第20話 ハーピーさんと宝石の指輪
クゥペッタはまだ物足りない様子で食べ終わったハンバーガーの包装紙を眺めている。
「エルフの里は遠いって聞きましたが……どうしましょう。」
イリスはクゥペッタについて、どうするかを周囲に尋ねる。
ブラックエルフの村に迷い込んで、そこから出てホワイトエルフの村へ回り込みながら帰ろうとして、隣国の首都に辿り着いてしまうような人(エルフ)だ。
放っておくと、今度はどこへ行くかわからない。
間違いなく、故郷には帰れないだろう。
そこの認識は、クゥペッタ以外の全員が共有していた。
「取り敢えず、グラメに入ろうよ。ゲートには僕が話を通しておくかんさ。」
「でも、エルフとなると注目の的だよ。まだ学園祭の期間中だし、人目が多過ぎる。」
「う~ん、イリスちゃんと同じで一時的に人間の姿になってくれたらありがたいんだけど、エルフだかんね…。」
エルフは非常にプライドが高い種族で、異種族間差別撤廃条約の対象種族に選ばれながらも、唯一反対した種族だった。
特に、現状一番力を持ち繁栄していると言えるヒト族との関係は、良好だとは決して言えない。
「クゥペッタさん、先程も申し上げましたが、私、元はハーピーで、魔導具の力で人間の姿になっているんです。クゥペッタさんが嫌でしたら強制はしないのですが、もしよろしければ…。」
「全然良いよ?あ、いや、う~ん……そうだ!えっと、流石にエルフとしてのプライドもあるから、もし、ごはんを奢ってくれるなら!したがってやってもいいぞい。」
イリスがありのままを翻訳して伝えると、皆何を言う訳でもなく、一斉に歩き出す。
「ちょ、ちょっと、ごめんて。調子乗り過ぎた!ごめんなさい、だから、置いてかないで!」
イリスが翻訳しなくても、クゥペッタの悲しげな顔や、アワアワとしたせわしない動きから、皆何を言っているのか大体理解する。
「全く、調子に乗り過ぎだよ。でも、イリスしかエルフ語がわからないとなると、必然的に私らと行動することになるのかな?エルフの里は、ナプト帝国の中でも特に風魔力が強い地域にあるから、ハーピーの里も近いと思う。どうする?次の目的地も決まってないし、この子を送り届けるついでに行ってみない?」
ララの提案に、イリスは考える。
(私は、ハーピーの姿をしているだけで、きっとまるで別物だ。けれど、もしこの姿に何か意味があるのなら、いや、意味なんか無くとも、私に行く宛ても、生き宛ても無い以上…。)
イリスの選択肢は一つしかなかった。
(私は、この人達と一緒に居たい。)
「はい、行ってみたいです。エインはどうですか?」
「イリスが行きたいならいいわよ。私は今更家にも戻れないし。」
次の目的地は決定した。
そうなると、後はいつここを出発するかだ。
「でもその前に、教会に行ってみたいのですが…観光とかって出来たりするんですかね?」
イリスの質問には、ラセッタが答える。
「観光は出来るんよ。けれど、万が一のことも考えると、営業時間内に行くのは止めた方がいいと思うんね。」
ラセッタは指輪に手を翳し、魔導具と思われる端末を取り出した。
「僕が連絡しておくんよ。明日、19時過ぎを空けておいてくれれば、僕が向かいに行くから。多分、あの隠れ家でしょ?」
「……そうだね。」
「あ、ありがとうございます!」
ララとラセッタは同級生だった。
自分の知らないララを知っているラセッタに、エインティアは不思議な気持ちが湧いてくる。
(心がグチャグチャで気持ち悪いですわ…。)
「大丈夫ですか、エイン?」
「!」
直ぐに察したイリスが、顔を覗きこんでくる。
エインティアはその頬っぺたを指で突っつく。
「ちょっと!?」
「心配いらないわよ、イリス。」
(イリスに心配されちゃ、お仕舞よね。勿論、ララにも。)
エインティアの中には、自分が一番平凡だという自覚があった。
だからこそ、『こんなこと』で、心配なんてかけたくない。
(二人の方が、ずっと大変な筈だから。)
目の前では、変身魔法の魔導具のブレスレットを受け取り、クゥペッタがイリスに何かを話しかけていた。
「お揃いだね、イリス!」
「そうですね。」
ヒトに変身したクゥペッタは、イリスと同じ右手を出して、お互いに魔導具を見せ合っている。
(私も同じの欲しいですわ…なんて。)
そんな我儘、言える訳が無かった。
中央都市グラメに入り、ラセッタと、空気になっていたアトンミィとは別れ、宿に帰る。
身体が汚れ切っているクゥペッタにシャワーを浴びるようにイリスが伝える。
そこで事件が起きた。
「あっついあっつい!何これあっついよ!?」
クゥペッタが叫びながら全裸でお風呂場から出てくる。
「あ、エルフって水浴びの種族だからお湯に馴れてないかも!」
ララが気付いて、慌ててイリスに伝言する。
「シャワーの蛇口の隣に二つ魔法陣があるので、左の方のやつに触れて魔力を流せば温度が下げられるらしいです!」
「や、やってみる……!」
クゥペッタはお風呂場に小走りで戻っていく。
そしてまたビショビショのまま全裸で走り出てくる。
「反応しないんだけど!?」
「え!?故障…とか?」
慌てるイリスの肩をエインティアが叩いた。
「コンロ。思い出して。」
「あ!エルフは風魔力だから反応しなかった…みたいです。」
「何それ!?」
「あぁ、そうか、すっかり忘れてたよ。ごめんごめん。」
ララがお風呂場に入り、調整してあげる。
「説明はシャワー浴びてから、だそうです。」
「わ、わかった。ありがとうって言っといて。」
クゥペッタはそういうとシャワーを浴びに再びお風呂場に戻っていく。
「白の魔晶石、買わないとですわね。」
「そうだね。明日、昼間は予定無いし、皆で買い物に行こうか。」
「はい!」
翌日の予定も決まり、クゥペッタが出てきた所でまた新たな問題が起きる。
この部屋のベッドはダブルサイズが二つ、だ。
これまでは、ララが一つを、イリスとエインティアでもう一つのベッドを使っていたのだが。
「イリスと一緒に寝たい……。」
「流石にそこは譲りませんわ!」
「え、えぇ…。」
「イリスはモテモテだね。」
イリスの隣を巡って、争いが起きている。
「エイン、クゥペッタは唯一言葉の通じるイリスが傍にいると、安心するんじゃないかな?本人は強がっているようだけれど、故郷から離れて同族の全くいない隣国、どころか恐らく敵と教えられている人間の国に一人っていうのは多分、相当精神的に疲弊すると思うし。譲ってあげたら?」
「…っ!」
エインティアはララの言葉にハッとする。
同時に、そんな事にすら気付けない程に必死になっていた自分が、嫌になった。
「そ、そうね…けれど、明日は譲らないからね!」
エインティアはそう言い残すと足早にララのベッドに頭ごと潜り込んでしまう。
その悲しそうな横顔を、二つの虹色の瞳は、心配そうに見つめるのだった。
魔晶石、それは魔力を圧縮し、固めた宝石。
そう、宝石なのだ。
「た、高いです…。」
グラメの中でも宝石店が立ち並ぶ通りを歩きながら、イリスは震えた声を出した。
「魔晶石は一つ作るのに半年から一年、良いものだと三年はかかるからね。」
魔晶石は魔力を固めながら圧縮する、それを中心として再び魔力で包み込むように固めながら圧縮する、といった工程を何百、何千回と繰り返して作る宝石だ。
同じ人間の魔力ではないと、歪な形に成る他、そもそも作るのにとてつもない魔力コントロール技術が必要となる為、作れる人間はそういない、下手な鉱石よりも遥かに値が張るものだった。
「でも、この小さな指輪の魔晶石一つで、一生問題なく暮らせるよ。それくらい、膨大な魔力が圧縮されているから。」
魔晶石は非常に高価な為、ララが貯金を下ろしてきて、買ってくれることになった。
貨幣制度を理解出来ないエルフのクゥペッタは何度も、
「これ、綺麗!これにする!」
「高価過ぎます!流石にこれを買ってもらうのは気が引けるので駄目です!」
「全然買えるけどね。」
というやり取りを繰り返した。
そして、
「これ…とかは?これも良い奴なの?」
「う、う~ん、これくらいの値段なら…?」
「これにしようか。」
クゥペッタは、薔薇のような花弁の中央に白の魔晶石が埋め込まれた指輪に決定した。
「私はどうしましょうか……。」
「お揃いにしようよ。」
指輪の枠組みはテンプレートのようで、同じ指輪はいくつもあった。
(別にお洒落に気を使う人間でもないし、変に迷うくらいなら同じのでいいかな。)
「じゃあ、そうしましょうか。」
イリスも同じ指輪を買うことにする。
「ねぇ、ララ、私も欲しい……。」
エインティアがクゥペッタにお金を渡したララに、小声で耳打ちする。
「エイン、私はもう貴女のメイドではありません。そして貴女はもう貴族ではありません。働いていない私達に、実用もしない宝石を身に着ける余裕なんてあると思いますか?」
「っ!」
エインティアは言い返せなかった。
だから、イリスがそれを渡してきたとき、エインティアは声が出なかった。
「はい、エインの指輪です。」
「イリス!?なんで指輪を二つも!?お金は?」
混乱するララに、イリスはセリアから貰った麻袋を見せる。
「おまけをつけておくって言ってましたけど、白の魔晶石を買えるだけのお金が入ってました。5000fも…。だから、私の分と、エインの分は払いますね。」
買った指輪は一つ2000fだった。
日本円でいうなら大雑把に20万円くらいだ。
「これでエインとも、お揃いですよ。」
「…っ!」
イリスは嬉しそうに笑うと、エインティアの手を取って、その指に優しく指輪を着けた。
エインティアの目から、涙が零れる。
イリスはそれを指で軽く拭ってあげると、自分も指輪を着けて見せた。
クゥペッタも指輪を見せる。
「ちょっと!?何なの?これじゃ私だけ仲間外れじゃん!私も買う!」
ララも慌てて指輪を購入し、皆で見せ合った。
「皆お揃い。」
「皆お揃いですね。」
「お揃い…ですわ…!」
「……まぁ、こういうのも良いかもね。」
帰り道、エインティアはイリスに感謝の言葉を伝えた。
「ありがとう、イリス。」
「仲間外れになんてしないですよ、エイン。ずっと一緒にいたいですから…あ、出来ればの話ですが。」
「当たり前でしょう?ずうっと一緒よ。」
(こんな馬鹿みたいなことで悩んでたなんて…。)
エインティアはイリスの頬を撫で、肩を撫でる。
その頼りない華奢な身体は、少し小突いただけで吹き飛んでしまいそうだ。
(虹色のハーピー。伝説の通りなら、付け狙う悪い奴がいつ出てきてもおかしくない。)
エインティアは、そのか弱い虹色の少女を、大切な友達を、一生守り抜こうと、心に誓うのだった。
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