第25話 虹色ハーピーであるということ<2>

 ララが倒れた。

ブラウムは呼吸を確認した後、ララを抱きかかえる。

それほど遠くない所に、ララがメルフィリアと暮らしていた家があるらしく、そこへ運ぶことにした。

エインティアとクゥペッタも後に続き、ラセッタは緊急事態の為、王宮へと向かう。

イリスはエインティアとクゥペッタの背を追いながら、チラリとグラメペペスの巨体へと目を向ける。


(大きなカメ。かつて人類の大地となった…神様による、直接的な創造物。それが何故、急に進路を変えてこちらに向かって来るの?……私がいるせいで?)


最悪な予想がイリスの頭を過ぎる。


(でも、急に進路を変えたってことは、何か理由があって…それに、そういう行動は、生きてる証。)


イリスは、エインティアの背中に手を伸ばす。

何度か背中を手の甲で叩くが、動転しているエインティアは気付けない。


(生き物ならば、私は話せる筈です。)


その時、イリスはふと、赤く長い髪が遠くでなびくのを見つけた。

瞬間、イリスは一人別の目的地へと、進路を変えた。







 「アトンミィさん!」


急に大きな声で名前を呼ばれ、荷造りを手早く済ませ、こそこそと避難準備をしていたアトンミィは身体を震わせた。


「に、逃げちゃ悪い!??あ、あんなデカい化け物、どうしようも無いじゃない!…わ、悪いことは言わないわ、貴女もさっさと逃げる準備した方が良いわよ!」


現世界最強の魔法使いを自称しておきながら、一目散に逃げようとしていることに負い目があるのか、必死に言い訳をしているアトンミィの手を、イリスはガッチリと掴んだ。


「な、なに、あんなの、止められないわよ!?む、無理よぉ。」


ジワリと目が潤ったかと思うと、アトンミィの目からボロボロと大粒の涙が零れ落ちた。

イリスは慌てて事情を説明する。


「だ、大丈夫です!アトンミィさんに止めて欲しいとかそんな期待はしてません!安心して下さい!」

「それはそれで傷つくぅ…。」


(面倒臭いですね!?)


イリスはアトンミィの背中を擦って落ち着かせる。

アトンミィ・フルクホールム(25)は、イリス(15)に宥められ、何とか落ち着きを取り戻した。


「で、何が望みなわけ?」

「私に補助魔法をかけて下さい。出来るだけたくさん、効果時間が長くなるように。」


イリスの剣幕に気圧され、アトンミィは狼狽える。


「そんな急に言われても…何をする気なの?」

「グラメペペスと話します。出来れば、アトラセルを避けてもらえるように。」

「そんなこと……。」


とまで言いかけて、アトンミィは言葉を止めた。

イリスは虹色ハーピーだと思い出したのだ。


「そういえば、あんた、そうだったわね。…けど、補助魔法って、どんなのをかければ良いの?フルクホールム家の最高傑作にして稀代の天才魔法使いの私なら、どんなのでもお手の物だけど。」


(先程まで弱音を吐いて泣いていたのは誰ですか!!)


と、イリスは思わず口に出したくなったが、堪える。

今だけは、アトンミィの調子のよさが有り難かった。


「ララさん…えっと、ティリアナさんがかけてくれた、身体が凄く軽くなる魔法と、疲労軽減魔法をお願いします!出来るだけ長く!それから、他にも便利な魔法があったら是非お願……。」

「待って待って?いや、無理よ?そんな高度な魔法、いくつもかけるのなんて…一応、軽量化と疲労軽減くらいなら今すぐにでも出来るけど、重ね掛けだと結構効果落ちるし…。」

「え、でもティリアナさんは無詠唱で色々とかけてくれましたよ?」

「あんな化け物と比べないでよ!?」


悲鳴にも似たアトンミィの叫びは、グラメペペスの足音でかき消される。

まだかなりの距離がある筈なのに、その足音は王都中を震わせた。


「わ、わかりました、じゃあその二つでお願いします。」

「う、うん、やってみるわ!」


アトンミィは荷物の中から媒介具の杖を取り出す。


「目を瞑って、リラックスしててね。」


アトンミィはブツブツと呪文を唱え始める。



 5分くらい、経っただろうか。

イリスは思わず口を開く。


「ま、まだですか……?」

「ティリアナ基準で物事を考えるのはやめなさい!一人にバフ系の魔法を重ね掛けするのって、凄い難しいのよ?魔法同士がぶつかり合って相殺しちゃったり、意図しない効果が出ちゃったりして危険なんだから!大人しくしてて!」


アトンミィは丁寧に、そして真剣に魔法をかけていく。


「よし!これで無茶しなきゃ4時間くらいはもつと思う!」


(それだけっ!?)


自信満々のアトンミィに、イリスは心の声を思わず漏らしそうになる。

だが、その差が、ララが世界最高の魔法使いと呼ばれている所以であることを、イリスは理解する。


(少し、心許ないですが……。)


「ありがとうございます!アトンミィさん!」

「無茶はしないでね?」


イリスは魔導具を解き、本来の姿を開放する。


(皆の為なら、無茶だってします。私にとって、私より大切な物ですから。)


 両腕だったものを地面へと振り下ろし、大地を蹴る。

身体がふわりと浮き上がる。

間髪入れずに、身体を倒し、翼を振る。


「少しお話してきますね。」


何度か羽ばたくうちに、身体が安定してくる。


(少し身体が重たいですが、このくらいなら、十分に飛べます!)


イリスは、轟音と共に歩を進める大陸へ向かって、飛び立った。






 イリスは、グラメペペスに違和感を感じていた。

イリスには色のついたオーラが見える。

それは自身への危険度であり、また、それが持つ感情でもある。


「何で貴方が、ララさんと同じ感情の色をしているのですか…。」


(ララさんを悲しませた貴方が…!何で!)


グラメペペスが纏う色は、悲しみや悲痛を示す色だった。






 グラメペペスの瞳に虹色の輝きが映った時、大陸は、歩みを止めた。


「え…。」


イリスが近づくにつれ、甲羅という名の大地を覆う、魔法の防壁が消えてゆく。

それと同時に、イリスはグラメペペスを理解していく。


(体の細胞の大半が、死んでる…。)


グラメペペスは、ゆっくりと口を開く。

長い間、閉じられていたえあろう口は、口ばしがくっ付いてしまっていて、それが剥がれる度に、ビキビキ、メリメリという音が響いた。


「……ウ……ルゴ……サ…マ……?」


(知らない名前…。)


もう殆ど景色は見えていないであろう瞳に映され、イリスは首を振って言葉を返す。


「私は、その人では無いです!」

「ウル…ゴ様……。」


瞳に映ったイリスの姿が唐突に歪んで、そこから大きな水の塊が音をたてて落下する。

……グラメペペスは泣いていた。


「貴方は、もう……。」


イリスの言葉は、グラメペペスには届かない。


「サミシ…イ……。」

「貴方は…ずっと独りで……。」


役目を終えて、仲間がどんどん死んでいって、それでも、グラメペペスだけは、生きてしまった。

生き残ってしまった。

最大にして最後のペペス。


(確か、グラメペペスの住人は、最後に地上に降りた種族……ヒト。)


「シ…ニ…タイ……。」

「だから、魔力が集まっているのを感知して、こちらへ向かって進んできたんですね。」


(自分を殺してくれるかもしれない、何かを期待して……。)


膨大過ぎる生命力は、グラメペペスが死ぬのをなかなか許してはくれなかった。


 イリスは、甲羅、かつて国であり、都市であった大陸に向かって羽ばたく。


「虹色ハーピーについて、貴方の口から聞きたかったです。少し、お邪魔しますね。」


イリスには、グラメペペスに進路を変更して貰う、もしくはララが目覚めるまで足止めする、という目的以外にもう一つ、グラメペペス向かう目的があった。

都市の残骸へと、イリスは足を踏み入れる。


「歩きにくい…魔導具使っても補助魔法に悪影響とか出ないよね?」


恐る恐る、身体をヒトへと変化させる。

特に問題は無さそうだった。


 暫く歩くと、壁画を見つける。

横の壁には、所々風化して削れ、壊れているものの、文字も刻まれていた。


「『王』選定の儀式、ですか。」


虹色ハーピーの役割。

それは、


(『たった一人の王』を選び、儀式を経て、力を授けること。)


「あぁ、だから、『奇跡』であり、その事実は隠された、と、いうことですね。」


(……そしてきっと、智聖へイネスさんって人は、とても凄い人だったのでしょう。)


 イリスは考える。

考えてしまう。

自分という存在の大きさを。

虹色ハーピーという存在が与える、影響力の大きさを。




 ジジジジジ…。


突然、大気が揺れる。


「!?…魔法のバリアが!」


グラメペペスの甲羅を包んでいた魔法の防壁が、蘇ろうとしていた。


(急がないと!)


慌てて羽ばたこうとして、手をバタつかせる。


「……。」


一人赤面しながら、イリスは魔導具の魔法を解いて、虹色の翼を大きく広げる。


「4時間でしたっけ。間に合いますかね、これ。」


かつて大地であったものを蹴って、イリスは飛び立った。






 グラメペペスは再び歩き出す。

ゆっくりと。


(もう……意識が殆ど……。)


グラメペペスの意識は途切れかけていた。

朦朧とした意識の中で、いったい何を思っているのだろうか、とイリスは考える。


(いずれ、わかる時が……いえ、貴方の孤独を、私程度が理解出来る筈がありませんよね。)


グラメペペスの速度を越えて、イリスは風を切り、空を駆ける。


 アトラセルには、グラメペペス迎撃用の簡易砦が完成していた。

しかし、そこにいる兵士達に、イリスはどこか違和感を覚える。


(皆、魔法使い?)


全員が媒介具を持っている。

そして、堂々とその中央に立つ、長い黒髪をなびかせた魔法使いの女性。


(あぁ、よかった。)


 ティリアナ・アポリツィオーネの姿が、そこにはあった。

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