後編


「で。誰だよ、その子」


「あ、それはその……、何と説明すれば良いか」


「勇者サマ? コノ人はダレですカ?」


 昨日ぶりだと言うのになぜだが大人びて見える友人の隣には、日本人には見えない、というか耳がかなり特徴的な美少女が立っていた。


「異世界転移か、お疲れ」


「理解力が高すぎる!?」


 自分の世界すらも上手に回すことが出来ない俺に比べて、彼は他人の世界を救ってみせたのだからすごいものだ。それはそれは壮大な物語があったのだろう。


「保険医がそういったことに精通しているぞ」


「あ、ああ……。ありがとう」


 彼女を人外と評するのは違うだろうけど、戸籍がないという点では一緒だろう。であれば、そういったモノに頼るのが一番だ。うちの学校の保険医は狐だからな。この間、うちのクラスの女子実家が寺と戦っていたのを見かけたから間違いない。結末は知らないが、彼女が定期的に保健室に通っているところを見るに安全は保障されていると言えるだろう。


 ――クカカ! この世界に如何ほどの価値がある!

 ――黙れっ! 何も見ようともしない貴様に分かるものか!


 頑張れヒーロー。

 俺たちの今日は君の肩にかかっている。


 ――離してっ! 私と居ると君まで不幸になる!

 ――君の居ない世界こそが俺にとっての不幸なんだ!


 隣町の寺のお守りが恐ろしいほど効果があるそうですよ。もっとも、あなたたちには必要なくなるんでしょうけど。


 ――キャァァァァ!

 ――これは、青酸カリ!


 舐めちゃ駄目だよ。


 今日も世界は青春で溢れている。

 たとえ分かり易く目に見えるものがなくたって、今日を平和に生きている事実だけで充分じゃないか。


「そんなわけないけどさ」


「非日常に憧れるのは分からなくもない」


「毎回付き合わせてごめん」


「気分転換になってるから別に」


 隣のクラスの転校生が二日目にして例の青年と問題を起こしているらしい。廊下を走り回っている二人の怒声が響き渡る。


「普通さ。これだけの前振りをしていれば俺になにかあるわけじゃん」


「一目惚れするとか?」


「空から親方が降ってくるとか」


「それは嬉しいのか?」


「起きないんだよなぁ」


 高校も二年生になった。

 意識しはじめた中学時代から数えて五年目にもなれば、諦めもついてくる。


 諦めることを諦めるにはちょうど良い期間じゃないか。


「お前のその前向きさは嫌いじゃないよ」


「いつも見てきたからな」


 諦めない主人公おまえたちを。

 他人は俺を笑うだろうか。主人公おまえたちは俺を認めてくれるだろうか。


「何をすれば良いか分からないんだけどな」


「……野望を持つとかは」


「ラスボスになれと?」


「まあ、聞けよ」


 そちらの道には進むつもりはない。

 可能性が高くても、世界を守ってくれる友人が傍に居てどうしてその道を選べるというのか。


「夢と言えば聞こえは良いけど、欲望ってのは本来恥ずかしくて泥臭いものなんだ。どうせ恥ずかしいと思うならおもいっきり恥ずかしいほうが良い」


「どうして?」


「そのほうがカッコ良いから」


「なんだそれ」


 簡単に言ってくれる。

 それでも心が軽くなるのだから本物は違うんだ。


「携帯」


「ああ」


 古臭い着信音。

 彼の携帯はいまだにパカパカと開閉式だ。


「出番か」


「みたいだ」


「行ってらっしゃい」


 屋上から飛び降りる。

 怪我を負うことはない。彼の身体能力をもってすれば階段を一段ジャンプする程度の話。


 見えなくなった彼を見送って。

 見上げる空は馬鹿みたいに青かった。


「野望か」


 色々ある。

 色々あるけれど。


「そうだな」


 この世界は青春で溢れている。


「まずは名前が欲しいかな」


 通行人として使い捨てられた俺の声が。

 あなたさくしゃに届けと願いを込める。


「青春したいなぁ」


 この世界は青春ものがたりで溢れている。

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