この物語はフィクションです。
@chauchau
前編
「どいてどいてどいてぇぇ!!」
青春はいつだって。
「ちょっと!? あんた、いまあたしのパンツ見たでしょ!?」
「はァ!? お前が勝手に落ちてきたんだろうが! それよりもまずは謝罪が先だろうが!」
「避けないあんたが悪いんでしょ! このノロマ! ああ、もう! あんたみたいなのに関わっている時間はないのよ!」
「ちょっ! ……なんだよ、あの女!」
いつもと変わらないはずだった通学路。
大きく変えたのは、頭上から落ちてきた美少女……のパンツと顔に突き刺さる膝頭。人にぶつかっておいて謝りもしない常識外れはたとえ美少女であったとしても関わりたくない。あんな女と今後一切出会わないことを願うね。
苛立つ気持ちを押し殺して学校へ向かう。
そんな青年を見送って。
「良いなぁ……」
彼の隣を歩いていた俺の声は誰にも届くことなく消えていった。
※※※
「おい、聞いたか! すげぇ可愛い子が転校してくるらしいぞ!」
「隣のクラスにか」
「そうなんだよぉ……」
ジェットコースターもびっくり仰天のテンション急降下。
壁を挟んだ
今に始まったことじゃない。
青春はいつだって俺を避けていく。
家が隣り合わせの幼馴染は男。
パンを咥えた女の子と通学路でぶつかったのは俺の前を歩く人。
くじ引きで大賞を取るのは俺の次の人。
美人な教育実習生はいつだって隣のクラス。
友人が異世界転生で勇者として召喚された時、俺は彼の隣を歩いていた。
不思議な霊媒能力を持った家庭に生まれて世界を救っているのは俺の幼馴染。
男だというのに魔法少女に選ばれてしまったのは俺の兄貴。
一つひとつは大したことじゃないかもしれない。いや、大したことも混ざっているけどそこは横に置かしてほしい。
それが積み重なっていけば心に重くのし掛かる。真綿で締められる首のように。どこまでもお前は世界のモブでしかないと嘲笑われている錯覚すら抱いてしまう。
「何徹目」
「三徹……」
「ありがとうな」
吹っ切れた人間特有のハイテンションは、彼が世界を救ってくれている証であった。痛みを背負って、重責を背負って、それでも日常生活を守ろうとする彼に出来ることなんて安いジュースを奢ってやることくらいだ。どうせ俺には何もない。
「転校のこと知ってたっぽいけど、また?」
「今朝、隣のクラスの奴が空から落ちてきた美少女とぶつかってた」
「もう少ししたらお決まりの台詞が聞こえてきそうだな」
俺が彼の事情を知っているように、彼も俺の事情を理解してくれている。
それでも、彼を羨ましいという本音を口に出してはいけない。モブであることは平和である証拠。そしてそれは誰かの犠牲の上に成り立っている。
転校生が現れた歓声に交じってあがる男女の悲鳴を聞きながら、担任に名前を呼ばれて俺は生返事を返した。
友人が所属している将棋部は、美人な先輩と二人だけらしい。
隣の席の女子は先月から海外の王子様に見初められている。
根暗な中学生の妹は最近クラスのイケメンから構われているとか。
世界は青春で溢れている。
ただし、俺を避けながら。
「先々月がマフィアの抗争に巻き込まれたんだっけ」
「親父とお袋がな。無事に親父がお袋を救い出して仲良しっぷりが上昇している」
「良いこと、ではあるんだろうけど……」
――うるっせぇな! 何でいつも構うんだよ!
――べ、別に良いでしょ! あたしは……、学級委員長なんだから!!
「奴らには俺らが見えていないのかね」
「来週には彼女の弁当とか食ってそうだな」
屋上で黄昏れていた俺らの目の前で不良と委員長による青春が繰り広げられている。俺らのほうが先に来ていたので別の場所に移動してくれませんかね。駄目ですか。そうですか。
「いっそのこと悪霊の影響とかないか」
「残念ながらお前には守護霊しか憑いてない」
「美少女? それとも性別不詳の鎧武者?」
「たぬき」
「せめて柴犬……」
俺には人外との青春すらも許されない。
そういえば、この間別の高校に進んだ友人が帰り道で美少女幽霊に捕まったとか噂を聞いたな。家にまで着いてきて大変らしい。可哀想に。
「そういえば、この間知り合った女の子はどうなったんだよ」
「言い方。あれは商売敵だって説明しただろ」
「でも、美少女なんだろ?」
「……まあ」
口ごもるのは良い方向に向かっている証拠だ。
お互い憎たらしいと思いながらも意識しているってか。良いね、命を賭けた闘いに身を置いているんだもんな。それくらいの見返りがなければやってられないさ。
もしかしたらこんな邪な考えがあるから駄目なのだろうか。そうだとしたら俺の回りはみんな聖人君子か?
「恋人でも作ってみたら?」
「ホットケーキを作るみたいなノリで言うな」
衝撃的な出会いがほとんどな俺の回りの恋人たちは、当然ながら一目惚れが多かった。今朝のように最初は険悪スタイルもあるけどな。
一方で俺はといえば、そこそこに仲の良い女子はいるけれど一緒に遊びに行くようなレベルではない。嫌われてはいないだろうけれど殊更に強く意識されていることもない。
「そもそも俺に恋人とか似合わないんだ」
「そんなことないだろ」
「勉強だって忙しいし、バイトもある。ここに恋人との生活とか無理無理」
「それをみんな頑張っているわけで」
「だからこそ、俺は一人で満足しているんだ」
「……わざと言ってないか?」
「これだけ言えばフラグが立たないかなって……」
「欲しいんだな」
「うん」
優しく肩を叩いてくれる
平和な世界を謳歌していて、これ以上を求めるのは贅沢だろうけれど。
「青春したいなぁ……」
「その台詞はアオハルっぽいよな」
怪異の出現を時代遅れの携帯が教えてくれる。呼び出された幼馴染を見送って、眠気という強敵と戦うために午後の授業へと赴いた。なお、呪で創られた身代わりがいるため幼馴染は欠席扱いにはなっていない。
※※※
――受け取れっ! ヒーローソウルを!!
世界を守り続けるヒーローの継承式を横目に受け流してバイト先に急ぐ。
背中で起こる大爆発はきっと新しいヒーローの誕生を地球が喜んでいるからだろう。派手で良いね。
「じゃあな。また来るよ」
「あ、こんにちは」
「おう。バイト、頑張ってな」
若干強面なスーツ姿のお兄様が俺のバイト先からちょうど出てきたところだった。すでに顔なじみになっているので気軽に声をかけてくれる。
そのまま黒塗りの車に乗り込んだ若頭、もとい……、ええと、まあ、そっち系の人のお目当ては、バイト先の美味しいケーキではなく。
店番をしているバイト仲間の大学生。
顔が真っ赤だけど、どんな展開があったのだろうか。店の外でガラの悪い不良が山積みになっていたのは関係ないんだろうな。
「着替えたら交替します」
「あ、う、うん……、僕は、もうアガリだから」
「うぃっす」
田舎から上京してきて一人暮らしの男子大学生と若頭の恋愛模様にはさすがに首を突っ込む気はない。ライバルキャラにもなりたくないね。俺は普通に女子と恋愛したい。
彼がそそくさと裏口から出て行った途端に先ほど出て行ったばかりの黒塗りの車が停まった気がするが、そんなことを気にしてはいけない。
俺がすべきはケーキ屋のバイトである。
「はぁぁ……」
「…………」
「はぁぁ……」
「…………」
「はぁぁぁああ」
「補充してきます」
「聞け」
今年で見事三十路を迎えなさった自称世界一の美少女たる店長のわざとらしいため息は聞こえなかったのだが、何か用事があるらしい。
「バイト料アップっすか」
「この間の合コンがさ……、見事にあたし以外が全員カップル成立してたんだけど、どう思う」
「補充してきます」
「聞け」
空手有段者がひ弱な男子高校生の首を掴んではいけないと法律を作ってはいかがだろうか。
別に年上との恋愛が嫌なわけではない。店長はまあ歳の差在り過ぎると思わなくもないが、美人は美人である。ただし。
「それをあいつに言ったら何て言ったと思う!?」
相手が居るならそっちと幸せになってほしい。
「お前と合う奴なんて居るわけないだろ、とか抜かしほざきやがるのよ!!」
「そうっすか。それはすごいっすね」
店長の幼馴染さんもいい加減諦めてくれないだろうか。
男のツンデレは周囲に迷惑である。我が幼馴染もこうならないように注意しておかねばなるまい。
「しかも! 合コンが終わったタイミングドンピシャで連絡があったのよ! どんな嫌がらせよあいつ!!」
気付いてほしい。
そんなことが出来るってことは心配で合コン会場まで足を運んでいたと言う事実を。ていうか、そこまで行ったのなら電話じゃなくて直接顔を出してお持ち帰りしろよ。
二時間に及ぶ労働時間のなかで、店長の愚痴に付き合った時間は一時間三十分にも及ぶ。これで時給がもらえることが申し訳ないのだが、もらえるものはもらっておかないとならないので良いとしよう。
――絶対! 絶対君のこと忘れないから!
――約束だよ……っ! 大人になっても、絶対にまた二人で会おうね!
――手をっ! 手を伸ばせ!
――駄目だよ……、君を巻き込めるはずが
――俺を信じろぉ!!
夕暮れ時に引っ越しかなにかで別れを告げる小学生や、なにやら不可思議な存在と戦っている男女の間を通り抜けて俺は帰宅する。
父と母、兄と妹の五人家族だ。大学生の兄は最近帰りが遅い。きっとどこかで美少女になって世界を守ってくれているのだろう。さっき帰ってきた妹は、ちょっとヤンキーっぽいけど礼儀正しい女の子と楽しそうにおしゃべりしていた。あいつの友達なんか久しぶりに見たけど幸せそうならなんでも良いさ。
仕事に出ていた父とへろへろになっている兄も帰ってきたので家族五人でそろって食卓に着く。
母さんの自慢のロールキャベツは今日も絶品だ。
風呂につかって今日を振り返る。
代わり映えのないいつも通りの日常を振り返る。
「良いなぁ……」
青春はいつだって俺を避けていく。
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