い頭を傾げながら考える。
でゅ……デュ……デュラムセモリナ? でゅらんでゅらん? なんかそういうの、馬に乗った人!
思い出せないけど、それっぽい名前思い出したのでスッキリして、ようやく頭が働き出した。
頭、無いけどね!
――――てか、ここどこ?
さっきの髭の人を探そうとして一歩踏み出したら、何かに蹴躓いてビタン! と転けた。地味に痛……いや、あんま痛く無かった。地味に恥ずかしいくらいだね。ムクリと起き上がって取り敢えず膝をペンペンとはたいた。なんだろうね、こういう動きって癖なのかな?
肩にポンポンと小さな振動を感じた。誰かから肩を叩かれたのかな?
肩に手を置くと、シワっとした手があった。手から肘に、肩に、と辿って行くと、髭発見。さっき顔面鷲掴みにした人だ。たぶん。
そっと腰に手をそえられ、誘導された。掌を引かれ、何かを触るように言われてるっぽい。何も聞こえないけどね!
誘導された先を触るとイスっぽかった。木の丸イス、背もたれ無し。座れって事だろうか?
――――んじゃ、座ろ。
今度は掌をペチペチと叩かれた。何だ? と思ってたら掌に何かを書かれている。くすぐったくてケタケタと無音で笑う。……虚しい。
頑張って読み取ろうとしたけど、そもそも読めない字っぽい。ひらがなじゃ無さそう。ふにゃんふにゃんした記号っぽい。
おじいさんっぽい手に『こんにちは』と『HELLO』を書いてみた。
暫く固まられたので、文字は伝わらないみたいだ。さて、どうやって意思疎通したら良いんだろうね? こう、ジェスチャー的な? 『トイレ行きたい、漏れそう!』しか表現できる気がしないけど。
おじいさんらしき人が私の肩に手を置いて暫くジッとしている。休憩中かな?
『――――すか? お嬢さん、聞こえますかな?』
ふおっ!? 頭の中に何か優しそうなおじいさんの声が聞こえた! 『うん!』っと言いながら頷いたけど、頭無いから体がちょろっと揺れただけだった。
『聞こえたのですね? 言葉は通じていますか? あ、これは一方通行なので、手でお返事お願いしますね?』
通じているので頭の上……辺りで、大きく丸っ。
『文字は通じなかったのですね?』
これも、丸っ。
『今、私は意思伝達の魔法を使っているのですが、
え、魔法? 聖女様!? えぇぇぇっとぉぉ? いや、取り敢えずバツだよね?
顔の前……辺りで、大きくバツをすると、明らかに落胆した声が聞こえてきた。なんか、ごめん。
取り敢えず、誰でも出来る簡単な魔法らしいので為してみませんか? と言われたので両腕で大きく丸をした。
おじいさんに『風よ、運べ、心よ、響け、我が声を届けよ、センドワード』と言えと言われたので、言ってみた。
『どうですかな? 私の体に掌で触れて、何か話されてみて下さい』
『えーっと、こんにちは?』
『はい、こんにちは聖女様。私はユースティティア教の教皇でパウロと申します』
――――何か宗教のお偉いさんキター!
『あの、パウロ……様、さっきの女の人、大丈夫ですか?』
『女の人?』
『さっきまで私が背負ってた、髪が肩くらいの長さで、貧……細っこい人!』
危うく貧乳って言う所だった。流石に失礼だ。
『あぁ、ルイスですね。それから、彼は男ですよ?』
なんと! 失敬。細っこさと軽さから女の子だと思ってたよ。まだ子供なのかな? ん? あ! 私、色々と触りまくったなー。何か揉んでたのってもしや……ちん………………ヤバッ。痴女じゃん! あれだ、私見えてないし、彼は意識不明だし、ノーカンだよね? よし、推定無罪!
『聖女様、落ち着いて……ぶふふふっ…………ゴホッ……落ち着いて下さい。慣れないと……思っている事、全て伝わってしまいますと……言い忘れておりました』
教皇様がぷるぷるしながら教えてくれた。
慣れるまでは、話したい事がある時だけ相手に手で触れるようにすれば良いそうな。どうやら、掌が発信機? らしい。
因みに魔法の継続時間は一時間、それより前に止めたい時は『センドワード、デスペル』と言うと良いらしい。魔法の効果が消える時はパシュンって何かが弾ける感覚があるそうだ。
デスペルって何か有名なRPGのゲームで使われて無かったっけ?
まぁ、いいや。
取り敢えず、私、魔法少女じゃね? 二十歳だけど、少女で良いよね?
パウロ教皇様と話して……テレパシーして? ……あーもー、話してでいいか。
なんと、ここって異世界なんですってよ、奥さん! あらまぁ、おほほほほ。
…………マジか。
この国はエウロピア王国、大陸の西の海に面した所にあり、三ヵ国と隣接しているんだとか。
そして、パウロ教皇様はユースティティア教の一番偉い人。そんで、さっきのA子さん(仮名)改めルイスくん(二十三歳)は、枢機卿と言って教皇の次に偉い人達の一人らしい。
この世界には疫病が蔓延していて、国王様まで病気に罹ったから、癒やしの力を持った聖女にこの国を、この世界を、助けてもらおうと思って聖女召喚の儀式をルイスくんが執り行ったんだって。
その聖女召喚の儀式とやらで、私が聖女として選ばれたらしい。
この私が聖女。お淑やかさが皆無の私が聖女。見た目は中の中、ザ・平凡。髪型は……オシャレでやったはずのボブが変な作用を起こしてこけし風。勉強の成績は平均点……下辺り。医学の知識……あったかな? 性格もたぶん普通。どこに聖女の成分があったんだろう? まだ勇者とかの方が納得出来たよ。運動出来て、多少足が早いだけだけど。
『ルイスくん、中で倒れてたんですけど、大丈夫ですか? 私、どこか踏んじゃったっぽいんです』
『とても安らかな寝顔ですよ。聖女様の魔力の残滓が感じられましたので、癒やしの魔法を発動されたのでしょう』
『いやー? 何もしてないですよ? 私のいた世界、魔法とかありませんでしたし』
『……ふむ、それは後々検証しましょう。ところで、聖女様はお顔が無い種族では無いですよね?』
お顔が無い種族って何だ。あれか、デュラムセモリナか。
『いえ、ちょっと音は近いですけど、違います。デュラハンです』
『あ! それー! あー、スッキリしたぁ…………いや、普通の人間ですよ! 頭ちゃんとあり…………今は頭が迷子中です!』
『ブッ……ですよねぇ。なぜそのようなお姿に?』
『ぶ? いや、こっちが聞きたいんですけど』
『……これもルイスが起きてからだね。あぁ、それから、遅くなりました』
そう言ってそっと肩にマントか何かを掛けられた。『下着姿ではお寒いでしょう』と言う一言付きで。
……セパレートタイプの陸上のユニフォームですが、何か? え、何これ? やっぱり痴女扱いじゃね?
『ぶふふふっ……ゴホゴホッ』
パウロ教皇様は風邪でもひいたのかな?
******
聖女様はとても明るい女性だった。
…………首から上が無いだけで。
ルイス様が目覚めるまで、年齢が一番近く事情を知っている私と妹で世話をするようにと教皇から仰せつかった。
妹は王城で上級侍女をしていたので、こちらに来る事はとても不服そうだった。
それもそうだろう。折角、王太子殿下付きの侍女にと打診を受けて、数日中に移動する予定だったのだ。
「そういじけるな。聖女様だぞ? 国や世界を救ってくれるお方だ。光栄な事だよ」
「お兄様、まだ確定では無いのでしょう? それに…………首から上が無いってどう言う事ですのっ」
「いや、本当に訳が解らないんだよね。ルイス様はまだ眠り続けてるし。魔力がある程度回復するまでは目覚めないんじゃって教皇が仰ってたよ」
「……もう。何で私なんですの……折角のイケメンパラダイスが……ハァ。で、その聖女なんですけど、なんで挙手してますの?」
聖女様に背を向けていたので、振り返ると右手を高らかに上げていた。取り敢えず伝達魔法をするか。
「聖女様、どうされました?」
『ルーラントくん? あのね、大事件なんだけどね!』
「はい、ルーラントです。どうされました?」
『おしっこ漏れそうなんだけど!』
「え…………」
『いや、マジでヤバいんだって! トイレ! トイレをお恵み下さいぃぃぃぃ』
慌てて妹にトイレに連れて行くように言った。
二人ともぐったりした感じで戻ったが、なんとかなったようだ。聖女様に関しては、何となくそんな雰囲気だってだけだが。
「そろそろ夕飯の時間ですけど、この方、どうなりますの?」
「え、頭無いんだから食べないんじゃないのか?」
「排泄するって事は、摂取もするんじゃありませんの?」
「…………!」
聖女様に確認すると、喉も乾いたしお腹も減ったとの事だった。
色々と話した結果、黒々とした夜空のような首の切り口に水を流し込んでみる事になった。
『よっし、バッチコーイ! あ、ちょこっとだけだよ!?』
聖女様の謎の掛け声の元、スプーン一杯ほどの水を首の切り口に垂らす。
首の切り口は煌めく夜空のような色合いで、何がどうなっているのか全く解らない。ただ、妙に美しかった。
その訳の解らない切り口から弾かれるんじゃと思っていた水は、シュルリと消えた。そして聖女の喉がゴクリと動いた。
「……飲んだのか?」
「水は消えましたわね……」
『なるほどー。そう来るかー』
聖女様か妙に残念そうなので、どうだったのか聞いてみた。
『水分は補給された。でも、口や舌を経由しないから、何の触感も味も無く、だだ補給された』
それは…………何とも……。
『固形物も試してみよう!』
勢いだけで実験を続けた。
先ず、一口大のパンを入れたら駄目!
そもそもだ、喉を経由して行くのだから、噛んだ後くらいの大きさ、もしくはペースト状にしなければならないと気付くべきだった。
『ぐほぁぁ……死ぬかと思った!』
慌てて水を流し込んだのは言うまでもない。
聖女様を風呂に入れるからと部屋から追い出されたので、自室で手早くシャワーを済ませて、教皇と事情を知っている枢機卿達に聖女様の事を報告し、聖女様の部屋に戻った。
「はぁ? 何ですって!?」
妹が声を荒げて何か騒いでいたので喧嘩にでもなっているのかと思った。
「何なのその羨ましい世界は! 一日中、イケメン見放題!? イケメンを育成するゲームですって!? ちょっと出しなさい! はぁぁ? あの破廉恥なユニフォームしか無いの? ……えぇ? は? うわぁ……貴女、ルイス様に全て弁償してもらいなさいよ?」
……どうやら仲良くなったらしい。
「何のお話をされていたのですか?」
『あ、ルーラントくんお帰りー。いやぁ、私、身一つでこっちに来ちゃって、しかもあっちに帰れないんでしょ?』
「……はい」
『明日、誕生日なんだけど、パーティーして、プレゼントもらう予定だったの! 最新の乙女ゲーム! ニ十人のイケメンの中に、女子は私一人だけ!? ドキドキの学園ライフ! って謳い文句のゲェムゥゥゥ』
良くは解らないが、どうやら妹と同類のイケメン好きのようだ。
「あー、うん。ルイスサマガ弁償シテクレマスヨ……」
聖女様が来てニ日経った。
誕生日はお祝いの言葉だけ贈った。頭が戻って来たら御馳走が食べたいそうだ。
妹とはとても仲良く出来ているらしい。
『リーゼ、喉乾いたー。喉……? 口?』
「さっき飲んだじゃないですか。もうちょこっと入れてみます?」
『うん…………あー、ダメだー。飢餓感がすっごい。口を経由して食べるって大切な事だったんだねぇ。肉が食べたい。ミディアムレアのステーキ! あ! 逆立ちしたら口に来ないかな?』
「……それ、嘔吐と一緒じゃありませんの?」
『…………どうしても飢餓感が我慢できなかったらチャレンジしてみよう……かなっ?』
因みに、聖女様と私と妹の三人で話せているのだが、視覚の破壊力が凄い。昨日、教皇様が来て、酸欠になりながらも会話に参加していた。
丸いサイドテーブルのようなところで三人で指を絡ませて手を繋いでいる。こうすれば片手は開くからだが、二十も過ぎた兄妹で指を絡める辛さ。なぜか妹の夫に後ろめたい気分。
あれもこれもそれもどれも、ルイス様のせいだ!
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