第22話 ララの見る夢

 あの子との出会いは今でも鮮明に思い出せる。

学園にいるとそこかしこから研究会の勧誘が煩くて勉強どころでは無かったから、非難するように駆け込んだ、グラメの図書館。

 当時はまだ巨大な机が大きく中央に置いてあって、そこに囲むように配置されている椅子に座って本を読んだり、作業をしたりする形式だった。


 図書館に入ってすぐに目についた、中央の机の端を占領し、そこに大量の資料や図面の書かれた大きな模造紙を広げて難しそうに思案する、同じユリアス魔法学園の制服を着た少女。

 さり気なく、後ろを歩いて魔法式図を盗み見たとき、私は立ち眩んでその場で倒れ込みそうになるほど驚いた。

 書かれた式図は、瞬間移動する為の魔法陣。そんなもの、前代未聞だった。

そして何より、『理論自体は完璧』だった。

 しかもその過程で、『衝撃を一定方向の推力に変換し、制御する魔法』を生み出していた。

この魔法の発明だけでも、十分ユリアス魔法学園を卒業出来るだけの偉業だ。


「ここ、デタラメで書いたでしょ。多分こう。連動してこっちも、こう。」

「そしたらこっちも……お、おおおおお!もう少しで完成するよ!」


それが私達の初めての会話だったように思う。

そして私はこの後、彼女の恐ろしさを知ることになる。


「こんな凄いもの、いつから作ってんの?」

「昨日。これ以上遅刻で怒られるの嫌なのよ!順位もヤバいし、貴女も協力して!!」

「は!?」


 何を言っているんだ、こいつは。

それ以上の感想は出なかった。

そんなに簡単に作れるものじゃない。

そんなに簡単に思いつくものじゃない。

そんなに簡単に……。


 名前を聞いたのは、魔法を作り終わってからだった。

彼女の名前はメルフィリア。

家から勘当された、庶民の出。

学費の為に週6で夜遅くまでバイトをしているらしかった。

私とはまるで正反対だ。


「私はティリアナ・アポリツィオーネ。魔法の名家出身だから、学年1位は取り続けないといけないけど、それだけ。仕送りあるからバイトはしたことない。」

「1位!?それだけっ!?私なんてあと2位低かったら退学だったのに!」

「はぁ?冗談でしょ?」


 メルフィリアの成績は酷いもので、その時はバイトのせいで勉強する時間が取れないことが原因だと思って、二人で色々と金策を練って…その際に生まれたのが、魔導具だった。

 実際は、目的が無いと身が入らない勉強嫌いタイプだったので、幾ら時間があっても成績は好転しなかったのだが。


 メルフィリアがバイトに行く必要が無くなって、本格的にどの研究室に入るかを二人で話し合った。でも、彼女は妥協が嫌いな性格で…なんて全部名目で。

本当は、メルフィリアもきっと、私と一緒に魔法や魔導具を作っていた今までを越える楽しさはどこにも無いと、直感で感じていたのだと思う。


「私達で新しい研究会を作ろ!」


彼女の言葉を、きっと私も待っていた。

そうして、創作魔法研究会は、私達二人から始まった。






 研究会を立ち上げるには、最低5人のメンバーと、顧問となる先生が必要だった。

三人目は、私達と一緒で図書館に入り浸っていたラセッタを捕まえて、説得した。

四人目は、私と同じ魔法の名家出身で、学年二位のフゥミリア。

五人目は、落ちこぼれのブラウム。

駄目駄目なミランダ先生を捕まえて、無理矢理頼み込んで……。

 今思うと、誰一人として向こうから入りたがっている人はいなかったね。


 放課後研究室で豪遊する為に、エールハイトの全魔法学校との魔法競技祭である魔法大祭に全員で出場して何故かライブしたり、学園祭で異空間に巨大迷路を作って、手当たり次第に来場者を放り込んで怒られたり、雪だるまを増殖させる為に作った魔導具が暴走して、巨大雪だるまの軍勢VSユリアス魔法学園で大抗争が起きたり……思い出すだけでキリが無い。

 そういえば、教師にバレないように放課後だけお洒落したくて、髪の色を変える魔導具も作ったな。

メルフィリアが金色を気に入って……学園祭で売り出したらとんでもないことになったっけ。




 そんな私達も卒業して、私とメルフィリアは本格的に種族間の壁を取り除く為の研究を始めた。

フゥミリアは私達と過ごした日々のせいか、世界の魔法を監視、管理する一大組織、魔法管理局を設立した。

ラセッタは、グラメの図書館に就職して、ブラウムは王国軍に高待遇でスカウトされた。


 大人になってからも私達の本質は全く変わってなくて、暇つぶしに冒険者ギルドに入って高難度クエストを纏めて片付けて荒稼ぎしながらストレス解消したり、一つの企業のお手伝いをした結果、他企業と大抗争するはめになったり、髪の色を自由に変える魔導具や変身魔法の魔導具を商業ギルドと組んで大々的に販売したせいで、従来の身分証が役に立たなくなって、フゥミリアと大喧嘩になったり……。


 結果として、私達も魔法管理局に入る事になって、名前を世界魔法管理局に改めた。

でも、その後も好き勝手やっていたと思う。

 色々な異種族間の諍いを解決したり、しなかったり、王都の範囲を大きく広げて、ただの冒険者カップルを祝う為だけにアトラセルと名付けたり、本当に…色々と…。






 あ、これ以上は、思い出したくないな。

ここから先は、思い出したくない。

この先の思い出には碌なものがない……訳でもない。

この先を思い出さなければ、エインティアとの思い出にも、辿り着けない。

この先があるから今があって、イリス達と出会えた。

あの思い出までは、消したくない。

オーリストルでの逃走劇も、アトラセルまでの短い旅も、そして何より、オーリストル家でエインティアと過ごした日々も、全部私の、大切な思い出だ。

今の、私の、大切な人達。

私が守らなければいけない人達。

その為に、私は、この先を思い出さなければならない。

過去の自分を、乗り越えなければならない。






 その話は、フゥミリアからやってきた。

この頃には世界魔法管理局には様々な下部組織が出来ていて、他組織とも提携して、種族間の壁を失くす為に行動する他、国家や冒険者ギルド連盟では手に負えない強大な魔力を持ったモンスターの対処も請け負うようになっていた。

 その一つが、最後のペペス、グラメペペスの問題だった。

ペペスはかつて、人類の大地となったが、今はもう、役目を終え、意思が有るのか無いのか、ただただ地上を漂うだけの、死神であり、亡霊でしかなかった。


 「メルもティナも、何か良いアイデアないかしら?るんっ。」


王国の端にあるとある都市がグラメペペスの通過地点になってしまったらしく、冒険者ギルドと王国軍が避難誘導の為に駆り出されている、魔法管理局には逃げ遅れの確認と探索をして欲しい、という話だった。


「実際に見てみないと、何とも言えないんだよね~。」

「何だかんだで、実物を見る機会がないしね。」

「そうだね~見てみたいね~!折角だし私達が行こっか。」

「了解、なら二人だけでいっか。気を付けてね。るんっ。」


この会話が、フゥミリアと私達がした、最後の会話だった。






 いらなくなった試作品の自動車の魔力機構を弄って、下部にもブースターを取り付ける。


「めんどくさっ、これ魔力コーティングして吹っ飛ばせば良くない?帰りは瞬間移動で十分だし。」


 メルフィリアがいつものようにとんでもないことを言い出す。

マーキングした2点間を飛べる瞬間移動があれば、帰る手段には困らなかった。


「じゃあ、内部空間だけ安定させるよ。」


パパッと魔法式を書いて、車内空間そのものを異空間化して車体に固定する。

これで自動車が形を保っている間は中の空間は安全だ。


「さっすが~、仕事が早いね!」

「いつも通りでしょ。」


軽食のローションと飲み物、そして媒介具だけ持って、二人で後部座席に乗り込む。


「じゃ、飛ばすよ。方向の指示だけお願い。」

「任せて!」


自動車は車体の向きやらタイヤの向きやらを完全に無視し、空を飛んだ。



チュドーン



 着陸というより衝突というべきか、自動車は隕石のように地面にクレーターを作り、停車する。

車体は無傷だ。


 下りたのは街の外れ。

地方都市フリントルは主に鉱業で栄えた街であり、街の半分は周りを鉱山で囲まれている。

……のだが、


「あれが噂の鉱山?でけー。」

「絶対に違うでしょ。」


 メルフィリアのボケにツッコミを入れつつ、鉱山が全く目立たない程に大きい、というか端が見えない巨大なカメを見る。


「こりゃほんとに大陸だわ。大陸ガメは伊達じゃないね!」

「何でちょっと嬉しそうなの。」


この時、私達はグラメペペスにさほどの脅威も感じてはいなかった。

そのことは、今でも、いや、一生かけても悔やみきれない。






 グラメペペスは、大陸である前に、生き物だった。

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