第19話 ハーピーさんとエルフ
「うぁ……疲れましたわ。」
エインティアは大きく息を吐いて、身体の硬直を溶かしていく。
指と指を絡めて、椅子から立ち上がりながら体を伸ばし、ふと机に目をやる。
二冊の本。
一冊は、三英雄の一人、剣聖クラムをモデルにした主人公が、騎士道精神を遵守しながら各地の悪を成敗していく英雄譚。
もう一冊は、人間を好きになったサキュバスの悲恋を描いたお話だった。
「イリスと同じ魅惑魔法を使う種族だから何か参考になるかと思ったら、つい最後まで読んでしまいましたわ…。」
魅惑魔法を使われてはいない、真実の愛だったのにも関わらず、男性は魔法をかけられているんだと神父様や周囲の人々に諭されて、そう思い込んでしまう。
最後、男性が後ろ髪を引かれながらも、人間の女性と結婚するところまでをしっかりと描いたこの作品は、気軽に読むには余りにも重く、悲しいお話だった。
「はぁ、こんなにも活字を読んだのは久しぶりですわ…。」
『剣勇フラム』『歪んだ壁』と書かれた二つの本を重ね、返却スペースに本を置くと、フッと本は消える。
恐らく元の本棚、定位置へと戻ったのだろう。
「『歪んだ壁』、テーマはきっと、異種族間の対立。大分マシになってきたとはいえ、未だに根深い問題ですわ…。」
異種族という言葉を呟いて、ふとイリスのことが頭をよぎる。
仕切りのある、キャレルテーブルに座って本を読んでいる人達を見て回る。
見慣れた帽子を見つけ、食事の提案をしよう、と話しかけようとして、止める。
イリスはとても集中したようすで、真剣に本を読んでいた。
「そういえば、ずっと図書館に行きたがっていましたものね、少し、そうっとしておいてあげますか。」
後ろから少し覗いてみる。
イリスの頭で隠れてしまいよく見えないが、どうやら魔法についての本のようだった。
壁に掛けられた、大きな時計に目をやる。
時刻は15時を指していた。
「集合時間まで後1時間、もうこんな時間だなんて…お腹も空くわけですわ。」
自分の集中力に驚きながらも、食べ物を求めて外に出る。
ポケットを弄って、お金があることを確認しながら歩く。
「時間も中途半端、出店で軽く食べようかしら。」
『バーガークイーン』と書かれた店を見つけ、メニューを見る。
沢山の種類の『ハンバーガー』と呼ばれる、二枚のパンの間に具材の挟まった料理の写真が食欲をそそる。
史上最悪とも呼ばれる戦争、『三国大戦』。
その末期に生まれたこの料理は、復興と共に、瞬く間に庶民の料理として王国内に広まった。
どこで生まれたのか、誰が名付けたのかについて、数々の都市伝説がある料理としても有名だ。
「合計で、16fとなります。20fお預かりします。…4fのお返しです。」
8fの野菜と肉の入ったハンバーガーを二つ買う。
一つはイリスの分だ。
近くのベンチに座り、豪快にハンバーガーに齧り付いてみる。
肉と野菜とソースとパンが口の中で混ざり合い、それぞれの美味しさを引き立て合っている。
「美味しい…けれど、見た目以上にボリュームがあるわね。」
初めて食べた庶民の味に心を躍らせつつも、ちゃんと食べられるか心配になりつつも、夢中で口に運び続ける。
食べ終わり、口惜しくなって包み紙に付いたソースをなめようとして、流石に止める。
口を手で拭い、貰ったお手拭きで手を拭く。
「ふぅ、美味しかったですわ。」
ゴミを出店が設置しているゴミ袋の中に入れ、図書館の方に向かおうと振り向いた時、ふと視界の端に見覚えのある影が映った。
(あの人って…?)
「ゲートの向こう、南東地区ね。追いかけたら怒られるかしら?でも、明らかに困っていたようだったし…。」
仕方ないわよね、とエインティアはゲートをくぐって、南東地区ミフルへと足を踏み入れるのだった。
南東地区ミフルに入り、赤い髪の目立つ後姿を追う。
イリスくらいの身長の少女の手を引いてウロウロと挙動不審に歩き回っているため、非常に目立ってはいるのだが、誰も声をかける人はいなかった。
路地裏に入った女性を追いかけて、エインティアは走る。
「ここ、どこよ!?」
入り組んだ路地裏、赤髪の女性の声が空しく響く。
エインティアは念の為、迷わないように地面に魔力でマーキングしながら女性を追いかけていたが、彼女の方はそこまで頭が回らなかったようだ。
「迷子ですか、アトンミィさん。」
「ひっ、…あ、あんた、ティリアナと……一緒にいた女!」
エインティアは少し呆れた風に言ってみせる。
赤髪の女性、アトンミィ・フルクホールムは、突然の追っ手に驚いた後に、上ずった声で返答した。
「で、何でそんなに挙動不審なんですか。というかその子は……!?」
カラン
そこに絶対いる筈のない少女の容姿に、エインティアはつい媒介具を落としてしまった。
驚いたまま戻らない表情で、声も無く、エインティアはその……エルフの少女を観察する。
(尖った耳に、緑の髪、肌は淡い栗色…間違いなく、ホワイトエルフですわね…。)
エルフには肌の色が薄いホワイトエルフと、肌の黒いブラックエルフがいる、という知識こそあれど、実物なんてものを見たことある人間は中々いないだろう。
エルフは、未だに一切の研究が進んでいない異種族だ。
完全に閉じ切った村で生活するエルフという種族は、他の種族を一切信頼などしておらず、それ故、エルフの里には外部との一切の関わりを禁じる、戒律という法律が存在している。
そう、エルフがその隠れ里の外に出てくることなど、普通はありえないのだ。
そうなると、疑惑が生まれる。
「アトンミィさん…人…いや、…エルフ攫い?」
「そんな訳ないでしょう!?」
アトンミィは声を荒らげて否定する。
エインティアはそんなことないと初めから思いつつも、少し安堵した。
「でも、だとしたら…エルフの住処は風魔力の強い地…ナプト帝国領の筈。この国にいる筈がないですわ。」
「そうなのよ!全然意味が解らないの。私エルフ語なんてわかんないし。」
「エルフの言葉なんて、そもそもわかる人居ない…いや……。」
エルフは異種族の中でも最も研究の進んでいない種族だ。
その言語など、わかる人間など恐らくは存在しない。
人間には、存在しない。
だが、虹色ハーピーなら。
「イリスならわかるかも!」
「イリ…誰?」
アトンミィが名前を知っているのはティリアナだけだ。
この際、イリスがティリアナといたもう一人の少女だと解説しつつも、エインティア自身、自己紹介をする。
アトンミィも、そういえば、と自己紹介をする。
「アトンミィ・フルクホールム。ティリアナの永遠のライバルにして、現世界最強の魔法使いよ!よろしくね!」
「貴女、ティリアナに負けてたでしょう…。」
「あれは調子が悪かったの。ノーカンよ!」
(調子のいい人ですわね。)
エインティアにはアトンミィが悪い人には思えなかった。
(誘拐ではないなら、迷子?考えていても、埒が明かないわね。)
アトンミィと話し合った結果、エインティアがティリアナとイリスを連れてくる事となった。
気付けば時刻ももうすぐ16時だ、エインティアは図書館へと急いだ。
「ほぇ~……エルフゥ…流石の僕も初めて見たんねぇ…。」
エインティアが呼んだイリス、ティリアナだけでなく、珍しい事案にラセッタもついてきた。
「ミィ、取り敢えず誘拐の容疑で拘束するね。最悪、種族間戦争になりかねない。やってくれたね。」
「私、何もやってないよ!?」
ティリアナは冗談でアトンミィをおちょくりながらも、どうしたものかと考える。
(エルフは非常に排他的な種族……厄介事にならなきゃいいのだけれど。)
胸騒ぎがする。
エルフがここにいる、という事実よりも、そんな珍しい事が起きた偶然。
そして、隣にいる虹色ハーピー。
まるで、運命の歯車が動き出したかのような、その中に自分も組み込まれたかのような、不安感。
ティリアナは少し顔をしかめ、顔を振って、嫌な予感を振り払った。
「流石の僕でも、エルフ語はわかんないんよ。研究が全然進んでない言語だかんね…。」
ラセッタはエルフの少女を観察する。
少女は四人に囲まれて、相当警戒、恐怖、困惑しているようだった。
「エルフ語……あの、私、イリス、って名前なのですが……貴女のお名前は?」
「……!?」
「!?」
イリスが突然話し始めた謎の言語、エルフ語に、エルフの少女と、事情を知らないアトンミィは困惑した。
「やっぱり、話せるのね。」
エインティアはイリスをみる。
帽子で隠れた髪こそ虹色だが、話してみると、その実普通の少女。
だが、それでもやはり、虹色ハーピーだった。
「な、なんで、話せるの……?」
「私が虹色ハーピーだから。私はイリス。貴女は?」
突然のカミングアウトに、エルフの少女は驚……かない。
「よくわかんないけど、言葉が通じるのは嬉しい。僕はクゥペッタ。よろしくね。」
驚かないエルフの少女、クゥペッタに、逆にイリスが驚いた。
(エルフには、有名じゃないんだ。)
クゥペッタの話をイリスが翻訳しつつ、ティリアナ、ラセッタのエルフ知識と組み合わせると、話の全貌が見えてきた。
「先ず、ホワイトエルフとブラックエルフの諍いが激化した。そして、ブラックエルフ側の村に迷い込んでしまったクゥペッタ?さんは、ホワイトエルフ側の村に戻ることも出来ずに、里から逃げ出した。行く宛も無く歩き続けるうちに、この国、エールハイト王国、それも王都アトラセルまで来てしまった、と。」
「い、いえ、ホワイトエルフの村に戻ろうとはしてるみたいで……多分、極度の方向音痴…だと思います…話を聞く限り…。」
クゥペッタと唯一直接話せるイリスが訂正する。
クゥペッタは、ここがナプト帝国ではなく、エールハイト王国、つまりは隣国だ、と聞くと、物凄く驚いていた。
「それにしても、何も食べずに8日も歩き続けられるなんて、エルフの身体能力は何というか…凄いですわね。」
エインティアは目の前の少女を改めて見る。
(イリスといい、クゥペッタといい、見た目からは想像出来ない力を秘めていますわね…。)
見つめられたクゥペッタは、視線を感じてエインティアの方を向き、そのまま手に持った袋に視線を落とす。
それにより、エインティアは自分がハンバーガーを持っていることを思い出す。
「あ、イリス、これ、イリスの分。お腹空いてない?ハンバーガーって食べ物らしいのだけど……。」
「ハンバーガー!?…あ、すみません。」
聞いたことがあり過ぎる言葉に、イリスはつい反応してしまう。
(英語に…ハンバーガー…そういえば、ホットドッグだってそうだ…。)
包装されたハンバーガーの包み紙を剥がしながら、イリスは自分の手元を見る熱い視線に気が付いた。
視線の主はクゥペッタだ。
8日間何も食べてはいない、勿論、とてつもなくお腹が空いている筈だった。
「あの、エイン。これ、クゥペッタさんにあげてもいいですか?」
「え?…い、いいわよ、勿論!イリスの分だから、好きにして頂戴!」
「ありがとうございます!」
クゥペッタは嬉しそうにそれを受け取ると、ペロリと完食…する勢いで食べ始めたので、慌ててみんなで止める。
極度の空腹から、急に食事を大量に摂取するのは良くない。
だが、クゥペッタは静止も聞かずに平らげてしまう。
イリスが話を聞くと、どうやらエルフは食い溜めを日常的に行っており、問題ないようだ。
みんなで安堵し、気が抜けて笑いあう。
そんな中、エインティアは、一人、作り笑いを浮かべている。
(イリスの為に、選んで買ったハンバーガー…。)
心に浮かんだモヤモヤに、エインティアは気付かぬふりをすることしか出来なかった。
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