第24話 ララの見る夢3

 ブラウムによってアトラセルに連れていかれて、そこで別れて、その後はどうしてたっけ。

メルフィリアの居ない家は帰るべき場所とは思えなくて、行き宛ても無く彷徨って。

彷徨って、彷徨って、彷徨って……そのまま死んでしまっても良いとまで思っていて……。


 思い出から逃れるように歩いていたら、どんどん王都から離れていたらしく、気付いたら目の前の景色は植物達の緑色と、道の土の色だけになっていた。


「あの!」


人の声。

こんな所にも人はいるんだな。

そんな事を考えながら歩き続けていると、肩に何かが乗っかった。

人間の手。


「あ、あの!ティリアナ様……ですよね?」


肩に乗った手は、声の主の物。

二十歳前後に見える、近くの村に住む男性だった。


「ティ、ティリアナ様、是非お願いがあります!」


 私はその時どんな目をしていたのだろうか。

酷く無関心で、不誠実な瞳をしていたように思う。

気が付けば男性は、深々と頭を下げていた。


「私は何をすればいいの?」


 もしかすると、先程言っていたのかもしれないが、聞いていなかった。

事情などはどうでもいい。

こんな、ゴミみたいな私に、メルフィリアを殺してしまった殺人鬼に、まだ、何か出来ることがあるならと、聞くだけ聞いてみただけだ。


「うちの村は代々村長の方針で、どこの領地にも属さないでやってきました。ですが、もうそれも限界です!村の年寄り達は意地を張っていますが、まともな生活も難しい程に財政難なんです!」

「…だから、何をすればいいの?」


どうでもいい、そんなこと。

私は何をすればいい。


「その、オーリストルの領地に編入して貰えるよう、ローゲン様にお口添えをしては頂けないでしょうか?」


 魔法でどうにかなることでは無かった。

私ではどうすることも出来ない。

もはやゴミ未満だ。

生きている価値も無い。


「ごめん。」


そう言って、去っていく。






 ふらりふらりと歩き続けながら、考える。

ぺしゃんこ、潰れて、いなくなる。

貴女のいない世界なんて。

私も、そっちに……。


「おい、お前、何をしている!」

 

 急な怒号で現実に引き戻され、身体を震わせる。

気付けば目の前から、道が消えていた。

崖だ。

あぁ、私は、飛び降りようとしていたのか。

その事実に唾を飲む。

そして、それでも足を踏み出し……。


「何をしていると聞いているんだ!」


恰幅の良い男性に羽交い絞めにされ、宙へと浮いた身体は陸へと引き戻される。


「ティリアナ・アポリツィオーネ。俺の領地で何をしているんだ。届け出も連絡も来てはいないぞ。」


服装からしても、貴族で間違い無かった。

彼は、「俺の領地」と、言った。

つまり、この男が。


「ローゲン・オーリストル……様、護衛も連れずに、不用心な事ですね。」


ローゲン様はふぅんと鼻を鳴らす。


「俺もまだまだ現役の魔法使いだからな。一人で充分だ。」

「ですが……。」

「話を逸らすな。何をしていた。」


 ローゲン様は額に皴を浮かべる。

その眼力は、並みの盗賊程度なら震え上がらせてしまいそうな程に、強く、鋭かった。


「すみません。気が回りませんでした。あのままではローゲン様の領地を汚し…。」

「何をしていたかを!聞いているのだ!」

「……。」


ローゲン様は私の身体をガッチリとロックしたまま離そうとしない。


「…死ぬつもりでした。」

「そうか。良く言ってくれた。…事情を詮索するつもりはない。」


そう言うと、ローゲン様の表情が急激に柔らかくなっていった。

私を拘束していた太い筋肉質な両腕が、ゆっくりと離れていく。


「…折角の命だ。捨てるくらいなら、俺の為に使ってはくれないか?」

「私はもう、闘えません。」


メイドは主を守る為、闘えなくてはならない。

腑抜けた殻の私では、何も守れない。

私は、ティリアナ・アポリツィオーネは、もう、死んでるも同然なのだ。


「構わんよ。何があったかは知らないが、ティリアナとしてでは無くともよい。なんなら、俺から名前をやろう。どうせ命と共に消えてなくなる物だった筈だ。一度己を捨ててみるのも、悪くはないだろう。」

「……そんな都合の良い事で、私の罪は消えません。」

「死ぬことが、罪を償う事か?俺にはお前が罪から逃げたがっているようにしか見えないぞ。」

「…っ!」


そう、只々辛かった。

逃げたかっただけだ。

罪なんて最もらしいことを言って、その実罪から逃れたい一心だった。

耳が痛かった。


「罪に向き合う覚悟が出来るまで、ティリアナの名は捨てろ。なに、いつか拾えばいい。その若さだ。人生まだまだ先は長い。ゆっくりで良いのだ。焦る必要は無い。」


優しい笑みを向けられる。

返すべき表情がわからない。


「ララ、今日からお前はそう名乗れ。身分証は俺が作っておく。気が向いたら俺の屋敷に来い。」


その表情から、下心は感じられない。

それが、余計に苦しかった。

目から、涙が溢れてくる。


「落ち着いたら、直ぐにでも来いよ。寝泊まりする場所も無いだろう。」


頭をゴワゴワした大きな手の平が優しく叩く。

顔を上げると、ローゲン様の大きな背中が、ゆっくりと小さくなっていくのが見えた。

それが、完全に見えなくなるまで、私はその場で立ち尽くしていた。






 髪を切りに行こうとも考えたが、そうすると自分がティリアナだとバレ、望まない結果となる。

自分で切れば良いのだが、自信が無かった。

仮にも領主様の元に仕えるのだ。

情けない髪形は論外だ。

かつて仮装で使った髪を短くする魔導具のヘアピンで髪を留める。

彼女の笑顔が脳裏を過ぎり、頭を振って、振り払う。


「私は、もうティリアナじゃない。」


自己暗示するように、何度も呟く。

髪の色を変える為、更にヘアピンを取り出す。

何色でもいい。

ティリアナで無ければ何色でも。

魔導具の鏡を取り出し、本来の用途とは異なるが、自分の姿を見てみる。

……銀色だった。


『私は金色にする!どう?可愛い?ティナもつけてよ!私が金ならティナは銀でしょ、ほら!』


この魔導具を作った時の会話が鮮明に脳内を流れる。


「っ!」


あの時は、魔法の名家生まれである私に、そんな素行不良は許されていなかったっけ。


「……これでもう、ティリアナでは無いでしょう。」


 今までの全てを捨てる。

それが如何にズルくて、卑怯で不義理で、情けない事かはわかっている。

けれど、こうでもしないと、弱い私は生きられない。


(ごめんね、皆。)


何も言わずに、姿を消した私を、皆は心配するだろうか。

ラセッタとフゥミリアの不安そうな、泣きそうな顔が浮かぶ。


(ごめんね、こんな、情けない私で。)


今まで出会ってきた、沢山の人達の顔が浮かぶ。


(……ばいばい、今までの私。)


媒介具の杖を、指輪に仕舞う。

そしてもう一度、鏡で顔を映す。


「髪だけでも、印象変わるね。」


 後は言葉遣いかな。

そんな事をボンヤリと考えながら、歩を進める。

オーリストルの門番にララという名前を言うと、話が伝わっていたのか簡単に通して貰えた。


 目の前を、笑い声と共に金色の髪が駆け抜けた。


「えっ。」


思わず顔を上げ、目で追う。

その後を、複数のメイドが慌てて追いかけていく。


「エインティア様!待って下さい!」


 明らかに庶民の出で立ちをしていない少女は、よく見ると、メルフィリアとは全く違う顔だった。

少女は小さな体で人混みに紛れ姿をくらますと、メイド達を巻いて、また戻ってきた。


「綺麗な銀髪ですわね。」


目が合って、声を掛けられる。

サラサラした金色の髪を背中まで垂らした少女が、真っ直ぐにこちらを見据えている。


「エインティア様…こそ。」


その金色の髪が視界に入る度に、メルフィリアが頭の中でニコリと笑う。

思った以上に、過去を捨て去るというのは難しいようだ。


 エインティア様はメイドの気配を察知し、私の体の影に隠れてやり過ごそうとする。


「私をここで見つけたことは、秘密にしておいて欲しいですの。」


そう言って、離れようとする小さな手首を掴む。

残念だけど。


「私は今日からオーリストル家のメイドとなる、ララです。以後お見知りおきを、エインティア様?」

「ひっ!?」


 これは良い手土産になるのではないだろうか。

必死に逃げ出そうとする小さな体を優しく包み込むように抱きしめる。

初めは抵抗していたエインティア様だったが、徐々に大人しくなり、最後には手を離しても逃げなくなっていた。


 何故だか、後輩を思い出す。

いつも一人ボッチで、意地っ張りで、寂しがり屋で、見栄っ張りで、強がりな少女。

私の名前を大声で叫んでは、何かと勝負を挑んできたっけ。

名前はアトンミィ、いつも名乗るから嫌でも覚えてしまっていた。

……あぁ、また、昔のことを思い出してしまった。

なかなか捨てきれないものだ。

…けれど、あの子とエインティア様が似ているのなら、きっと。


「少し、遊びませんか?エインティア様。」


 人通りの少ない裏路地に、エインティア様を連れて移動して、指輪から箱状の玩具を取り出す。

そして、六つあるボタンの内の一つに指を置く。

そうすると、ボタンの色が緑から青へと変わった。


「ほら、次はエインティア様の番です。」


言われるがままに、エインティア様はボタンの上に指を置く。

だが、色は変わらない。


「何これ、色が変わらないわ。」

「魔力、はわかりますか?指先に力を込めて下さい。」


エインティア様はグヌヌヌヌと指先に力を入れる。

すると、ボタンが段々に青色へと変わっていく。


「変わったわ!」


エインティア様は嬉しそうに飛び跳ねる。

だが、これはそういうゲームでは無い。

私はボタンの色を変える。

そしてエインティア様も…。


バチィ!


「痛っ!?」

「ふふふ、エインティア様の負けです。」


ボタンは赤色に光っていた。


「ランダムに一つ、外れがあって、それを触るとこうなります。」

「先に言ってよ!…むぅ、もう一回ですわ!」


ムキになったエインティア様の掛け声を合図に、先攻後攻を入れ替えて二回戦が始まる。

そして三回戦、四回戦…。


「そろそろ日が暮れてしまいます、帰りましょうか。……引き分けですね。」

「そうね、…もし次の試合をしていたら、私が勝っていましたわ。」

「まさか?私の方が勝つに決まってます。」

「なっ!?帰ったら、私の方が強いことを見せてやりますわ!」


 手を繋いで、オーリストル家のお屋敷へと入る。

その様子を見た給仕の者達は揃って鳩が豆鉄砲を食ったように驚いていた。

それは、ローゲン様も同じだった。


 エインティア様は、他人行儀ばかりな周囲の人間に退屈と孤独を感じていたのだろう。

だから、屋敷を脱走して、周りの気を引こうとしていた。

私も、アポリツィオーネ家の人間として厳格に育てられたので、少しはその辛さを理解出来た。

後輩のアトンミィ・フルクホールムもまた、フルクホールム家の人間として孤独を感じていて、だからこそ、私に突っかかってきた人間だ。

真っ直ぐ、対等に向き合ってくれる人間がいないというのは、凄く辛いことだと思う。


「ララ、来てくれたか。……そうだな、お前には、オーリストル家のメイドとして、エインティアの教育係を務めて欲しい。」


隣でその話を聞いていたエインティア様はパァっと顔を輝かせる。


「頼んだぞ。」

「はい、ありがとうございます、ローゲン様。」


嬉しそうに笑うエインティア様を見ていると、何だか嫌なことを全て忘れ去れるような気がした。


「行きましょう、お嬢様。」

「えぇ。」


そして私は、メイドのララとなった。

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