第23話 ララの見る夢2

 「先ずは逃げ遅れた人達の捜索。ペペスは後だよ。」

「あ~い。」


 メルフィリアのやる気のない返事に、内心共感する。

逃げ遅れ、が本当に逃げ遅れなら良い。

だが、この手の逃げ遅れは大体が火事場泥棒だ。

そして、フリントルは鉱業で栄えた街。

街には金銀プラチナ魔晶石等々、様々な宝石屋が至る所に点在している。

泥棒が居ない筈がないのだ。

 更に質が悪いことに、こういった奴らは王国軍に捕まったらお終いだ。

故に隠れる。

そんな奴らは別に逃げ遅れて死んでくれても構わないのだが、捜索の際、本当の逃げ遅れと区別が付きにくく、紛らわしい。


「どうやって探す?」


 試しに魔力探査機(試作)を使ってみたが、特殊な波を放ってその反応でランプが点灯するだけの仕組みなので、魔晶石も反応してしまい、役には立たなかった。


「う~む、なんか、こう、探索の手を増やすとか、……透視は建物が多すぎて効率悪いかも。」


 そう言いながらメルフィリアは親指と人差し指をくっつけて、私を見る。

人差し指を動かし、指で作った輪を縮めることでピントを調整しているようだ。


「メル、私の下着は今朝見てるでしょ。」

「いや~ワンチャン子宮の中に逃げ遅れの赤ん坊が…。」

「いる訳無いでしょ!」


 アホなことをしているメルフィリアを引っ叩き、媒介具の杖を手に取る。

魔法を使い、透明な床を作って、浮遊する。


「ほほぅ、ロングスカートのパンチラはレアですね~。」

「うっさい、メルもさっさと探しなよ。」



 最近、メルフィリアのセクハラ度合いが明らかに増している気がする。

私は一緒に居るだけで充分幸せなのだが、メルフィリアは直接的な愛情表現を求めるタイプだ。


(帰ったら、流石に少し相手してあげるか。)


 そんな事を考えながら周囲を見渡す。 

遠くにエールハイト王国軍の紋章が見える。


(あれは…。)


 指で作った輪を小さくし、ピントを合わせる。

メルフィリアの使った透視魔法の元となった、割と一般的な望遠魔法だ。


(ブラウム!?…ということは、第一部隊だね。)


 ブラウムは今では王国軍第一部隊の隊長を任される程になっており、軍内では王国最強との呼び声も大きかった。


「モンスター討伐の帰り道?いや、調停の類かな。近くだと…まぁ、何でも良いや。」


 様子を見るに、かなり部隊の重武装が目立つ。

おそらくこの近くで何かしらの問題が起きていて、それを解決した帰りに、近場にいた部隊へ避難誘導の指示が下った、とかだろう。

何はともあれ、こんなところで会えたのも何かの縁だ。


(粗方問題が片付いたら、メルと一緒に会いに行こうか。)


 ふと下を見ると、メルフィリアは姿を消していた。

恐らくは彼女なりの方法で逃げ遅れを見つけ出したりしている筈だ。


 「取り敢えず、生体反応を探して、全員捕まえれば良いか。」


 空中で、数分、魔力を溜める。

そして、纏いながら、雫のように、落下する。

ダンッ!という音と共に地面がへこみ、魔力の波紋が地面を伝い、大地を揺らす。


「収束せよ……成程ね。メルはもう泥棒三人も捕まえてるのか。」


脳内に立体空間図を作り出し、地形、建物、生物、半径5㎞内の全てを認識して、マップデータを作る。

と、同時に街の各地に瞬間移動魔法の出口を作った。

 メルフィリアは秒速100mで街中を走りまわって魔力反応をしらみつぶしにしているようだ。

ならば私は、人の居そうな場所を重点的に探そう。

予め作っておいた魔法陣に乗る。


「瞬間移動。」




 逃げ遅れのお年寄り二人、子供とその父親計二人、火事場泥棒五人を捕まえ、ブラウムの元に送る。

メルフィリアもブラウムの存在には気付いていたようで、火事場泥棒十三人を捕まえて、先に待っていたようだ。


「私の方が人数多いっ!私の勝ちっ!」

「助けるべきは逃げ遅れでしょ?ブラウム、避難者から他に居ない人なんかは……?」

「丁度これで全員のようだ。お前らは基本厄介だが、こういう時は頼りになるな。」


よかった。これで私達の仕事は終わりだ。

だが、ブラウムの言葉の中に、聞き捨てならない言葉があった。


「は?厄介ごと引き起こすのは大体メルだよ。私じゃない。」

「はいはい。」

「おい、やんのか?」

「ティナは強いぞ~!」

「知ってるよ…って、お前そっち側に付くのかよ!?」


こんな話をしていると、学生時代に戻ったかのような錯覚に陥る。

そんな下らないやり取りをしていると、助けた子供の母親らしき人がやってきて、深々と頭を下げて、感謝の言葉を繰り返し、伝えてきた。


「仕事ですから。…逃げ遅れた人を助ける。」


メルフィリアにドヤスマイルを見せつけながら、私は勝ち誇った顔をする。


「まぁ、報奨金は私のがタンマリ貰えるし?」


 必死に頭を下げて感謝の意を伝えている女性に聞こえない程度の声で、メルフィリアがそう呟いた。

私は夫、子供のもとに戻っていく女性に手を振って見送った後、メルフィリアにデコピンした。






 「ペペスってさ。倒しちゃっても良いんだよね?」


帰路に就こうと準備している時、唐突に、メルフィリアが聞いてきた。


「あんなデカいの無理でしょ。」

「世の中に?」

「不可能なことなど存在しないのだ!…って、どうする気?」


 いつだって、突拍子もないことを言い出し、実行するのはメルフィリアの常だ。


「魔法ってさ、何で威力に限界があると思う?」

「本人の魔力量…は、魔晶石で補えるけど、結局、人の身体を通す以上、そこの変換速度が限界値になるからじゃない?」

「うん、そうなの。だから、体内を通さずに変換しちゃえば良いんじゃないかな?空気中の魔素が魔力の素になる訳でしょ?なら、空気中の魔素全てが私達の使える魔力なんだよ。」


 理屈はわかる。

理論としては滅茶苦茶もいいところだ。

だが、それを可能にしてしまうから、私達は、『世界最強の魔法使い』なのだ。






 「と、いうことなんだけど。」


事の顛末をブラウムに説明する。


「いや、どういう事か全くわからん。だが、グラメペペスをどうにか出来るってんなら、協力くらいはするぜ。…とはいえ軍には避難所待機の命令が下っている。俺一人になるが、見届けさせて貰うよ。」

「ありがと~!でも、ブラウム特にやる事ないから、ティナの近くでお留守番でもしてて欲しいな。」

「結構強くなったつもりだったが……結局いつものパターンかよ!」


魔法が得意では無いブラウムは、学生時代も大体こんな役回りだった。


「作戦って程じゃないけど、計画としては、ティナが魔法をぶっ放してアイツを破壊する。私は前線で街を守る防御障壁を作る。フゥの『空壁』を少し変えたやつなんだけどね。」


 フゥミリアの得意魔法、一家相伝の最強防壁魔法、『空壁』。

私とメルフィリアは一年の時に見様見真似で使えた。

あの時のフゥミリアの顔写真は永久保存版だ。


「何かあった時は、瞬間移動で逃げるから大丈夫だよ。ずっと同じ速度で移動してるみたいだし。充分時間的余裕はある筈だよ。」


そうして、私達のグラメペペス討伐作戦は始まった。






 グラメペペスと相対する。

これから放つ魔法は、理論上無限に威力を増していき、簡単に国一つ更地に出来るような威力の魔法になる。

魔力は無限、そして、炸裂の瞬間もまた、空気中の魔素を取り込み、完全無詠唱でも小さな山くらいなら破壊出来るだけの威力を有する。

それを、百詠唱。

グラメペペスを充分に破壊しうるに足る威力となる筈だ。


「魔力解放、展開、そして集え。」


大気中の魔素が集まってくる。

私は、目を閉じて、詠唱を開始する。


神罰を驕る慈悲深き閃光 天則に則って理を歪めし叫喚

許しを請わぬ蛮人の嘆き 命を慈しむ虹の煌めき

映りしは大地の母の涙  聞こえしは天空の父の鼓動

消えし虚無の旅人よ   消した虚空の悲しみよ

通り通し通い      得てして何も得ず


一文詠唱をするごとに周囲に魔法陣が二つずつ現れていく。


夕闇を統べる悲しき悪魔 真昼を這い啜る懇篤たる僕

鮮やかに彩る愚者の平穏 曇り沈みゆく聖者の式典

足りぬ絨毯の縫い跡   尽きぬ雑多な干渉

響く夢幻の歌声     浸みる幽玄の狭霧

上へ上り上げて     下ろし下り下せ


(……?)

聞こえてくる足音が明らかに早くなって来ている気がする。


朝旦を告げる緑の禽鳥  暮夜を告げる妖精の一矢

佇むは道標       誘うは鳥おどし

爽やかな青葉の香り   不貞腐れた大樹の気息

暴れ狂う泡沫      蕩けた水晶

満ちて満たし      飢えに飢えろ


何かがおかしい、集中しすぎて聞こえなかったブラウムの叫び声が聞こえてくる。

慌てて声の方を向く。


「ティリアナ!グラメペペスが急激に加速してる!メルフィ…。」

「メル!!メルが、メルが……。」


 今までの十倍、いや、二十倍だろうか、ありえない、見たこともないような速度で、グラメペペスが突き進んでくる。

間に合わない。いや、間に合わせないと、メルが瞬間移動で逃げられなくなる。

あの魔法は入り口を安定させるのに時間がかかる。

特にメルフィリアは魔力制御が苦手だ。

さっさと詠唱して……。


揺れる蝋燭の悪意    触れる心の怨讐

燻し煙る悦楽      許し詫びる憂愁

歌い踊る咎人      酔い潰れる旅人

有に障る杖は起きて   無に開く盾は眠る

重ね重なり……


駄目だ、間に合わない!

無理矢理にでも、撃って、怯ませる。


!??


「身体が、持ってかれる、う、ああぁ。」


魔法は心、心が不安定だと、魔法も……。

それでも、撃たないと。


あ……。


膨大な力に引っ張られ、身体が大きく傾き、空が見える。

放たれた魔法が、轟音を轟かせ、天空に消えていくのがわかる。


「ぐぁっ。」


地面に叩きつけられる。

起き上がり、叫ぶ。


「メル!!」


グラメペペスに向かって走ろうとして、腕を掴まれる。


「お前まで死ぬぞ!逃げろ!」

「いやだ、メル!メル!メルぅ!!!」

「クッソがぁぁ!」


暴れる私を無理矢理押さえつけ、ブラウムに担がれる。


「待って!待ってよ!メルが、メルが!!」

「あいつのことだ、また直ぐにどっかで会えるさ、きっと、あ、案外もうオーリストルに帰ってたりしてな…ははは。クソ!何で…何で……!」



 この後の事は余り覚えていない。

私は声が出なくなるまでずっとメルフィリアの名前を呼んでいた気がする。

ブラウムはきっと、私を担いで必死に逃げてくれたんだと思う。




 その後、メルフィリアが私達の前に姿を現すことは、二度と無かった。

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