第21話 ハーピーさんと教会
「どぉも~。迎えに来たんよ~。」
ラセッタが宿の入り口まで迎えに来てくれたのを確認して、外に出る。
ラセッタの隣には牧師さんらしき聖職者が立っていた。
気付いたララがそっとイリスの帽子を取ると、それを見た男性が感嘆の声をあげる。
「本当でしたか…いえ、疑っていた訳ではありませんが…。」
ラセッタに話をしながらも、牧師さんはイリスに対して深々と頭を下げる。
エインティアはイリスをチラリと見るが、意外にもイリスは落ち着いていた。
「態々貴重なお時間を頂いてしまい、申し訳ありません。」
「いえいえ、滅相もないです…。」
イリスは丁寧に挨拶をするとペコリとお辞儀をした。
「ナウル・アズリネと申します。」
一通り、名乗っていく。
「おお!オーリストル家のご令嬢でしたか、随分大きくなられて…。」
「あ、いえ、家出中なので…その…別人扱いで…。」
「人の縁って面白いんね。」
どうやら、エインティアは幼い頃にここに来ていたようだった。
バツが悪そうなエインティアを見て、ラセッタはケラケラ笑う。
「じゃ、行こうか。」
「待って下さい。」
ララが出発の掛け声をかけようとすると、イリスに止められた。
「何か、言いたいことがありませんか?隠し事とか。」
虹色の虹彩に映されたナウルから、冷たい汗が噴き出す。
ほどなくして、ナウルは口を開いた。
「も、申し訳ございません!その…私の娘が、是非お会いしたいと…ラセッタさんとの会話を聞かれていたようでして…こちらの不手際です!今からでも、帰らせて…。」
「構いませんよ、それだけですか?」
「は、はい…ありがとうございます…。」
「……本当に、それだけのようですね。よかったです。」
冷然としているイリスを見て、エインティアは考える。
(プラス思考になった…ってわけではなさそうね。)
出発し、歩きながらエインティアは話しかけてみる。
「何かあったの?…それとも、何かを知ったの?」
「少しだけ、自分を嫌いになっただけです。」
イリスは、それ以上は語らなかった。
フェイリ大聖堂の扉が開かれる。
カーペットの敷かれた身廊へと足を踏み入れると、先ず大きな御像が目に入った。
内部は丁寧に清掃されているようで、塵一つ無い。
「どうぞこちらへ。それから、私の娘です。ほら、自己紹介!」
「こんばんわ。……ソフィー・ナンプレスです。」
「ソフィー!」
「……。」
それっきり、ソフィーは黙りこくってしまった。
「ソフィーは3年前に、ボロボロの服でこの教会に置いて行かれた…捨て子です。」
「今は、私の娘になりましたが。」と、ナウルは付け加えた。
イリスは扉が閉められたのを確認する。
(結局、私は私で、ならもう、私も利用するしかないじゃないですか。)
イリスは自分の悲痛を覆い隠すように、魔導具の魔法を解く。
ハーピーのような大きな翼が、光と共に生まれ、広がる。
七色、もしくはそれ以上かもしれない光が溢れ出す。
眩い、その光景を目の当たりにして、即座に感想が言える者などいないであろう。
綺麗で、美しくて……そんな言葉もこの光景を形容するには余りに力が足りていなかった。
「……。」
ソフィーもまた、見惚れていた。
だからこそ、彼女は唇を噛み締めた。
「中央にある像が、三英雄が一人にして、我らが国の英雄、智聖へイネスの像です。そしてやや後ろ隣に並び立つのが、へイネス様と共に各地を旅し、彼に力を託したとされる、虹色のハーピー、フェリル様です。」
ナウルが教会内の説明する。
イリスがふと隣を見ると、クゥペッタも魔導具の魔法を解いていた。
「誰も気付いてくれない…。」
「でしょうね。」
エルフも大分珍しい種族なのだが、相手が悪すぎた。
誰しもが、発光する虹色の翼に視線を吸われてしまう。
クゥペッタはふくれっ面になりながらも、
「イリスって…もしかして凄い人なの?」
などと呑気に石像を見上げていた。
「三英雄の話、少し詳しく教えていただきますか。」
イリスがナウルに尋ねた。
ナウルは本物を前に動揺しながらも、話し出す。
「百年以上続いた世界大戦を終わらせる為に奔走したとされる、三人の英雄。ナプト帝国の騎士『剣聖クラム』、エールハイト王国の魔法使い『智聖へイネス』、そしてレヴリカ共和国の少女『護聖メリィタ』、三人の虹色ハーピー達にそれぞれ紋章を託された、神に選ばれた者達です。」
「昔の話なので、記録も余り残っていませんが。」とナウルは残念そうに呟いた。
「記録によると、剣聖クラムと共にいた虹色ハーピー『ヘル』は、結構尊大で自信家な性格だったらしいんよ。智聖へイネスと共に歩いた『フェリル』は、生意気とか優しいとか色々だんね。護聖メリィタと共に過ごした『ヨルム』は、無口で寡黙、殆ど家から出なかったらしいんね。皆イリスとは全然違うんよ。」
ラセッタが補足した。
「そうですか、ありがとうございます。」
イリスはペコリと頭を下げると、像の下に刻まれた文字に気付いた。
『へイネスはムッツリ糞野郎、女と話す時いつも胸見てる。バーカ。』
英語で書かれたそれを読み、イリスはクスリと笑った。
ずっとイリスを見ていたソフィーは、それに気付いた。
「何て書いてあるんですか。」
ソフィーの質問にギョッとするイリスだったが、数歩後ろに下がって他の人から距離を取ると、屈んで、近付いてきたソフィーの耳に手を当てて、澄んだ小声で耳打ちした。
「え…。」
唖然とするソフィーに、「皆には秘密だよ。」と釘を刺す。
皆の元へ戻ろうとしたイリスのTシャツが引っ張られる。
今年11歳になる、ソフィーの小さな手が繋がっていた。
「あの!」
「なんですか?」
親とのまともな関係を築けなかったイリスには、ソフィーに思うところがあった。
「神様って見たことあるんですか?」
ソフィーの質問に、素直に、優しく言葉を返す。
「見たことは…あるとも無いとも言えるかな。でも、会った事はあるよ。」
「!じゃあ、神様って、どういう人?」
イリスは返答を考える。
(些細な、反抗。)
「ろくでなし、かもね。私達からしたら。」
「え…。」
「そういうものだよ。そういうものなんだよ、きっと。」
他の人達には聞こえない声で答える。
難しいことを言うつもりはなかった。
けれど、賛美してやる理由も無い。
「神様って、イリスさんの上司じゃないの?」
ソフィーが急にそんなことをいうので、イリスはつい笑ってしまう。
「ちょっと違うかな~、もっと、いい様に、一方的に使われる関係、かもね。」
イリスの含みある言い方に、ソフィーは首を傾げる。
「神様って悪い人なの?」
「善くも悪くも無いから神様なんだよ。」
ソフィーの首は更に傾いた。
イリスは意地悪な笑みを浮かべる。
「嫌じゃないの?一方的に…って。」
「悔しいけど、私らしさ……を曲げてまで反抗する気はないよ。逆に、利用出来る事だってあるかもしれないからね。」
イリスは翼で優しくソフィーを包み込む。
「ソフィーはソフィーらしく生きたらいいよ。利用できるものは何でも利用して、やりたいことやって、それで幸せだったら最高でしょ。」
「難しい…。」
クスクスとイリスは笑った。
「強く生きなよ。」
フワサッっと眩い光と共に翼を開く。
「お話は終わった?」
「はい、楽しくお話出来ました。」
会話が終わるのを待っていたエインティアが話しかける。
イリスは魔導具に魔力を通し、翼を仕舞った。
(お話…なんて、私はただ、自分に言い聞かせていただけじゃないですか。……私はズルいですね。)
遠くでは、クゥペッタがエルフだということに気付いたナウルが驚いて上ずった声をあげていた。
教会を出ると、酒臭い無精髭を生やした男性と鉢合わせる。
「おお、ラセッタ、こんなところにいたのか、緊急事態だ…って。」
男はララの顔を見て、青ざめた。
「…お前、ティリアナか?…何で……何で今、お前がここにいるんだよ、ティリアナ…。」
「どうしたんね、ブラウム?」
ブラウムと呼ばれた、二丁の拳銃を携帯している男性は、舌打ちをする。
「なぁ、ティリアナァ、何でお前ばっかり、こんな……。」
「久しぶり、随分雰囲気変わったね、お互いに。それで、どうかしたの?ブラウム。」
ブラウムが口を開こうとしたところで、イリスが異変に気付いて、呟いた。
「揺れてる?」
「お前!」
ブラウムはイリスに掴みかかり、帽子に隠れたイリスの髪の色に気付き、唖然とする。
「何なんだよ…何で運命って奴は…どうしてこうも……。」
ブラウムは歯ぎしりする。
「ララ!?」
エインティアの悲鳴じみた叫び声に、一斉に振り向く。
「ブ…ブラウム……この…はぁ、はぁ、おえぇ……揺れは………。」
「ちょっと待つんね、まさか。」
「グラメペペスが、急に進路を変えてアトラセルに……ここに向かっている!」
その言葉に、ララは瞳孔を見開き、嗚咽し、全身から汗が拭きだし、虚ろな目で、肩で呼吸をしながら、震えて…意識を失い、その場に倒れた。
ペペス。
『大陸ガメ』とも呼ばれる、その巨大なカメの呼称は、この王都アトラセルの地区名にも使われている。
フルクトペペス、ラートペペス、ミリリペペス、ミフルペペス、ララルペペス。
そして、グラメペペス。
人類が生まれる遥か昔から存在し、生物の住めない大地が浄化されるまで、生物達の『陸地』となった巨大なカメ。
その、最後の生き残りにして、最大の生き残り。
甲羅の面積は約、900k㎡。
日本で例えるならば、佐渡島に足が生えて、歩いているようなものだ。
グラメペペスが通った後は、何も残らない。
建物も、文化も……大切な人の命も。
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